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カイ・リンデンバウムはある情報を耳にする 3

「勇者?ちょ、ちょっと君達!その話、詳しく―――」

「あぁ・・・これでようやく、いちいち余計な添付書類を用意しなくて済む。届出さえ提出しちゃえば後は・・・って、ちょっとキルヒマンさん!?どこ行こうとしてんですか!!」


 聞き逃せない言葉を彼らに直接聞きに行こうとしたカイの身体は、それにすぐさまそれに気がついたアシュリーによって引き止められている。

 ダンジョンの正式な名称が決まる事で、物凄く面倒臭いだけの余計な書類仕事を減らす事の出来る彼女の腕は強い。

 その力は、とてもではないが振り解けそうはなかった。


「い、いや。少し彼らに話をだな・・・」

「それは後でもいいでしょうが!!今はとにかく、書類を完成させろって言ってんの!!さぁ、早く早く!!」

「う、うむ。そ、そうだな」


 彼女の勢いに押し切られてしまったカイは、再び書類へと身体を戻している。

 しかしその注意は後ろで話している冒険者の方へと向いており、その指は一向に進む事はなかった。


「勇者だぁ?何でそんなお人が、こんな辺境のダンジョンにわざわざ来るんだ?ガセだろ、その噂」

「いや嘘じゃないんだって、これが!その勇者様は酒場でその話をしていたらしいんだが、何を隠そう俺もその場にいたんだって!俺はその席から遠くて、直接話は聞けなかったんだが・・・その場にいた奴から聞いたんだから、間違いねぇって!」

「あぁ?お前がいつも行ってる酒場って、あの場末の酒場だろう?あんな所にそんな人が行く訳ねぇだろ?」


 後ろの冒険者達は、カイが聞きたい内容の核心に迫ろうとしている。

 彼はもはやその顔すらも半分以上後ろへと向けており、それはとても書類へと何かを記入しようとする人の姿とはいえないものであった。


「ちょっと、キルヒマンさん!早く書いてくださいよ!本っ当、お願いします!ここに書くだけでいいんで、本当それだけですから!!それだけでものすっっっっごく、助かるんです!!だからお願い、お願いしますよ~キルヒマンさ~ん!!」

「あ、あぁ。分かってる、分かってるが・・・」


 気も漫ろで、一向に書類を完成させようとしないカイの姿に、アシュリーはもはや縋りつくようにして彼にそれを完成させるように懇願している。

 彼女のその哀れみすら誘う振る舞いにはカイもその視線を書類へと戻すが、それも一瞬の事に過ぎない。

 彼は後ろで話している冒険者達の事が気になって仕方がなく、またしてもそちらへと注意を傾けてしまっていた。


「本当だって、信じてくれよぉ~!あの酒場に、勇者様が来てたんだって!」

「だから、それは流石にうそ臭いって・・・」

「いや、その話は本当だぞ。俺もその場で聞いたし」

「そうそう。今あのダンジョンに向かう連中の中には、勇者目当ての奴も結構いるんだぜ?知らないのか?どうやら当の本人は、まだ来てないみたいだけどな」

「あぁ?本当かよ、それ?」


 自らの話が本当だと主張する男に、相棒の男は流石に有り得ないだろうと否定している。

 しかしそれも、思わぬ所から口を挟まれれば否定する事も出来ない。

 彼らの周りでその話を聞いていた男達は、口々にその話を肯定していた。

 その言葉に男の話を否定していた相棒も、流石にそれを続ける事が出来ずに心底驚いたような表情を作っている。

 それはその話を盗み聞いていた、カイも同じ心境であった。


「勇者がやってくる・・・?あのダンジョンに・・・?」


 勇者が自分達のダンジョンにやってくる。

 その噂を耳にした、カイの胸の高まりは想像に難くないだろう。

 人類の希望ともいえるその存在の手助けをする事は、彼の思い描いていた夢そのものだ。

 ざわざわと広がっていくその話題にそれがどうやら確からしいと思えれば、彼にはもはや目の前の書類の事など、どうでもいい事であった。


「キルヒマンさ~ん、お願いですから書いてくださいよ~・・・本当、後そこだけでいいんで~」

「あ、あぁ・・・そうだな。これでいいか?いいよな?」


 あまりの出来事にその場に立ち尽くしてしまったカイに、アシュリーの涙ぐましい催促の声が響く。

 彼女の声に今の自らに課せられた仕事を思い出したカイは、すぐさまそれへと筆を進めていく。

 記入し終えた書類を手にとって、それをアシュリーへと示しているカイは、もはや一刻も早くこの情報をダンジョンへと持ち帰りたいと、鼻息荒く彼女へと確認を迫っていた。


「そうです!これですよ、これ!!これが欲しかったんです!!あぁ~、良かったぁ・・・これでようやく、あの書類地獄から解放される・・・」

「いいんだな?よし!それじゃ、私は用事があるのでこれで!!」

「あ!?待ってください、キルヒマンさん!お礼の品が・・・行っちゃった」


 カイに突きつけられた書類の内容を確認したアシュリーは、その完成に両手をテーブルに叩きつけては喜びを表していた。

 喜びの声と共に椅子から立ち上がった彼女はやがて、両手を組み合わせては祈りの仕草を真似ていたが、それもカイが彼女へと書類を押し付けて立ち去っていくまでだ。

 物凄い勢いで立ち去って行くカイの姿に、アシュリーは自らのデスクを漁っては用意していたお礼の品を取り出していたが、それを見つけた時にはもはやカイの姿はどこにも見当たらなかった。


「何だったんだ、さっきのおっさんは・・・?」

「さぁ?急いでたんだろ?それよりも勇者目当てで、どっかの貴族様も来るって話しだぞ?何とかうまく取り入って、お零れに預かれねぇかな?」

「それって、あれだろ?冒険好きで勇者好きのあの人の話だろ?確かにあの人なら、そんな噂聞きつければやってくるだろうな」


 カイが立ち去った後も、噂話をしていた冒険者はまた別の噂を囁いている。

 その内容は勇者好きの貴族が、その存在を追ってダンジョンに訪れるかもしれないというものであったが、既にこの場にいないカイにそれを知る事は出来ない。

 カイが立ち去った後の冒険者ギルドの出張所には、またいつもの喧騒へと戻っていく。

 その中で一人、クリスだけがまだカイと話したりなかったようで、残念そうに彼が立ち去った後を見詰め続けていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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