エヴァンの戦い 3
「凄い、凄いですよ勇者様!!ほら、見てください!!あんなに近くにいたのに、私には傷一つない!!素晴らしい腕前です!!流石は勇者様!!!」
ようやく目の当たりにした勇者の力に、カイは興奮を爆発させては騒ぎ散らしている。
確かに言う通り、エヴァンの一撃はゴブリンと密着していたカイを一切傷つけずに、ゴブリンだけを両断している。
それはまさに達人の仕業というべき所業で、彼が興奮してしまうのも無理はない事であった。
「こ、これを私が・・・?そんな、飾りだったのではなかったのか?・・・そうか!そういう事だったのだなアビー!!」
そんな彼の反応と、目の前で起こった事態に一番戸惑っているのは、エヴァン本人であろう。
飾りに過ぎなかった筈の大剣が、何故か見事なまでに敵を切り裂いている。
その事実に首を捻っていたエヴァンは、なにやら思いつくとまだ倒れ付したままのアビーへと視線を向けていた。
「私を戦わせたくなったのか!そうであろう、アビー!!そのために嘘をついていたのだな!!!まったく、あまり私を見くびってもらっては困るぞ!こうして一人でも、ちゃんと戦えるのだ!!はーっはっはっは!!!」
エヴァンはどうやら、その大剣を飾りだとアビーが言ったのは、彼を戦わせたくない彼女の考えであったと判断したようだった。
しかし見事にそれを扱い、魔物を断ち切って見せた彼はそんな心配など不要だったと、腰に手を当ててはアビーに対して誇ってみせている。
そんな彼の大声は、意識を失っていた者達の意識も揺り動かしたのだろう、彼らはゆっくりとその身体を起こそうとしていた。
「・・・坊ちゃま?ご無事、なのですか?あぁ・・・お召し物が・・・」
エヴァンの声に最初にその意識を取り戻したのは、当然彼のメイドであるアビーであった。
アビーはゆっくりとその目を開くと、彼女の近くで笑い声を上げているエヴァンへと目を向ける。
彼の格好は、魔物を断ち切ったその時のままだ。
つまりずり落ちた衣服そのままに、腰に手を当てては大声で笑っている彼の姿に、アビーは嘆きの声を上げると僅かに眉を顰めてみせていた。
「コレットさん、コレットさん!!凄いんですよ!!勇者様が、レイモンド様があのゴブリンに真っ二つにしたんです!!!いやー、貴方にも見せたかったなぁ!」
「ふふふふ・・・あまり褒めるなキルヒマン、照れてしまうではないか。まぁ、あれほど見事な一撃を目にしては、そうなっても無理はないがな!はーっはっはっは!!!」
意識を取り戻したアビーに、急いで駆け寄ったカイは、とにかく先ほど目にした光景を誰かに話したくて堪らなかったようで、矢継ぎ早の早口で彼女へと言葉をぶつけていた。
そんな彼の言葉にエヴァンは笑みを深くすると、僅かな謙遜を覗かせる。
しかしそれも一瞬で剥がれ落ちると、彼はさらに笑い声を高くしては身体を仰け反らせ、それを空き放題に響かせていた。
「はぁ・・・それはようございました」
目の前の二人のやり取りに、アビーは全くついていける様子がない。
まだはっきりとしない意識に身体を支えるのがやっとといった様子の彼女には、それに同意を示すのが精一杯であった。
「痛てて・・・ちっ、俺とした事が気ぃ失ってたみてぇだな・・・坊ちゃん達は、無事・・・みたいだな。やれやれ、不幸中の幸いってことか」
意識を取り戻し、むくりと身体を起こしたエルトンは、流石は熟練の冒険者といったところか、ボロボロの身体ながらも既に活動は可能とばかりに手足を動かしていた。
彼はまだもやの掛かっている意識を払うように頭を振るうと、エヴァンの方へと目を向ける。
そのエヴァンが元気に馬鹿笑いを上げている様子を確認した彼は、ほっと胸を撫で下ろすと心底安堵したかのように吐息を漏らしていた。
「そうだね・・・どうにか切り抜けられたみたいだ。しかし、一体なんだったんだろうあれは・・・まるで僕達を守るように戦っていたけど・・・」
「あぁ?別にいいだろ、助かったんだから。しかし、最後は勇者の坊ちゃんが仕留めたって?本当かね?」
彼の言葉に応えたケネスは、既にその横へと立ち上がり身体についた汚れを払っていた。
彼はどうにか切り抜けられた事態に安堵しながらも、それに至った状況について不思議がっている。
彼が頭を悩ませているのは彼らを、特にエヴァンとカイを守るように戦っていた魔物達の事だろう。
それらの魔物達は、気づけばこの部屋から姿を消している。
彼らの存在がなければ、ケネス達は今ここで無事に過ごしてはいないだろう。
ケネスの疑問に、エルトンはそう答え、別に何でもいいだろうと言い放っている。
それよりも彼は、エヴァンが最後の魔物を仕留めたという話しが気になっているようだった。
「さぁ、コレットさん!帰りましょう!凱旋ですよ、凱旋!!」
「いえ、これはただの私的な冒険でございますから、そのような事は・・・あぁ、ありがとうございます」
壮絶な戦いの終わりに誰しも、もはや冒険はここで終わりと考えているだろう。
それをはっきりと言葉に出し、アビーへと手を差し伸べるカイは、早くここから帰ろうと彼女を急かしていた。
ヴェロニカ達の勇者抹殺計画が進行していると知っている彼からすれば、それは当然の振る舞いであろう。
しかしそれは、そんな切羽詰った行動ではなく、ただただ早く帰ってお祝いがしたいのだと、その表情が物語っていた。
そんな浮かれた様子のカイに、冷静に突っ込みを入れたアビーは、差し出したその手を取るとゆっくりと立ち上がる。
彼らの様子にお互いの顔を見合わせたエルトンとケネスもまた、帰還の気配を察してそちらへと駆け寄っていた。
『・・・あれで良かったのかなぁ?うーん、どうなんだろー?ま、いっか』
疲れた身体にお互いを支えあいながら、賑やかに帰っていくカイ達の姿を、どこからか見守る獣耳の少女が一人、そんな言葉を呟いている。
その呟きもまた、風にすら乗ることはなく、どこかへと掠れて消えていってしまっていた。
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