パスカル・キルヒマンの受難 2
「その、色々と書き綴っておりますので要約するとですね・・・彼らは勇者を倒し、聖剣を奪ったとの事です」
その絞り出した声は、送られてきた書面の中で、最も重要な事実だけを端的に告げる。
つまり、カイ達は勇者を殺し、その聖剣を奪ったという事実だけを。
「・・・ん?何だ、聞き間違いか?勇者を倒したと聞こえたが・・・奴らが向こうに赴任してまだ、一ヶ月かそこいらといった所だろう?そんな訳はあるまい。して、ではもう一度聞こう。奴らは、何と言ってきたのだ?」
しかし、それは有り得ないのだ。
彼らが辺境のダンジョンに赴任したのは、今から一ヶ月ちょっと前といった所だ。
そんな短い期間で、そんな事など出来る筈がない。
彼らの前任者からも話を聞いたが、そのダンジョンは碌に整備もされておらず、人間達にその存在すら知られていなかったという。
そんな場所に勇者を招き入れ、あまつさえそれを討伐してしまうなど、決して有り得ないことなのだ。
そう信じて疑わないイライアスは、今聞こえてきた事実こそがまやかしだと、パスカルに再び聞き返す。
しかしその振る舞いは、パスカルに猛烈に脂汗を掻かせるだけで、何一つ事実を変える事はなかった。
「で、ですので!勇者を倒し、聖剣を奪ったとはっきりと書いております!!」
「そんな訳があるかぁぁぁっ!!!えぇい、寄越せ!!何々・・・」
紛れもなくそう書かれている事実に、パスカルは先ほどの言葉を繰り返す以外にやりようなどない。
何度聞いてみても自分の望んだ回答を返しそうにないパスカルの姿に、業を煮やしたイライアスは彼からその書類を奪い取ると、自らの目でその内容を読み込み始める。
そこに果たして、彼の望む内容は記されているのだろうか。
それは次第にプルプルと震えだした、彼の様子を見れば一目瞭然であった。
「・・・裏を取れ」
「はっ?何と仰いましたか、ダンメンハイン様?」
「裏を取れと言ったのだ、馬鹿者め!!!まだこれは奴らが一方的に言っていることに過ぎん、それが事実とは限らんのだ!!」
「は、はい!!直ちに!!!」
静かに、呟いたその言葉をパスカルは聞き取ることが出来ない。
しかし再び発する頃には大声で叫びだしたイライアスの言葉に、今度は聞き逃すことはない。
書面に書かれている事実が受け入れられずに、それが虚偽であると決め付ける彼は、その裏を取れと叫び散らしている。
確かに、勇者を倒しその聖剣を奪ったという話は、カイ達が一方的に言ってきている事実に過ぎない。
彼らの境遇を考えれば、それが延命を狙った虚偽であったとしてもおかしくはないのだ。
イライアスの怒鳴り散らすような命令に、背筋を跳ね伸ばしたパスカルはすぐに、それを実行しようと駆け出している。
しかしその時、どこかから何かを開けるような音と、風の吹き込んでくる気配がしていた。
「その必要はありませんよ、閣下」
その落ち着き払った声は、イライアスが先ほどまで覗いていた窓の方から聞こえてきていた。
その縁に降り立ち、今まさに広げた翼を畳んでいる上等な衣服に身を包んだ男、メルクリオ・バンディネッリは強い風に僅かにずれてしまった眼鏡を持ち上げながら、そんな言葉を掛けてきている。
その後ろには、そんな彼の姿を心配そうに見詰め、忙しなくパタパタと翼をはためかせている金髪の少女の姿があった。
「だ、駄目ですよぉ、メルクリオ様!!こんなやり方、怒られちゃいます!!」
「大丈夫ですよ、ニコレッタ。閣下はこのような事で、腹をお立てになるような御方ではありませんから。あぁ、それと・・・あなたはそこからこっちには決して入らないように、いいですね?」
「は、はぁ・・・分かりました」
この地を治める主の館へと、土足どころか空から押し入ったメルクリオの振る舞いに彼の背後の少女、ニコレッタはパタパタと忙しなく翼を動かしながらその全身で焦りを表している。
そんな彼女の振る舞いに穏やかな笑みを浮かべたメルクリオは、あえて室内のイライアス達にも聞こえるようなボリュームで、彼らがこんな事で怒りはしないと言い聞かせていた。
ニコレッタの懸念を払拭させたメルクリオは、彼自身が足を置いている窓の縁を指差すと、そこから先には決して足を踏み入れないようにと彼女に言明している。
それはまるで、そこから先はまったく別の領域が広がっているとでも言いたげな言い方であった。
「バンディネッリか・・・確かに私は貴様の振る舞いに怒りはしないが、許すと言った憶えもないぞ」
「またまた、ご冗談を。閣下がお許しになられていなければ、私などとうにこの首を失っております」
「ふんっ!取れるものならば、とうに取っておるわ!!」
「はっはっは、これは良いことをお聞きしました。どうやら私の首も、もう暫くはこの身体と繋がってられそうですね」
すぐ背後の窓へと降り立ったメルクリオの姿を、苦々しい表情で見詰めるイライアスは、その存在を牽制するように言葉を吐いていた。
そんなイライアスの棘のある言葉にも、メルクリオはあくまで柔和な表情を崩さずに、冗談を口にしている。
イライアスはそんなメルクリオの態度が気に入らないと鼻を鳴らすが、それは彼の声をさらに高くするばかり。
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