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パスカル・キルヒマンの受難 1

 魔王領有数の都市、オールドクラウンに聳え立つ巨大な城、通称ホワイトジュエルはその名前の通りの美しかった白さを、今や真っ赤に塗り潰されてしまっている。

 それはその城を奪うための戦いによって、流された多くの血が壁面の色を塗り替えてしまったのだといわれている。

 それが真実かは分からないが、その城を治める魔王、イライアス・ダンメンハインはその色が気に入っていた。

 今日も今日とて、彼はその城の最上部近くに存在する執務室から、オールドクラウンの街を見下ろしている。

 そこには活気のある街の様子と、赤々と輝く城の姿が覗いていた。


「・・・それで、あれはなんと言ってきたのだ?」


 魔王イライアスは外の景色を見下ろしながら、振り返りもせずにそう問い掛ける。

 彼の背後には、額に浮かぶ汗を必死に拭いながら、何やら言いずらそうにもじもじと蠢いている小太りの男の姿があった。


「そ、それがですね・・・」

「ちっ、あの鳥人間共め・・・バタバタと羽ばたきおって、目障りな。そもそも亜人などが、我が領内を我が物顔で闊歩しておるのが気に入らぬのだ。あれらの頭領が、あれの元部下というのも気に入らない。あの者達が我々の物流と情報のやり取りの一翼を担っていなければ、すぐにでも追い出すというものを!」


 額から脂汗を垂れ流し、ようやく口を開いた小太りの男、パスカル・キルヒマンはしかし、外の景色に苛立ち声を荒げたイライアスによって、その言葉を遮られてしまっていた。

 イライアスが顔を出している窓からは、この街の大部分が見て取ることが出来、そしてそこには今も多くの鳥人達が忙しそうに飛び回っていた。

 それはこの街の活気を現している光景であったが、亜人に過ぎないその者達が当たり前のように飛び回っている景色に、イライアスは苦虫を噛み潰したように表情を歪めるとグチグチと文句を零す。

 彼にとってここは魔物達のための街であり、人間や亜人といった種族などは奴隷として奉仕すればいいと考えているのだろう。

 そんな彼からすれば、今目の前で繰り広げられている光景は許しがたい。

 しかし彼ら鳥人の棟梁である、メルクリオ・バンディネッリが構築したネットワークは、今やこの魔王領には欠かせないものだ。

 それは一魔王に過ぎないイライアスにはもはや手を出せない代物となっており、その事実が彼を余計に苛立たせていた。


「それで、どうなのだ?早く報告しないか!!」

「も、申し訳ありません!!ダンメンハイン様!!」


 自らの内に沸いた苛立ちままに一人文句を口走っていたイライアスの耳には、パスカルの言葉は届いていなかった。

 そのため彼の報告が遅いという言葉は、彼の中では最もな怒りという事になる。

 先ほど報告しようと声を上げていたパスカルからすれば、それはとても理不尽な事であったが、目の前の存在との立場の違いを考えれば、彼にはただただ頭を下げて謝罪することしか出来なかった。


「・・・で、奴は何と?」

「報告の書簡を届けてきたのは、奴の部下であるヴェロニカ・クライネルトですが・・・そこには―――」

「ふんっ!『屍姫』ヴェロニカか・・・あの汚れた血族め、少し能力があるからと調子に乗りおって・・・!!」


 パスカル下げた頭を見下ろしながら、イライアスは僅かに溜飲を下げたように、再び彼へと尋ねている。

 イライアスが語る奴とは、彼らがこの魔王城から放逐し僻地へと押しやった、カイ・リンデンバウムの事であろう。

 パスカルはそんな彼の言葉に、報告の書簡を送ってきたのはカイではなく、その部下であるヴェロニカであると訂正する。

 しかしそんなちょっとしたやり取りも、イライアスの勘気には触れたようで、彼は再びパスカルの言葉を遮ると語気を荒げてしまっていた。


「で、そのカイだかヴェロニカだかは、何と言ってきたのだ!!お前も一々突っかからずに、さっさと報告せんか!!」

「は、ははっ!!その・・・彼らが報告した事を簡潔に纏めますと・・・そのですね、えーっと・・・」


 毎回のようにイライアスがその言葉を遮っているにもかかわらず、彼はその責任をパスカルへと押し付ける。

 その叱責をまたも頭を下げて受け入れたパスカルはしかし、促された内容にもまだ言い難そうにどこか言葉濁していた。


「えぇい!!さっさと話さんか!!ここしばらく、手紙の一つも寄越さんかった奴らが、急に報告を上げてきたのだ!何かあったのであろう!ふふふ・・・もしかすると、余りに成果が上げられんので泣きついてきたのかもな・・・ほれ、早く読み上げろ」


 イライアスはそんなパスカルの様子に、またも苛立ちの声を上げるが、それはやがて含み笑いへと変わっていく。

 それは今回ヴェロニカが寄越してきた報告が、久々のものであることが関係しているだろう。

 しかも今回のそれは、今まで寄越してきた手紙のような簡素なものではなく、しっかりと作りの報告書であった。

 その態度の変化に、イライアスはそれがヴェロニカの、ひいてはカイ・リンデンバウムの降参宣言ではないのかと勘繰っているようだ。

 そんな文書であるならば、一刻も早く聞いてみたいと、彼は早く早くとパスカルを促す。

 手の平を扇がせてまで急かすイライアスの姿に、もはやこれまでと生唾を飲み込んだパスカルは、その書面へと再び目を落としていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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