カイ・リンデンバウムは何を望むのか 3
「後はこれを―――」
『ヴェロニカ。ヴェロニカよ、聞いているか?』
「は、はい!カイ様、聞こえております!何か御用でしょうか?」
残された作業のその最後を終えようとしていたヴェロニカに、どこからか声が掛かる。
それは彼女にとっては、決して聞き逃してはならない絶対の存在からの声であった。
モニターから聞こえてきた声に顔を上げれば、そこには壁へと近づきそこへと手をやっているカイの姿が映っている。
そちらへと向き直り、姿勢を正したヴェロニカは直立不動の姿勢で、彼の言葉を聞き逃しはしないとそれに集中した様子をみせていた。
『ここに魔物を寄越して欲しいのだが、すぐに出来るか?』
「なるほど・・・そういう事でございましたか。それならば控えさせていた魔物達がおります。彼らならば今すぐ向かわせられますが、いかが致しましょう?」
カイは自らがいる部屋へと、魔物を寄越して欲しいとヴェロニカに頼んでいる。
その言葉にヴェロニカはすぐに、なるほどと意味深げに頷いて見せていた。
確かにカイはあの少年を命の危機から救ったが、それだけで確かな信頼を勝ち得たとは思えなかったのだろう。
そんな彼が魔物を寄越せと頼んでくれば、それによって危機を演出し、更なる信頼を得ようと計画しているのだと、ヴェロニカは即座に判断する。
都合のよい事に、勇者を仕留めようと用意していた魔物達が、丁度近くに控えているのだ。
『・・・?そうか、それならば都合がよい。その魔物をここに寄越してくれ、出来るな?』
「えぇ、勿論でございます」
『では、頼んだぞ』
ヴェロニカが覗かせた意味深な納得に、カイは意味が分からずに首を捻っているようだった。
しかし彼女は同時に、彼の望みに都合のいい情報も齎している。
そう考えれば、そのような違和感など取るに足らないことだろう。
カイはその控えている魔物達を自分達の所へと寄越すようにヴェロニカに命令すると、そっと壁から手を離している。
そんな主人の姿を見送っているヴェロニカは、その命令を実行しようと早速とばかりに端末を操作し始めていた。
「これで、よしと・・・こちらはカイ様に任せておけば問題ないわね。後はこれを・・・」
手早く魔物の投入作業を終えたヴェロニカは、残っていた自らの作業も片付けに掛かっている。
その最後へと割り込まれた先ほどの出来事に、残された作業は僅かだろう。
事実、彼女の素早い操作速度を持ってすれば、それは数秒の内に完了するものであった。
「これで終りね。後は彼女達が・・・随分、早いわね。私もそろそろ向こうに向かった方がいいのかしら?」
必要な作業を全て終えたヴェロニカはそれをもう一度確認すると、それに抜けがない事に頷いている。
下準備を終えたのならば、後は勇者達の到着を待つだけだ。
その彼女達の現在位置へと目をやったヴェロニカは、その予想よりも速い進行速度に驚きの声を漏らすと、自らもすぐに持ち場へと向かった方がいいのかと思案していた。
「ここにいても、もうやれる事はない・・・か。そうね、向こうに向かいましょうか」
全ての準備を追え、勇者達も問題なく最終的な戦いの場所である、セッキの待つ部屋へと向かっている現状に、彼女がここで出来る事はもはやないだろう。
そう考えたヴェロニカは、急いで自らの持ち場へと向かい始める。
そこにはまだ、彼女を必要とするとても重要な役割が残されていた。
『ヴェ、ヴェロニカ?ちょっと魔物の数が多いし・・・強すぎるんじゃないか?あれ、ヴェロニカ?聞いているのか?』
ヴェロニカも立ち去り、誰もいなくなった最奥の間に、誰かの声が響いている。
それは先ほど、そのヴェロニカに偉そうに命令を下していた者の声ではなかろうか。
しかしその声に喜んで応える者の姿は、既にそこにはなく、その声はただただ空しく響くだけ。
『えっ!?い、いないのかヴェロニカ!?ちょ、マジか!?この量は洒落になってないから!!ヴェロニカー、ヴェロニカー!おーい!!』
一向に返ってくる様子のない返答に、最初は焦りをみせていたその声はやがて、哀れみすらを帯びて響き始める。
しかしどんなにその声がボリュームを上げようとも、既にその場から離れたヴェロニカにそれが届くことはないだろう。
その声の背後から聞こえてくる激しい戦闘の音と、なにやら必死に言い合っている声を聞けば、その場がどれだけ切羽詰っているかは想像に難くない。
その状況を解決する手段がここにないのならば、その声の主は自らの力でその場を切り抜けるしかない。
『くっそ、マジか!?ヴェロニカ、聞こえてるならせめて魔物の数を半分にして―――』
『―――さん、何やってるんだ!!早くこっちに!!』
『は、はい!すぐに向かいます!!うぅ、こうなったらやってやる!やってやるからなぁ!!』
僅かな可能性に懸けて張り上げた声も、その背後から掛かった声によって最後まで言い切ることは出来ない。
しかしその切羽詰った声を聞けば、そんな無駄な事に時間を取られずによかったといえるかもしれない。
もはや届かない声に、覚悟を決めたその声の主は戦意を昂ぶらせると拳を握る。
彼が最後に奮った声に、答えた声は様々だ。
しかし少なくとも、それは人間のものだけではなかった。
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