リタ・エインズリーは勇者である 2
「うっ・・・で、でも!」
「でももなにもありません!!あれを見てみなさい!明らかにこっちの治療が終わるのを待ってくれているじゃないですか!あれはあなたとの戦いを楽しみたいのです!!そんな相手に、無理をして戦って何になりますか!!」
マーカスから命の危険を諭されても、リタがまだ抵抗しようとしていたのは、彼女が聖剣を失った自分に価値を見出すことが出来なかったからか。
それはマーカスとて、同じ立場であろう。
今現在、敵の手へと堕ちている聖剣に、それを一刻も早く取り戻さなければ面目どころかその命すら危ないのが彼の立場であった。
そうした立場でありながら、彼はリタの治療を優先する。
確かに彼の言う通り、セッキ達は彼らの治療の様子を観察するばかりで、そちらから手を出す気配を見せてはいない。
セッキはそれを、これまでのやり取りの中ではっきりと示していたが、通じない言葉にそれが確かだと確認する術は彼らにはないだろう。
そんな不確かな状況にも彼がリタの治療を優先したのは、それだけ彼女のことを大事だと考えているからだろうか。
「うぅ・・・分かったよ!分かったから・・・出来るだけ早くしてね」
「はいはい、分かってますよ」
そんなマーカスの想いを汲み取ったのか、暴れていた手足をようやく引っ込めたリタの頬は僅かに赤い。
紅潮してしまった自分の顔を見られるのが恥ずかしくなってしまったのか、明後日の方向にそっぽを向いてしまったリタはしかし、観念したように大人しく治療を待っている。
そんなリタの振る舞いに苦笑を漏らしているマーカスは、彼女の心の機微には気付いていないのだろう。
しかしここに、それに注目している存在がいた。
『ふ~ん、ただのお付の神官かと思ったが・・・どうやら、それだけの存在じゃねぇらしいな。へへへ・・・こりゃいい、使えそうじゃねぇか』
勇者との戦いを楽しみにしていたセッキからすれば、彼女の治療を手を出さずに見守ることは当然の事であった。
それに、つい間違って殺してしまいそうだった彼女を、どうにか救ったマーカスの事は当然、注目して観察しもする。
そうした状況であれば、そういった事に鈍感な彼にもその気配を感じ取ることも出来るだろう。
そしてそれは、彼の願いを叶える為の助けにもなるものであった。
『?兄貴、何を言ってるだ?おで、全然分かんねぇど?』
『そうだでそうだで!神官ってなんだで?食いもんか?』
『うっせぇ!!てめぇらは、そこで大人しく待っていやがれ!!』
セッキの独り言も、彼の言葉に耳を澄ましていたトロール達には聞こえてしまう。
彼らは口々にその発言の意味が分からないと騒ぎ立てるが、それもセッキに一声怒鳴られてしまえば、途端にしゅんと大人しくなっていた。
『ふん、最初からそうしとけってんだ・・・っと、流石は聖剣様ってか。俺らみたいのに触られるのは、お嫌なようだ。まぁ・・・ちっとの間だ、我慢してくれや』
大人しくなったトロール達に満足しては鼻を鳴らしたセッキは、足元に放置されている聖剣を掴み取る。
その瞬間に奔った鋭い痛みは、その聖剣が魔を拒絶するが故のものだろう。
しかし普通の魔物ならば肌を焼け爛れさせ、激しい痛みに触れることすら叶わないようなそんな痛みも、セッキにかかれば唇を吊り上らせる程度の刺激でしかない。
指先に奔った痛みにニヤリと唇を歪ませたセッキは、改めてそれを強く掴み取ると、肩に担いではその異常な重みすらも楽しんでいた。
『よぉ、お二人さん。そろそろ治療は終わったかい?』
「っ!ここまでですか・・・リタ、いけない!?」
望まれない持ち主に異常なほど重さを帯びている聖剣を、まるで丁度いい重りのように肩に乗せてはそれをトントンと上下させ、こりを解しているセッキはのんびりとリタ達へと歩み寄っている。
そんな彼が声を掛けてくれば、その言葉が分からずとも、もはや時間切れだと理解することは出来る。
完璧ではないものの、問題なく動ける程度には治療を終えたマーカスは、セッキの声に諦めを口にしては戦いに備えてその杖を握り直す。
しかし彼がそれを構えるよりも早く、その足元から猛烈な勢いで飛び出していく存在があった。
「・・・せ。返せ、返せよぉぉぉ!!!」
『お、威勢がいいねぇ!つぅことはよぉ、もう治療は終わったってことだよな?』
自らの命ともいえる聖剣をぞんざいに扱い、あまつさえ肩のこりを解すのに使っているセッキの姿に、リタは怒りと共に叫び声を上げると猛烈な勢いで飛び掛ってゆく。
しかしそれは、セッキに治療の終わりを知らせる動きでしかない。
飛び掛ってきた彼女を軽くあしらったセッキは、その事実に嬉しそうにニヤリとした笑みを見せていた。
『じゃ・・・てめぇはいいや、どっかいってな』
「がっ!?」
リタの元気な姿を確認したセッキは、それに笑顔を見せると急に興味を失ったように表情を失くし、その手を振るう。
彼がその手に持った聖剣でも、本来の得物である金棒でもなく、それを握ったままの腕で彼女を振り払ったのは余計なダメージを与えないためであろう。
事実地面を這うようにして吹き飛ばされた彼女は、この部屋の壁まで飛ばされて強かに背中を打ってはいたが、それほどのダメージは負ってはいなさそうであった。
「リタ!?大丈夫ですか、今そちらに―――」
弾き飛ばされ壁へと激突しては、そのまま地面へと伸びているリタの姿に、マーカスは慌てて彼女へと駆け寄ろうと足を急がせる。
しかし彼は忘れてはいないだろうか、その目の前に存在する圧倒的な脅威の事を。
『おいおい・・・向こうの心配してる余裕はねぇんじゃねぇか、兄ちゃんよぉ?』
「くっ、そんな!?」
その場に金棒を放ったセッキは、その手でリタへと駆け寄ろうとしたマーカスを捕まえる。
マーカスがそんなにも無防備に彼へと背中を見せてしまったのは、これまで彼がリタにしか興味を示さず、自分の事を放置していたからだろうか。
しかしそれは、彼の勝手な願望でしかない。
セッキの巨大な手の平に身体を掴み取られた彼は、軽々とその身体を空中へと持ち上げられてしまっていた。
『ほれほれ、どうした?抵抗しねぇのか、このまま握りつぶしちまうぞ?』
「私を嬲るつもりですか・・・?好きにさせると思うな!燃えろぉぉ!!」
腰を掴み持ち上げるセッキの腕は強く、とてもではないが抜け出せるとは思えない。
しかしそれはまだ、この身体を握り潰そうと力を込めてはいなかった。
ニヤニヤとした笑みを見せながら、こちらの様子を窺うセッキはマーカスの両手を封じてすらいない。
その舐めきった態度に流石に怒りを覚えたマーカスは、その手に握った杖をセッキの腕へと叩きつけると、身体の中から湧き立つ魔力を炎へと変えて燃え上がらせていた。
「どうだっ!これで・・・なっ―――」
マーカスの杖から湧き立った炎は、セッキの腕を包んではやがて、その矛先を彼の全身へと伸ばしていく。
燃え盛る炎はやがて、セッキの身体も覆い隠すだろう。
その姿に勝利を確信したマーカスはしかし、その覆いが晴れて現れた、傷一つないセッキの姿に目を見開いていた。
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