縺れ合う思惑とその結末 1
ぱらりと落ちた砂粒がやがて小石に変わって、叩いた肩にわずかな痛みを伝えれば、それに気付く事も出来るだろう。
しかしそれに気付けたのは、リタが周りに為すがままにされており、他にやる事がなかったからであった。
彼女に周りにいる者達は皆、彼女を巡って争うのに夢中でそれに気付く気配はない。
それでは、不味いのだ。
だってその頭上の岩石は、彼らを覆って余るほどに、大きいのだから。
「皆退いて!!退けよぉぉぉ!!!」
悲鳴にも似た声と共にリタが振るった腕は、彼女のその小柄な身体からは信じられないほどに強い。
その力は彼女に纏わりついていた二人の冒険者と、彼女のお付の青年の身体を軽々と吹き飛ばし、安全圏まで運んでいた。
これで後は、彼女自身がその岩石の下から逃れられればいいだろうか。
リタはその足へと、力を込める。
「な、何をやっているのだリタとやら!?確かにアーネット達も強引な所はあったが、そうまでするほどは・・・」
「いいから、早く逃げて!!今ボクが、そっちに・・・ぐぅっ!?何!?」
力を込めた足は、まだ逃げそびれているエヴァン達を助けるために溜め込んだバネだ。
しかしそれも解放する事は許されずに、無駄になってしまう。
エヴァン達を抱えてそこから逃げ出そうとしていたリタの身体は、突然足元から膨れ上がってきた半透明の液体によって拘束されてしまっていた。
「ちっ!?まだ生きてやがったのか!ケネス手前ぇ、ちゃんと止め刺さなかったのか!?」
「そんなっ、僕は確かに・・・」
それはかつて、エルトンとケネスの身体を拘束したスライムであった。
その姿にエルトンは驚きの声を上げると、ケネスへとちゃんと止めを刺さなかったのかと問いかけている。
しかしそれは、ケネス本人からしても同じようで、彼はまるで幽霊を見たかのように青い顔をしていた。
それも無理はないだろう、事実彼は間違いなくそのスライムに止めを刺していたのだから。
そのスライムは彼が止めを刺したのを、ヴェロニカが無理矢理復活させたものだ。
それには相応のコストが掛かっているが、それが齎した効果を考えるならば安いものだろう。
「っ!?坊ちゃま、お早く!!お早く、この場からお引きください!!」
「ど、どうしたアビー!?一体何が・・・?」
「時間がないのです!とにかくお早く、あちらに!!」
「う、うむ。分かったのだ!」
リタの振る舞いに何かがあると察したアビーは、その頭上に巨大な岩石が降ってこようとしている事に気がついていた。
彼女は察知した危険に、自らよりも主人の避難を優先する。
そんな彼女の必死な呼び掛けにも、エヴァンはピンときていない反応を示していたが、それも彼女がその手を引くまでだろう。
どんなに親しくとも圧倒的に立場の違う主従に、決してそんな事をしようとはしなかった彼女のその行動に、エヴァンが今がとても危険な状況であると察していた。
「それじゃ、間に合わないっ!ならボクがっ!!」
しかしその速度は遅く、とてもではないが間に合いそうにはなかった。
それを一目で見抜いたリタは、ならばと覚悟を決めてその手にした聖剣を握る。
その断ち切れぬもののない刃ならば、如何な巨大な岩石といえど切り裂く事が出来る筈だ。
それで彼らへの被害が完璧に防げる訳ではないかもしれないが、致命傷でさえなければここには回復魔法の使い手いるのだ、きっと大丈夫。
そう信じて、聖剣を振るおうとした彼女の腕はしかし、それを全うする事はなかった。
「このっ、離せ!!離せよっ!!!」
リタの身体へと纏わりついていたスライムは、今や彼女の腕へとその体積を集中させている。
その程度のスライムなど訳もなく倒せる彼女も、目の前にある他の事に意識が囚われていれば、それをこなす事など出来はしない。
結果、彼女は聖剣を振りぬこうとしている姿のまま固まってしまい、ただ罵声を上げる事しか出来なくなってしまっていた。
「リタ!早く逃げなさい!!このままでは、あなたまでっ!!」
「でも・・・ボクは、ボクは・・・見捨てられない!!」
このままではリタまでも、その岩石の落下に巻き込まれてしまう。
それを危惧するマーカスは、彼女だけでも逃げるように呼びかけていた。
リタに聖剣を振るわせないように纏わりついているスライムに、彼女の身体能力を考えればそれを手放して逃げ出せば、そこから離れる事は難しくはないだろう。
しかしそれでは、エヴァン達が救えない。
だからその選択を、勇者であるリタは選ばなかった。
彼女は何があろうとも、エヴァン達を救ってみせると吠えている。
そして彼女のその思いを共にする者が、この場にはもう一人存在した。
「死ぬなぁぁぁ、勇者ぁあぁぁぁぁっ!!!」
それは、カイ・リンデンバウムその人である。
この部屋に設置してあった罠の存在にいち早く気がついていた彼は、それが発動する前からそちらに向かって駆け出し始めている。
それは、彼の足の遅さを補って余りあるアドバンテージだろう。
誰しもがもはや諦めかけている状況の中、彼は既に彼らへと手の届く距離まで辿りついていた。
そして今、飛びかかろうと姿勢を低くする。
「えっ、ちょ!?何でボクまで!?」
一心不乱な勢いで飛び掛ったカイが、リタの身体もその腕に巻き込んだのは、彼女が真の勇者である事に気がついたからではない。
ただ単純に、彼の位置からエヴァン達に飛びかかろうとすると、丁度彼女がその真ん中にいたというだけであった。
飛び掛ってきた存在がこのダンジョンの主だと気がついたスライムは、咄嗟に身体を縮めてはリタの事を解放している。
そのスライムの拘束から必死に逃れようとしていた彼女は、突然なくなったそれに込めていた力の行き場を見失い、思わず身体を浮き上がらせてしまう。
それは飛び掛ってきたカイに為す術なく巻き込まれしまうほど、無防備な状態であった。
「届けぇぇぇぇっ!!!」
特に狙ってはいなかったリタを巻き込んでしまった事を、気にする余裕など今のカイにはない。
カイはもう目の前にまで迫っているエヴァン達に向かって、必死に手を伸ばしていた。
その距離はもう、あと僅かだ。
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