カイ・リンデンバウムは何を望むのか 2
「勇者を仕留めたとあれば、カイ様は魔王軍の中でも一目を置かれる存在となるでしょう。でもそれは同時に、やっかみを買う存在にもなるということ。これからは様々な妨害が考えられるようになる、あるいは・・・」
「直接、潰しにくる者もおるじゃろうな。勿論、そんな連中に後れを取るような我等ではないが・・・たとえ相手に非があろうとも、仲間同士殺し合うのを良しと思わぬ連中もおるじゃろう」
「それを考えれば、何より簡単には手出しできないように地盤を固めるのが重要・・・カイ様はそれを考えていらっしゃったのね!」
カイは勇者を仕留めた後、自らが周りから危険視される存在になる事を想定して動いていたと、ヴェロニカ達は解釈していた。
勇者殺しという手柄は、カイを魔王軍の中でも一目置かれる存在へと昇華させるだろう。
それは同時に、周りから睨まれる存在にもなってしまう事を意味していた。
カイの叡智とその部下の力を考えれば、それを撥ね退けるのは難しくはないかもしれない。
しかしその行い自体が、周りからの反感を助長する恐れを含んでいた。
であれば、どうすれば良いのか。
彼らはそれを自らの勢力を確固たるものにすることによって、容易に手を出せない存在になればよいと考えているようだった。
「であれば、あの少年は自由都市ダクサスかグラント公国の者辺りか・・・いや、貴族という事ならばグラント公国かのぅ?あの都市の豪商ともあれば、貴族が如く振舞ってもおかしくはないが・・・」
「それらは確か・・・あの海峡を領有している国家よね?」
「ダクサスの方を国家というかは微妙じゃが、その通りじゃよ・・・まぁ、あれがそこらの国よりも影響力があるのは確かよの」
彼らが当初、カイがこの地に赴いた理由だと考えていたエダリヤス海峡は、現在三つの勢力によって領有されている。
その一つは今まさに魔王軍の脅威に脅かされている国家、エスパニオ王国であり、彼らは皇海を挟んだ向こう側の領地を有していた。
そして皇海を挟んでこちら側の領地を分割統治しているのが件の自由都市ダクサスと、グラント公国であった。
ダミアンはかの少年をそのグラント公国の貴族だと考えていたが、海峡という海運の重要拠点を押さえ、その恩恵を最大限に受けるあの自由都市の商人共の放漫さを考えれば、そちらの可能性も捨て切れなかった。
「どちらにしても、あの少年が彼の地を押さえる上で有用な人物であるという事だけは確かなのでしょう?」
「間違いなかろうよ。でなければ、カイ様があのようにしてまで守ろうとは・・・おぉ、ヴェロニカ見るのじゃ!勇者が奥へと進んでいくぞ!」
カイがその身を挺してまで守ろうとした人物が、ただの貴族の筈がない。
であるならば、あの少年はその地を押さえる上で欠かせない働きをする者なのだろう。
そう考えるヴェロニカの言葉に、ダミアンも間違いはないと肯定する。
彼はその少年の姿をもう一度目にしようとモニターへと目を向け、そこに動き出そうとしている勇者達の姿を見ていた。
「えぇ、本当ね!これで当初の予定通りに、計画を進められるわ!カイ様はここまで見抜いておられたのね・・・」
「身の危険に瀕した勇者が、このまま引き返してしまうことも考えられたが・・・やれやれ、カイ様はその二つを両立させられると確信しておったのか」
当初の予定よりも早めた仕掛けは、当然失敗すれば逃亡のリスクも高めてしまう。
しかし露見した危険にも勇者はその足を止めることはなく、さらに奥へと進んでいくようだった。
その姿にカイの狙いが、今後重要となってくる立場の人物に恩を売っておくことと、勇者の抹殺の両立であった事を知ったダミアンは、感心したように呟きを漏らしていた。
「あれらが先に進むのであれば、わしもそろそろ持ち場に行こうかのぅ。後の事は任したぞ、ヴェロニカよ」
勇者が先に向かっていく姿にダミアンは自らの席を離れると、この部屋の出口へと向かっていく。
元々、ダンジョンの管理する端末の操作が苦手な彼には、この部屋でやれる事は多くない。
それならばいち早くこの場を離れて、勇者迎撃の準備に向かった方がやれる事は多いだろう。
背中が痛むのか、そこを押さえながらとことこと歩いていくダミアンは、後の事は任せたとヴェロニカに気軽な様子で手を振っていた。
「えぇ、私もこちらでの作業が一段楽したら向かうわ。セッキにも準備しておくように、声を掛けておいて」
手元でなにやら操作していたヴェロニカは、ダミアンの声に顔を上げると、直接勇者と戦う事になるセッキにも一声掛けるように頼んでいる。
彼女が操作した結果だろうか、勇者が通り過ぎた部屋にはすぐに強力な魔物が配置され、その逃げ道を塞いでいる。
彼女達にとって幸運だったのは、元々勇者を追撃させるために集めていた魔物達が、その先の部屋ではなく隠し通路に控えていた事だろう。
障害の少ない道を、勇者達はどんどんと進んでいく。
そのスピードは、それまでの道筋に増して素早いものであった。
「それは構わんが・・・あれには、その必要はなかろうて」
「ふふっ。そうね、その通りだわ」
ヴェロニカの頼みに一旦足を止めたダミアンも、その時間は長くはない。
勇者との戦闘というご馳走を待っているセッキが、その準備に待ちくたびれるとは思えない。
彼はきっと今も、準備万端の戦意を昂ぶらせてそこにいるだろう。
そう呟いて去っていくダミアンに、ヴェロニカも思わず笑みを零してしまう。
再びモニターへとその目を移した彼女の手は早く、残された作業も後僅かといった所であった。
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