アトハース村の食事事情 1
訪れる冒険者の数の増加に、アトハース村に元々存在した食堂や宿屋では、その人数に対応出来ない。
そのため今日のように天気のいい日では、村の広場に机や椅子を並べ、村の人手総出で炊き出しを行っていた。
炊き出しといっても無料という訳ではなく、ちゃんとそれ相応の料金を取っているのだが、勿論それは外の人間だけの話であり、村人には無料で振舞われている。
昼時に賑わうこの場所には、それ目当ての商人も集まっており、それは外からやってきた者も多いが中には冒険者が持ち帰ったアイテムを買い取り、それを転売している村人の姿もあった。
「列を乱さないでくださーい!まだまだ、量は十分にありますからー!!」
炊き出しを行っている集団のほとんどは妙齢の女性であったが、中にはまだ年若い少女の姿もあった。
その金髪の少女、アイリスは空腹で気が立っており些細な事で周りと小競り合いを起こしてしまう冒険者達に対して、必死に落ち着くように呼びかけていた。
「おぅ、嬢ちゃん!100リノ払ったってのに、これっぽっちかよ!こんなんじゃ腹が膨れねぇよ、もっとよそってくんな!!」
いざこざを起こしそうな冒険者に対して呼びかけながらも、アイリスは木の器へと熱々のシチューを注ぐ手を止めていない。
それは彼女がこの作業に対して、慣れている事を示しているのだろう。
そんな彼女に対して、それを受け取った目の前の男が文句を漏らしている。
アイリスから器を受け取った男は恐らく冒険者であるらしく、大柄でがっしりとした体格をしていた。
確かにそんな彼がその器を持てば、少なくも感じてしまうかもしれない。
「大体よぉ、野菜ばっかじゃねぇかこれ!もっと肉を寄越せ、肉を!!」
「それは、その・・・私達では十分な量のお肉を取るのは難しいですし、それに・・・野菜も美味しいですよ?」
近くに森があり、そこで狩猟を行う猟師もいるとしても、元々寂れていた村に大勢の冒険者を満足させるほどの肉の確保は難しい。
そのためここで提供される料理は主にこの村で栽培している穀物と野菜、そして周辺で取れる野草の類を使ったものであった。
それですら間に合わずに、馴染みの商人に外から食料を買い付けてもらっているのが、今の村の現状である。
そんな状況で、少しばかり文句を言われた所で食事の量を増やす事など出来はしない。
アイリスはどこか怯えながらも、男の要求に対してやんわりと拒絶を告げていた。
「あぁ?俺様の言う事が聞けねぇのか!!」
「ひぃ!?ご、ごめんなさ―――」
アイリスの遠回りな表現にも、それが要求を断っている事なのは分かる。
拒絶された要求に苛立ちの声を上げた男は、受け取った器を振り上げてそれをそのままアイリスへと叩きつけようとしていた。
あのダンジョンでの冒険を経て、以前よりもずっと度胸のついたアイリスといえど、直接的な暴力の怯えないほど図太くはなってはいない。
男の乱暴な振る舞いに怯え、頭を丸めて小さくなってしまったアイリスは、悲鳴を上げながら謝罪の言葉を叫ぼうとしていた。
「―――謝る事ないよ、アイリス」
しかしその言葉は言い切られることはなく、男が振り上げた腕が振り下ろされる事もない。
彼はそれを振り下ろす寸前の状態で、目の前に突きつけられたステッキに射すくめられ、固まってしまっていたのだった。
彼がもし冒険者でなく、さほど経験のない男であったなら、それを目にしても気にする事はなかっただろう。
それほどに彼へと突きつけられたステッキは簡素なデザインであり、ともすればただの金属製の棒にしか見えない代物であった。
しかし確かな知識のある者であれば、それが魔法の発動に不可欠なものである事も、それが今まさに魔力を纏っている事も理解出来るだろう。
アイリスの後ろからステッキを伸ばした眼鏡の少年、ハロルドはいつでも魔法を放てるように集中を崩してはいなかった。
「ここで手を引いてください。そうすれば、僕もこれ以上は手出しはしない」
「ぐっ・・・そんな脅しで―――」
冷たい瞳でここで手を引けと告げるハロルドの表情は、嘘のないものであろう。
しかしまだ子供といってもいい年齢の少年相手に、引く事が出来ないのが強面というものだろうか、男はそんな言葉にも振り上げた腕を納めようとはしなかった。
それどころかそれを振り下ろそうと腕を動かし始めた男の姿に、ハロルドも目蓋を絞ると魔法の発動を決意する。
こんな人が密集した場所では、殺傷能力の高い魔法など使えない。
であれば、選ぶのは水の魔法か風の魔法だろうか。
しかしその魔法は、発動の気配を見せただけで掻き消えてしまう。
それは、意外な所からの助けがあったからであった。
「そうだそうだ!アイリスちゃんが謝る事なんてないぞ!!」
「皆の天使、アイリスちゃんを傷つける奴は俺が許さねぇ!!」
「そうだ、やっちまえ!!」
冒険者ギルドの出張所の軒先にちょこんと座り、そこに訪れる彼らへと笑顔を振りまいているアイリスの人気は高い。
それが貴重な回復魔法を無償で施してくれるとなれば、尚更だ。
そんな彼女へと暴力を振るおうとしている男の事を、彼らが見過ごす訳もない。
周辺から次々と上がった声は、そのどれもがアイリスを支持し守ろうとするものだ。
それはすぐに男へと標的を変え、気付けばわらわらと集まってきた者達の手によって、暴れる男は取り押さえられてしまっていた。
「み、皆さん!乱暴は駄目です!!や、止めてくださーい!!」
「ちょ、ちょっと皆!止めろって!!くっ、魔法を使う訳にもいかないし、どうすれば・・・」
アイリスが傷つけられそうになった事に怒り狂う群集は、もはや彼女の声にも止まる事はない。
アイリスはそれでも彼らの事を止めようと、必死に呼びかけていたが、それに反応する者は僅かだ。
曲がりなりにもアイリスを助けてくれた彼らを、ハロルドは傷つける訳にもいかず、魔法を使って彼らを吹き飛ばすことが出来ない。
魔法を使えない彼の力では、屈強な冒険者の身体を引き離すことは難しいだろう。
途方に暮れた二人が困り果てていると、群集を掻き分けて近づいてきている者達の姿があった。
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