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カイ・リンデンバウムは想定外の出来事に動揺する 1

 森を駆けるカイの足取りは軽い。

 ダンジョンまでの道程を走り続けるのは、彼の体力を考えればかなりきついものであったが、そんな事も気にならないほど今の彼は上機嫌であった。


「よ~し!後は彼らを思いっきり接待して、ダンジョンの評判を広めてもらうだけだな!!」


 ダンジョンの運営を軌道に乗せる手段を手に入れた彼は、それを確かにする方策について思考する。

 年若い少年達がダンジョンからとんでもないアイテムを持ち帰る、これはセンセーショナルなニュースとなって、各地を飛び回るだろう。

 明るい未来を思い描くカイの表情は緩い。

 その足はいつの間にか、ダンジョンの近くにまで辿り着いていた。


「しかし、準備期間は二日だけかぁ・・・もうちょっと欲しかったな。ん!?何だあれ?」


 森の木々の間からダンジョンの入り口が見えてくる頃、カイはその先に人影が多数屯している事に気がついていた。

 彼は予想していなかったその事態に慌てて近くの木の陰へと隠れると、こっそりと顔を出しては彼らの事を窺い始める。


「何だ何だ!?一体何が起こって・・・ん?あれ、ヴェロニカ達か?」


 自分が留守の間に大規模な襲撃でもあったのかと怯える彼は、その入り口に集まっている人影の中に見覚えのある姿を見つけると、ほっと一息を吐く。

 よく見ればその人影達はヴェロニカを筆頭に整然と整列している、彼の配下の魔物達であった。

 それはまるで、誰かを出迎えるために待機しているように見える。


「これってもしかして、俺を出迎えるために出てきたのか?いや~、なんか緊張しちゃうなぁ」


 この一週間頭を悩ませ続けていた問題が解決しそうな事で上機嫌なカイは、彼らがどうして彼の事を待ち構える事が出来たのかを考えない。

 彼は恥ずかしそうに後頭部をボリボリと掻くと、ゆっくりと木の陰から歩み出ていた。


「あ~、皆出迎えご苦労・・・ん、んんっ!?フィアナ、さっきまでいなかったよな・・・?」

「?ずっといたよ?」

「そ、そうか?いや、そうだったな。うんうん」


 若干畏まった物言いで出迎えへの感謝を告げるカイは、先ほど見た時にはいなかった筈のフィアナの姿に、思わず二度見をしてしまう。

 先ほどまでは確かにいなかった筈のフィアナにカイはその事を確認するが、その問い掛けに彼女は心底意味が分からないという風に小首を傾げて見せていた。

 彼女の言葉や態度には、僅かほどの嘘も含まれていない。

 その純真な瞳と言葉に掛かればもはや疑問を抱くことなど出来ようもない、カイは気のせいだったと自分を納得させると、うんうんと何度も頷いていた。


「おかえりなさいませ、カイ様。これはお召し物でございます」

「あぁ、ありがとうヴェロニカ」


 フィアナとのやり取りが終わるの静かに待っていたヴェロニカは、前に一歩進み出るとカイへと丁寧に畳まれた衣服を差し出していた。

 それを受け取り彼女に軽く礼を述べたカイは、穏やかな微笑を浮かべたまま何かを待っている様子の彼女に、僅かな戸惑いを覚えていた。


「・・・どうかなさいましたか、カイ様?」

「いや、皆に見られている前で着替えるのはちょっとな・・・」


 無言のまま見詰め合う時間にヴェロニカは小首を傾げると、何か問題でもあるのかとカイに尋ねる。

 その言葉に軽く頬を掻いたカイは、流石に皆に見られながら着替えるのは恥ずかしいと白状していた。


「あぁ!これは気が回りませんで、申し訳ございません!・・・皆、後ろを向きなさい」

「は~い」


 主人の考えを慮れなかったヴェロニカは、深々と頭を下げるとその事をカイに謝罪する。

 彼女の号令に返事をしたのは一人だけであったが、皆一斉に身体を反転させて、カイの姿を見ないように顔を俯かせていた。


「・・・え~っと、ヴェロニカ?」


 しかしそれは、ヴェロニカを除いてだ。

 目の前でニコニコと微笑んでいる彼女の姿に、カイは一向に元の姿に戻れずにいる。


「私はお着替えを手伝わさせていただこうかと。ささっ、どうぞ遠慮なされずに」

「んおっ!?わ、悪いが、それは出来ない!」

「何故ですが!?支配者たるもの、御付の者に着替えを手伝わせるべきではありませんか!何、ちょっとの間だけです!ほんのちょっとの間で終わりますから!!」


 グイグイと詰め寄ってきては、早く着替えろと圧力をかけてくるヴェロニカに、カイは思わずたじろいでしまう。

 しかしそのまま押し切られて引ん剥かれてしまえば、男の尊厳だとかのアレが危うくなってしまうだろう。

 カイは何とか自らの身を守る方法を探して、それを思いつく。

 それはどのような相手にも使える万能な手段、つまり―――。


「き、君のような美人に見られてしまうのは、恥ずかしくてな。勘弁してくれないか?」

「まあっ!美人だなんてそんな・・・」


 相手を褒める事だ。

 拒絶の理由に相手を褒める言葉を織り交ぜる事で、だからこそ出来ないのだと納得させる。

 自らの美しさこそが拒絶の理由なのだと知ったヴェロニカは、身体をくねらせながら嬉しそうに頬に指を添えている。

 そのリアクションにうまくいったと、カイはそっと安堵の息を漏らしていた。


「そうですね、それはいけません。分かりました、今回は遠慮させていただきます」

「そうか、分かってくれたか。さてと・・・よし、いいぞ」


 拒絶の理由に納得のいったヴェロニカは、頭を下げるとそのまま後ろへと振り返る。

 彼女の視線がなくなったのを確認したカイは、いつもの姿に戻ると手早く衣服を着込んでいく。

 彼が着替えの完了を告げると、皆が一斉に振り返ってきていた。


(ん?そういえば、外から連れてきた魔物達が随分と統制が取れた動きをするようになってるな。俺が留守の間に何かやってたのかな?感心感心)


 ダンジョンによって生成された魔物は、そこから出る事ができない。

 そのためこの場に整列している魔物は、彼の元々の部下達と新たに外から連れてきた魔物達だけとなっている。

 その多くの魔物達の一糸乱れぬ動きに、よく統率されているとカイは感心の頷きを見せていた。

 彼らの顔や身体がちょっとボロボロだったり、へこんでいたりするのはきっと気のせいだろう。


「あぁ、やはりこの顔の方が落ち着くな」

「えぇ、私もそのお顔の方がその・・・格好いいと思います」

「そうか?」


 普段の姿へと戻った顔を撫でてはその安心感を確かめているカイは、勇気を振り絞って彼の容姿を褒め称えたヴェロニカの言葉を流している。

 カイのその反応にヴェロニカは僅かに落ち込んだ様子を見せていたが、それは彼女の前へと進み出てきた大男によってすぐに覆い隠されてしまっていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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