事態の打開に向けて
「あれ?あいつらって、ほっといたら不味くないか?」
自らに向けられる畏怖の視線に気づかないカイは、ゴブリン達と別れた後に彼らの危険性について思い当たっていた。
「あいつらって、ダンジョンで生成された魔物と違って俺に絶対服従って訳でもないし・・・これは反乱分子を抱え込んだだけでは?あれ~・・・?最初思いついた時は、コスト削減のいいアイデアだと思ったんだけどなぁ・・・」
ダンジョンによって作り出された魔物は、そのマスターであるカイに絶対服従である。
そのためどんな強力な魔物でも遠慮なく作り出せるのだが、セッキが連れてきた彼らはそうはいかない。
自由意志を持ち合わせている彼らは、カイに不満や不信を感じれば遠慮なく裏切り、その命を狙うだろう。
カイは自らのアイデアによって、さらに窮地に陥ってしまったかもしれない事を一人嘆いていた。
「しかもあいつら、ダンジョンの魔物と違って自由に外へ出られるんだもんなぁ・・・これは、完全にやらかしたか?」
ダンジョンによって生成された魔物は、基本的にダンジョン内だけにしか生存を許されていない。
彼らはダンジョンから出る事はできず、出ようとすれば僅かな時間でその命を失ってしまう。
この制約はカイにとって都合のいいものであったが、そのメリットを彼は自らの手で壊してしまっていた。
「あ~・・・いいや。それは後で考えよう、うん!考えても仕方ない、仕方ない!!」
今更彼らに、元の集落に戻れと命令する訳にはいかない。
そんな事をすれば、彼らよりも数倍恐ろしいセッキの不興を買うだろう。
解決できない問題にカイは思考を止めると、問題を先送りにすることで思考を切り替える。
彼にはそれよりも、解決すべき問題が目の前にあった。
「それより、とにかくダンジョンに人を呼ばないとな!!そうしなきゃ、何も始まらない!」
大広間に屯している魔物達に独り言を聞かれないようにする為、歩き続けていたカイは気づけばダンジョンの入り口付近にまで辿りついていた。
彼の前任者が人間に見つからないようにと工夫した入り口は狭く、日の光も薄くしか差す事はない。
勿論ダンジョンの内部には、その魔力を使った明かりが灯されており暗くはないのだが、この入り口だけは自然の洞窟を偽装するためか明かりが設置されておらず、薄暗いままであった。
「あの人もなぁ・・・まぁ、人って言うか魔物なんだけど。完全にやる気なかったもんなぁ・・・俺とここのマスターが交代だっていう話聞いた途端、涙流しながらオールドクラウンに帰っていったし。まぁ、島流し紛いの追放先だし、当然か」
彼の前任者であるダンジョンマスターは明らかに、人間にこのダンジョンを発見されることを望んでいなかった。
それもその筈である。
このダンジョンなど、所詮追放先の僻地に過ぎない。
そんな場所で、多少実績を上げたところで何がどうなるわけでもない。
カイの前任者はそんな環境に絶望し、何もせずに暮らすことを選んでいたのだ。
そんな彼が元の場所に戻れると聞いて、どれほど喜んだかなど想像に難くない。
カイは一刻も早く帰りたくて仕方ないといった様子の彼の姿を思い出して、思わず苦笑いを漏らしていた。
「そのお陰で、住環境が整っていたのは良かったんだけどな・・・」
前任者はこのダンジョンで、ただ貝のようにじっとして過ごす事を選んでいた。
そのため居住環境は十分過ぎるほど整備されており、カイ達は種族の違いを考えてちょっと手を加えるだけで、快適に過ごす事が出来るようになっていた。
「でもなぁ、そもそもダンジョンとして存在すら知られてないってどうなのよ?」
じっとして過ごすだけならば、訪問者などいない方がいい。
ただ時が過ぎるだけの日々を望んだ前任者は、このダンジョンを自然の洞窟に偽装し、その存在を徹底して隠すことに注力していた。
その結果が、全く人のやってこない現状へと繋がっている訳だが、彼の境遇を考えると責める訳にもいかないように思えてくる。
「ここに来た始めの頃は、びびって色々魔物とか作ったりしたんだけどなぁ・・・だって、全然防備が整ってないんだもん。まさか誰もやってこないとは、思わないじゃん?あれも今となっては、張り切りすぎて痛い感じになっちゃってるよなぁ」
前任者とマスターを交代し、ダンジョンの状態を確認したカイは、そのあまりの無防備さに慌てふためき、ありったけの魔力を使用して魔物を生成してしまっていた。
最初の一日などは彼もびくびくしながら夜を迎えたものであったが、今にして思えばかなり恥ずかしい振る舞いだったと、顔を赤らめてしまう。
「ほとんど待機させてるもんなぁ・・・完全に過剰戦力になっちゃってるな、今の状況じゃ」
慎ましやかな生活を送っていた前任者のお陰もあってか、カイが就任した当初、このダンジョンの余剰魔力は膨大な量となっていた。
それも今では、ほとんどすっからかんと言ってしまっていい状態となっている。
それと言うのも冒険者が押し寄せてくることを恐れたカイが、遮二無二魔物を生成したからであった。
それらの魔物も、今ではほとんどがダンジョンの収納スペースで待機している有様だ。
余計な魔力の消費を抑えるためにそれは仕方のないことであったが、どこか失敗を隠蔽しているようで、カイはばつの悪さを感じていた。
「はぁ・・・とにかくダンジョンに人を呼ばないと。そうしなきゃ、何も出来ない」
自らのこれまでの失敗を思い返して溜め息を吐いたカイは、最初の議題へと立ち返る。
彼はこのダンジョンにやってくる冒険者を強化することによって、影からこっそりと人類の手助けがしたいのだ。
そのためには、まずこのダンジョンに冒険者が、いやこの際誰でもいいから人が訪れなければ話にもならない。
「ダミアンに相談して・・・いやいや!あの爺さんも、何考えてるか分からないぞ!!可愛い見た目に騙されちゃ駄目だな、うんうん」
ダンジョンに人を呼ぶアイデアを、彼の部下の中でも飛び切りの知識量を誇り、彼らの知恵袋と言ってもいいダミアンへと相談しようと考えたカイは、その考えを頭を振り払って思い留まる。
可愛い猫の見た目に騙されてしまいがちだが、彼は何千年も生きたといわれる化け物だ。
彼にうっかり自分の考えを話してしまえば、そこから何を見透かされてしまうか分かったものではない。
「しかし、そうなると・・・やっぱりこれしかないよなぁ」
狭まる選択肢にカイはなにやら渋い表情を作ると、おもむろに服を脱ぎだしていた。
彼は脱ぎ捨てた衣服を丁寧に畳むと、それをダンジョンの収納スペースへとしまう。
全裸になった彼は、気づけばどこかで見覚えのある脂ぎった男へと姿を変えていた。
「こんなもんでいいかな?やっぱり普段の姿は、あんまり知られない方がいいもんな。ちょっと適当なのが思いつかなくて、あの人の姿を借りちゃったけど・・・こんな辺境だし、ばれないよな?」
ドッペルゲンガーは、その服装も含めて擬態することが可能である。
しかし中身が一般人のカイにとって見た目上服を着ているだけの全裸という、ボディペイント状態は精神衛生上よろしくなく、そのため普段は普通に服を着て過ごしていた。
それも潜入のために、誰かへと成りすます状況となれば話が変わってくる。
ゴブリン達や部下達の前でやったように、頭だけ変身させるならば問題ないが、全身変身するとなれば体形も変わってしまい、それに合わせて一々衣装を用意しなければならない。
その面倒臭さを考えれば、彼が一時の恥ずかしさを我慢して、実質全裸でいることを受け入れるのも仕方のないことであった。
「さて・・・とりあえず村に行ってみるかな?確か・・・アトハース村と言ったか」
ダミアンに相談する事が出来ないとなれば、彼に出来る事は一つしかない。
それはドッペルゲンガーとしての能力を生かして、近くに村に潜入する事だ。
そこでダンジョンの存在をアピールするのか、それとももっと他の方策を試みるのか。
今の彼には、それはまだ分からなかった。
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