アトハース村の事情 1
「いや、中々美味しかったよ」
店主が料理を持ってくるまでの間、店の中をチラチラと観察していたが、特に得るものがなかったカイは出された料理へと手をつける。
ある程度手をつけたところで店主に話を聞こうと考えていた彼だが、その久しぶりの人間の料理に途中で止める事が出来ず、最後まで平らげてしまっていた。
それもその筈で魔王軍の料理というのは、なんというかこう、雑であり、カイの舌にはあまり合わないものが多すぎるのだ。
出された料理は簡素なものであったが、それでもその細やかな味付けにカイはついつい感動してしまい、素直にそれを言葉にしてしまっていた。
「そうかい?そりゃ、嬉しいね。あぁ、これお釣りね」
「・・・どうも」
カイの感想に嬉しそうに表情を崩した店主は、思い出したように何枚かの硬貨を彼へと差し出してくる。
それを受け取ったカイは、その硬貨を指で遊んでは枚数を確認していた。
(銅貨六枚か・・・つまり、エスパニオ銀貨はこの銅貨10枚分の価値って所か?ふむ、これはエスパニオ銅貨ではないのだろうな。とすると、レートの差もあるかもしれない・・・そこらへんも詳しく聞いてみるか?いや、今はそれよりもやるべき事があるな)
店主から受け取った硬貨を袋へとしまったカイは、それを軽く叩くと頭を切り替える。
彼がここに訪れたのは、硬貨の価値を調べるためではない。
「それにしても、お客さん。えっと・・・」
「パスカル・キルヒマンだ」
本題を話し始めようとしていたカイよりも、店主が先に口を開く。
彼の詰まった言葉から、こちらの名前を知りたがっている事を察したカイは、適当な偽名を名乗っていた。
「キルヒマンさんね。あなたも鉱山復興のためにここに?」
「いや、そうではないが・・・」
カイの名乗った偽名に頷いた店主は、何かを期待するような瞳を彼へと向ける。
店主が尋ねた内容を、カイは否定することしか出来ない。
その言葉に、彼は露骨にがっかりした様子を見せていた。
(鉱山復興?何の事だ?それより・・・あなたもってことはあの商人、アダムスは鉱山復興のためにここに訪れていたのか?鉱山っていうのは、フィアナが見つけたものだろうが・・・ふむ、ここは鉱山で発展した村で、今はそれが稼動していないから寂れていると・・・憶えておくか)
身に覚えのないことを尋ねられて戸惑ったカイであったが、その情報はかなり有益なものであった。
何とかして鉱山を復興してやればこの村も栄え、ひいてはダンジョンにやってくる人が増えるかもしれない。
ダンジョンに訪れる人を増やす方策を新たに一つ手に入れたカイは、ホクホクとした表情をその偽りの顔に浮かべていた。
「そうすると、キルヒマンさん。あなたは何をしに、ここに?荷物もないようだし、行商って訳でもないよな・・・あぁ、表に荷車でも止めてあるのかい?それなら・・・」
「いや、実はだな・・・」
肩を落としていた店主は気を取り直すと、カイが何故この村に訪れたかを再び尋ねていた。
カイが手ぶらである事はすでに目にしており、行商とも思えない彼の姿に店主は首を捻ると、店の外へと視線を向ける。
彼はそこにカイの荷物が止めてあると考えたようだが、そんな事は有り得ない。
しかしその言葉は、カイが待ち望んだものであった。
(よしっ!これでここからダンジョンで荷物を失くしたという話に持っていけるな!あの商人、アダムスの話も聞いているだろうし、これでダンジョンが確実にあると思わせられるだろう。後はどうやって人を呼ぶかだが・・・危険性を訴えるべきか?それとも利益を匂わせるか?ううむ、それは反応次第だな)
店主が尋ねた内容は、カイがダンジョンの話をするにはもってこいの導入だ。
その質問に簡単に答える素振りを見せたカイは、もったいぶって言葉に溜めを作りながら頭をフル回転させる。
その思考は、店主の反応がどんなものでも対応してみせると、熱を上げていた。
「雨宿りに洞窟に入ったんだが、どうやらそこがダンジョンだったらしくてね。そこで荷物を失くしてしまったんだよ。だが、実はそこで―――」
寂れた村の様子に、これ以上状況が悪くなれば村を放棄してしまうかもしれないと考えたカイは、とりあえず利益で釣ってみようとダンジョンから持ち出したアイテムを取り出そうとする。
しかしそれを店主へと見せる前に、彼の背後から大声が上がっていた。
「ほら見ろ!アダムスさんの言った通りじゃないか!!ダンジョンはあったんだ!!それをお前らは揃ってなかった事にしやがって・・・どうするつもりだ!!」
客の一人だろうか、まだ若者といってもいい年齢の男が立ち上がり、大声を張り上げている。
彼は周りの客達を威嚇するように睨み付けると、ダンジョンの存在を主張して怒鳴り散らしていた。
「しかしよぉ・・・ダンジョンがあるったって、どうしようもないだろ?アダムスさんもそれが分かってるから、一旦様子を見ようって話に同意してくれたんじゃないか。ただでさえ鉱山復興の話が滞ってるのに、ここでダンジョンが見つかったなんて話になったら、誰も来てくれなくなっちまう」
怒鳴り散らす若者に、彼よりもかなり年嵩の男が疲れた表情で諭し始める。
彼はもしダンジョンが本当にあったとしても、この村にはどうする事も出来ないと静かに語っていた。
(あれー?なんだこれー・・・?なんか思ったよりも深刻な感じになってない?えっと、そんな危険な事はないですよー。うちは人に優しいダンジョンなのでー)
自らを置いて始まった、なにやら深刻なやり取りにカイは口を挟む事ができない。
彼はただただ、なにやら居心地の悪いこの場を何とかやり過ごそうと、身体を小さくしていることしか出来なかった。
「そのための冒険者ギルドだ!あいつらを使えばいい!!このまま手をこまねいていたら、ここだって危ないんだぞ!!」
「うちの村にあるのはギルドと言っても、ただの出張所だぞ。あそこに依頼しても、実際に冒険者がやってくるまでどれ位かかるか・・・」
ダンジョンには、冒険者。
その当たり前の道理を主張する若者に、疲れた表情の男はそんなうまくいく筈もないと現実を語る。
このアトハース村にある冒険者ギルドは、近くの街の出張所に過ぎない。
そこにいるのは、一日のほとんどを寝て過ごしているような老人だけだ。
彼に迅速な仕事を期待するのは、酷な話だろう。
「それでも、何もしないよりはましだろ!!知ってるぞ、あいつを呼ぶにも金が掛かってるって!その金は、こういう時に働いてもらうために払ってるんだろ!!」
「それは、そうだが・・・」
ギルドの出張所を招聘するのにも、金が必要だ。
そうまでして来たのがお飾りに過ぎず、役に立たない存在だとしても。
そしてそれを維持するのにも、また金が掛かっていた。
それを知っている若者は、こういう事態にこそ投資した金を回収するべきだと主張する。
疲れた表情の男も、それを否定する事は出来なかった。
「それに知ってるんだぞ?ダンジョンで発展した街もあるって。そう考えれば、寧ろ見つかって良かったのかもな。冒険者に調査させて有望そうなら、もう鉱山なんかに頼らなくてすむ」
自分の言葉に反論できない男に、若者はニヤリと笑うとダンジョンで成功した街について語る。
彼は自分達の村もそうなればいいと、周りに語り掛けていた。
その言葉に誰よりも大きな反応を示したのは、他ならぬカイであろう。
(それー!!それだよ、それ!!俺がやりたかった奴!!いいぞいいぞ、名前も知らん若者よ!!もっと主張したまえ!そして安心しろ、冒険者が来たらたっぷり接待して返してやるから!)
若者の主張にうんうんと頷いているカイは、ふと彼の後押しを出来るものを自分は所持していると思い出していた。
彼は先ほど取り出しかけていたアイテムを探ると、それを掴み取る。
それは、それなりに高位の治癒のポーションであった。
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