リタ・エインズリーは勇者である 1
振り上げた刃を防ごうと掲げた金棒は、火花すら散らさず切り裂かれてしまっている。
それはリタが振るった聖剣が、何者をも切り裂くという刃だからだろう。
小柄なリタが下から振り上げた刃は、大柄を通り越した巨体を誇るセッキの喉下へと届くだろうか。
それは聖剣のリーチと、精一杯伸ばしたリタの身体を見れば分かる。
今その刃の切っ先は、セッキの首筋へと届く。
『おっと、危ねぇ危ねぇ!!ひゃ~、これが何でも切り裂くっていう聖剣の刃かい!おっそろしいな~』
届いた首の皮一枚を切り裂いて、その刃の切っ先は虚空へと流れて半円を描いていた。
全てを切り裂く刃も、その過程において剣先が鈍らない訳ではない。
セッキが構えた金棒を切り裂くその過程に、僅かに鈍った剣先を始めから予想していたように、彼は僅かに首筋を仰け反らせると、皮一枚だけをそれに切り取らせていた。
切り裂かれた皮から垂れる血すら、今はもう止まっている。
それを押さえては大袈裟に驚いて見せるセッキは、血で濡れた手の平を広げては心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「馬鹿に、するなぁぁぁっ!!!」
全力で振り切り、それで決め切れなかった身体は流れて、はっきりとした隙を晒してしまっている。
しかしそんな状態のリタを、セッキは悠然と見逃してはニコニコと余裕の表情を浮かべることに終始していた。
言葉が分からずとも、それが馬鹿にされている事だけは分かる。
怒りの声と共に力を込めるリタは、伸びきった身体を縮めると流れた勢いに任せて身体を回転させる。
彼女はもはや一撃で仕留めることは狙わずに、一番近くに存在するセッキの足元を狙う。
ギリギリの距離にあった首筋とは違い、そこにはリタのリーチでも十分に届き、このスピードにもはや躱すことも不可能だろう。
『あぁ?馬鹿にしちゃいねぇ・・・ってんだろ!!』
素直に賞賛したつもりの振る舞いを、侮辱と取られればセッキも不満だろう。
その苛立ちをぶつけるように、彼は先端の欠けた金棒を振り下ろす。
稲妻のような速度で奔ったそれは、自らの足へと迫ろうとした聖剣の腹を打ち抜いて地面へと縫いつけていた。
『何でも切り裂けるっつてもよぉ・・・それは刃の話しだろぉ?なら、こうすりゃ良い訳よ。あんまそれにばっか頼ってっと、死んじまうぞ?ま、今更言っても意味ねぇがな!』
聖剣の腹を叩き、それを今でも地面へと縫い付けているセッキは、それが決して無敵ではないと諭している。
彼はそんな事を話しながらも、リタに聖剣を振るわせないように押さえている訳ではない。
どうやら彼女は先ほどの一撃の衝撃のあまり、腕が痺れてしまってそれが動かせない状態にあるようだった。
「くっ、腕が痺れて・・・」
『ちっ、折角チャンスをくれてやったってのに・・・しゃあねぇなぁ!』
よく見てみれば、セッキの金棒は聖剣の上に乗っかっているだけで、それを押さえてすらいなかった。
それは彼がリタへとやった、攻撃のチャンスであったのだろう。
しかしそれすら生かす事の出来なかったリタの姿に、セッキは溜め息をつくと軽く腕を振るう。
それは明らかにゆっくりとした、のろまな一撃であったが、それでも小柄なリタを弾き飛ばすには十分な威力を秘めていた。
「がはっ!?」
腕が痺れ、聖剣をまともに握ることすら出来なくなっていたリタは、セッキの振るう金棒をまともに受けると、それをその場に置いて吹き飛ばされてしまう。
体重の軽い彼女の身体は予想以上に高く、遠くにまで飛んでいってしまい、その落ちる角度も危ない入射角を描いていた。
『あっ、やべ・・・』
それは、命の危険もある角度だろう。
望んでいた結末とは違う結果になりそうな光景に、セッキは思わず口を押さえて自らの失態を嘆いている。
彼にはもはや、彼女を救う術などないだろう。
ならば彼女はそのまま、地面へと叩きつけられることになるのか。
いいや、そうはならない。
「リタ!!!」
その切羽詰った声は、セッキがいた場所の反対側から響いてきている。
そこには彼の部下と激闘を繰り広げている筈の、ある男の姿があった。
屈強なトロール二体に揉みくちゃにされ、その自慢の衣装がボロボロになってしまっているマーカスはしかし、今だ健在な身体で地面へと墜落していくリタへと駆け出していた。
『あぁん?どういうこったこりゃ?あいつは確か、あいつらと・・・おい、てめぇら!なに遊んでやがる、ちゃんとしろちゃんと!!』
今、リタを助けようと走っているマーカスは、セッキの部下であるトロールの二人が押さえている筈である。
そんな状況にある筈の彼が、何故そのような行動が出来るのか。
それに疑問を覚えたセッキは、彼の部下の二人がサボっているのだと考えて、怒りの声を上げていた。
『ち、違うよぉ兄貴ぃ!こいつが、こいつが強いんだよぉ!』
『そうだで、そうだで!!』
セッキの叱責に、トロールの二人は口々にそうではないと主張していた。
見れば彼らの身体はマーカス以上にボロボロであり、その身体の所々は火傷のような痕まで残っていた。
それが何によって為されたかは、今も僅かに炎を纏っているマーカスの杖を見れば分かる。
リタに勝るとも劣らない身体能力を秘める彼は、気づけば彼女を抱きとめられる位置まで走りこんでいた。
『何だぁ、もしかしてあっちの方が当たりだったってか?ちっ、つっても勇者をほっとく訳にもいかねぇしな・・・』
リタをギリギリの所で受け止めたマーカスは、早速とばかりに彼女に回復魔法を施している。
マーカスがトロールの二人にやったことを考えれば、彼はその回復魔法だけではなく、通常の魔法をも使いこなすのだろう。
セッキの部下のトロールも決して弱い訳ではなく、それを二体同時に相手に出来る事を考えれば、近接技術も相応なものに思える。
そんな彼の存在に、セッキは自らが相手をしていたリタよりも手応えのありそうな匂いを嗅ぎつけるが、勇者である彼女を放っておく訳にもいかず、どこか面倒臭そうに頭を掻いていた。
「リタ!動かないでください!!まだ治療が・・・」
「放してよ!ボクが、ボクが戦わないとあいつがっ!!」
もろに食らってしまったセッキの一撃は、リタの細い身体に計り知れないダメージを与えている。
大きく吹き飛ばされた身体が地面へと激突しなかったことで、致命傷となりえたそれは回避されたが、殴りつけられたそのダメージまでが無効化された訳ではない。
痛みに喘ぐリタの姿にマーカスは回復魔法を施していたが、それで僅かに傷が癒えた彼女はすぐに闘いへと戻ろうと暴れ始めてしまっていた。
「いいから、じっとしていなさい!!このままでは死んでしまうかもしれないのですよ!!」
吹き飛ばされる過程で聖剣すらその手から失ったリタは、とにかく一刻も早く戦闘を再開させようと暴れている。
しかし治療によって痛みが引いているその身体も、今だに傷つき死に瀕しているのは変わりないのだ。
折れた肋骨が内臓に刺さってしまっているのか、その唇の端から血を垂れ流すリタの姿に、マーカスが彼女を大声で叱り付けると、いいからジッとしていろと押さえ込んでいた。
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