表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/208

カイ・リンデンバウムのプレゼンテーション術 2

「それに安全なだけじゃない・・・そのダンジョンからは、こんな物も」


 カイは思わせぶりな態度でゆっくりとそれを取り出すと、彼らに掲げて見せる。

 それは彼がダンジョンから持ち出した、治癒のポーションであった。


「わぁ~、綺麗!これ、なんですか?」

「・・・治癒のポーション?それも高位の・・・こんな物が、そのダンジョンで?」


 カイが取り出した精緻な作りの小瓶に歓声を上げるアイリスは、その瞳を輝かせながら可愛らしく小首を傾げている。

 彼女とは違い、ハロルドの方はその小瓶をまじまじと観察すると、僅かに驚いたように目を見開いていた。

 彼は気づいたのだろう、その品物の価値に。


「あぁ、拾ったんだ。それもダンジョンの入り口でね」

「これを入り口で・・・!?」


 治癒のポーションというのは、低位のものでもかなりの値段がする。

 人間の世界でのその価値を、実はカイもよく知っていた訳ではなかったが、回復手段の重要さからそれが高い価値を持つだろうと踏んでいた。

 ハロルドの反応からも、それが正しかった事が窺える。

 彼は驚愕の表情でこちらへと視線を向けるハロルドに、そっとそれを差し出していた。


「これは君達に進呈しよう」

「・・・先行投資という事ですか?」

「ふふふ、その通りだよ。ハロルド君」


 無理やり渡されたポーションに戸惑う仕草を見せたハロルドも、すぐに納得した表情に変わるとそれを受け取っていた。

 彼らの何やら意味ありげなやり取りを、クリスとアイリスは揃ってぽかんとした表情で見詰めている。

 二人には、彼らの言葉の意味が理解出来なかったのだろう。

 意味深な笑みを漏らしているカイ自身も、実はよく分からずにハロルドに合わせていただけだったのだが。


「さて、三人とも納得してくれた所で・・・ダンジョンの場所を教えよう。えーっと、ここがこの村だとすると・・・この辺りかな?」


 三人の同意が得られた事を彼らに視線を送って確認したカイは、近くに放置されていた端材を掴むと、地面に簡単な地図を描き始める。

 それはお世辞にもうまく描けているとは言えないものであったが、さすが地元民といったところか、三人はその下手糞な地図にもうんうんと頷きを返していた。


「これってあそこだろ・・・あの、なんて言ったかな」

「ゴンガロ山」

「あぁ、それそれ!何だ、あんな近くにあったのか」


 カイが地面に描いた物凄く大雑把な地図を指差しては、クリスはなにやら頭を悩ませ始める。

 その彼の振る舞いにハロルドは呆れた表情で、ボソッと一言呟いていた。

 彼の言葉に手の平を叩いて納得の大声を上げたクリスに、隣で地図を覗き込んでいたアイリスがびくりと肩を跳ねさせている。


「ゴンガロ山・・・あの山、そんな名前だったのか」

「・・・どうかしたんですか?」

「ん?いや、何でもないんだ。あぁそうだ、入り口が分かり辛いから注意した方がいい」

「はぁ・・・」


 彼らが口にした言葉に、初めて自分達が根城としている場所の名前を知ったカイは、その珍妙な響きに何ともいえない表情を作っている。

 そんな彼の態度に、心配そうな表情で声を掛けてきたアイリスに悪気はないだろう。

 しかしその不自然な態度を見咎められては不味いカイとしては、慌てて誤魔化す必要も出てくる。

 彼の取ってつけたような話題の転換に、アイリスは不思議そうに小首を傾げていた。


「なぁ。こんなに近いんなら、今から行ってもいいんじゃないか?」

「クリス、また君はそういう・・・準備とか色々とあるだろう?」

「でもさぁ・・・早く行ってみたいじゃん。お前もそう思うだろ?」

「う、う~ん。どうかな・・・」


 地図に描かれた場所と実際の地形の記憶を重ね合わせたクリスは、その近さに待ちきれないとそわそわし始める。

 彼は一刻も早くそこに向かいたいと提案するが、その言葉は呆れたように頭を抱えるハロルドによって即座に否定されてしまう。

 ハロルドの否定にも諦めきれないクリスはアイリスにも同意を求めるが、彼女は二人の間に視線を彷徨わせ、曖昧に微笑むばかりであった。


「いや、ハロルドの言うとおりだ!準備は大事だぞ、絶対に必要だ!!うんうん」


 逸る気持ちを抑えきれず、このままでは飛び出していってしまいそうなクリスに、カイが慌ててハロルドへと同意する言葉を叫ぶ。

 彼は準備の必要性を力説すると、うんうんと何度も頷いていた。

 そう、準備が必要なのだ。

 誰よりも、カイにとって。


(今のダンジョンはセッキ達に任せてるからなぁ・・・そんな所にこの子達を向かわせたら、絶対瞬殺されちゃうよ。それに接待の準備も必要だからな・・・とすると、どれ位必要だ?)


 ダンジョンの運営を適当に部下へと任せて放り出してきてしまったカイには、今のダンジョンがどうなってるのか分からない。

 しかしそれが、クリス達にとって優しいものではない事だけは確かであった。

 それに彼らを接待するための準備も必要である。

 経験のない事態にどれくらいの準備期間が必要なのかと頭を悩ませるカイは、中々結論が出せずにいた。


「そうだな・・・とりあえず一週間、いや三日・・・二日は、よし二日後の昼頃はどうだ?それでいいよな!?よし、決まりだ!!」


 不確かな準備期間にとりあえず長めの時間を取ろうとしたカイは、予想以上に嫌そうな反応を見せたクリスに、その期間を徐々に短くしていく。

 やがて渋々といった様子で納得の表情を見せた彼に、カイはすぐさま大声を上げると、無理やりその予定を彼らへと押し付けていた。


「じゃあ、二日後な。絶対だぞ!その前に行っては駄目だからな!!」


 カイの勢いに、彼らも思わず頷いてしまう。

 その様子に上機嫌に頷いたカイは、彼らにしつこく言いつけると、そのまま村の外へと駆け出していってしまう。

 短い準備期間に、彼はもはや一刻も無駄には出来ない。

 カイは全速力で、ダンジョンへと駆け出していた。


「・・・なぁ。何かおかしくなかったか、あの人?」

「ん、そうか?それよりも早く行こうぜ!あの爺さんが寝てる間に名簿に名前書いとけば、俺達も冒険者ってことになるだろ!」

「だ、駄目だよ!そんな事・・・」


 走り去っていったカイの後姿へと視線をやりながら、怪訝な表情を見せるハロルドは、その疑問をクリスへと投げかける。

 しかし彼はもはや目の前に迫った冒険に夢中なようで、彼の言葉をまともに取り合おうともしない。


「・・・逃げ出したダンジョンが安全だって?それにあの言動、何か引っ掛かる・・・」


 早速名簿を書き換えようと冒険者ギルドの出張所へと向かおうとしているクリスを、アイリスが必死に引っ張って止めている。

 彼らに背を向けたハロルドは一人、カイから受け取ったポーションを眺めていた。

 その瞳は細く、何かを見定めようと鋭く尖っていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

 もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ