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部下達は主人の考えが理解出来ず混乱する

「どういう事だ、こりゃ?」


 新参者の魔物達は先に帰し、側近達だけが残ったダンジョンの入り口に、疑問に満ちた声が響く。


「なぁ爺さん、これはどういう事なんだ?あんたなら、なんか分かるんじゃねぇのか?」

「いや、悪いがセッキよ・・・今回のあの御方のお考えは、わしにも分からんのじゃよ」


 セッキは先ほどの訳の分からない話も、ダミアンならば理解出来るのではないかと期待して、彼へと問い掛ける。

 しかし返ってきた返事は、彼の望んだものとは違う答えであった。

 フィアナの腕に抱えられているダミアンはその短い首を横に振ると、謝るような口調で諦めを口にしていた。


「貴方でも分からないの、ダミアン?そうなると・・・お手上げね」


 仲間の中でも一番の知恵者であるダミアンが口にした諦めに、ヴェロニカは僅かに驚きを見せると、肩を竦めて息を漏らす。

 彼女は困ったように眉を下がらせると、主人の意図を読み解けない自分を情けなく思っていた。


「そ、そうだフィアナ!旦那とあの村に行ったんだろう?そこで何をしてたんだ?」


 頭脳労働担当の二人が見せたお手上げという態度に、セッキはカイへとついていったフィアナに彼の発言の答えを求める。

 しかしそんな彼に返ってきたのは、彼女の渋い表情であった。


「えっとね・・・護衛は主人の行動について、他の人に話しちゃ駄目なんだよ?」


 困ったように眉をへの字に曲げているフィアナは、それでもはっきりとした言葉でセッキの要求に拒絶を告げる。

 それは彼女の過去の経験からくる言葉だろうか。

 尚も食い下がろうとするセッキも、彼女のその表情を目にすれば引き下がるしかない。

 カイの下に集った仲間達は、それぞれに重い事情を抱えてここまでやってきている。

 それにお互い触れないというのは、ここの不文律のようなものであった。


「フィアナの言う通りじゃ。あの御方の行動を勝手に詮索するのは良くない。ただでさえ勝手に護衛を手配しとるのじゃ、それを利用して行動を覗き見るなど部下の領分を越えておるわ」

「ダミアンの言う通りね。私達がするべき事はあの御方の言葉や行動から意図を窺う事であって、その後ろをつけまわすような事ではないわ。フィアナ、よく黙っていてくれたわね。偉いわよ」

「えへへ、当たり前だよー」


 ダミアンに続きヴェロニカも、フィアナの態度を肯定してセッキの行動を批判する。

 彼らが密かに護衛としてフィアナをカイにつけたのは、その身の安全を願っての事であり、彼の行動を探ろうなどという意図ではない。

 図らずもその意図を全うしたフィアナに、ヴェロニカは優しげな笑顔で賞賛の言葉を送る。

 その言葉にフィアナは照れくさそうに、爪先で踵を掻いていた。


「わ、悪かったな、フィアナ。しかし、俺はどうしても・・・」

「貴方の気持ちは分かるわ、セッキ」


 流石に知恵者の二人に責められてしまえば反論の余地もなく、セッキは素直にフィアナへと頭を下げていた。

 しかし、それで彼の気持ちが治まる訳でもない。

 カイの意図がどうしても気になって仕方がないという彼の呟きに、ヴェロニカは同意を示していた。

 カイの行動を探る事を否定した忠義と同じように、彼の忠臣としてその意図を知りたいと願う。

 その想いは、彼女も同様であった。


「でもカイ様は、今は話せないと仰ったの。それはつまり今の私達は、知る必要がないという事よ」


 カイの意図を知りたいという気持ちを否定できないヴェロニカは、しかしそれ以上に彼の言葉を重視する。

 カイは彼らに今は説明する気はないと、はっきり告げていた。

 それは今は何も知る必要ないと、彼らに告げたのと同じ事であった。

 その表情は諦めか、それともただ盲信的に主人についていくと覚悟を決めたものか、透き通った表情で前を向くヴェロニカは、もはや疑いとは無縁なように見えていた。


「その通りよの。時が来れば、あの御方はその行動で示してくださるじゃろう。しかし酷な事をなさる・・・何の説明もなしにただ従えとは、忠誠心が試されるのぅ」

「?カイについていけばいいんだよ?」


 ヴェロニカの言葉に同意を示したダミアンは、しかし深々と溜め息を吐くと、カイの酷な行動について愚痴を漏らしている。

 胸元に抱きかかえるダミアンの溜め息に、フィアナは心底不思議そうに小首を傾げると、そんな事は当たり前だと言い切っていた。


「ふふふ、フィアナの言う通りね。ダミアン、貴方も最初からそのつもりなのでしょう?」

「当たり前じゃろう?しかし新しく入った者もおる。連中は今度の事に戸惑っておろう、それを考えると頭が痛いと考えておったのよ」


 フィアナの真っ直ぐな仕草には、ヴェロニカも思わず笑みを漏らしてしまう。

 彼女はダミアンも同じ考えだろうと顔を傾かせると、彼も当たり前だとウインクを返す。

 彼はカイに絶対の忠誠心を抱いている自分達ではなく、新参者達の動向を心配して頭を悩ませていたのだった。


「それは、セッキが何とかしてくれるでしょう?ねぇ、そうよね?」

「・・・わぁ~ったよ!あいつらが暴走しないように、適当に押さえつけとけばいいんだろ?やってやるよ!」

「えぇ、お願いね」


 ダミアンの不安を解消できるのは、彼しかいない。

 先ほどのやり取りから、どことなく疎外感を抱いて押し黙っていたセッキに、ヴェロニカは挑発するように呼びかける。

 彼女に言い方に気に食わないものがあっても、彼とてこのダンジョンを乱したい訳ではない。

 当てつけのような大声で彼女の願いを了承したセッキに、ヴェロニカは微笑を漏らす。

 その笑顔は我が侭な息子を見守る母親のようでもあり、男をその手の平の上で転がす悪女のようでもあった。


「しかし、あの御方は一体何をお考えなのか・・・」

「分からないわ。でもきっと、とんでもない事が起こるのでしょうね」


 纏まった話にも、ダミアンはポツリと呟きを漏らす。

 その呟きを拾ったヴェロニカは、彼が見上げている方向へと視線を合わせていた。

 そこには、遥かに高い青空が広がっている。

 彼らはそこに、誰かの姿を重ねていた。

 途方もなく壮大な考えを抱く、誰かの姿を。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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