ゴブリン達との対面
「あ~、どうしようどうしよう!なんか適当なこと言って逃げてきちゃったけど、あんなんじゃ誤魔化せる訳ないよなぁ・・・」
ボスであるオーガがヴェロニカを連れて立ち去ったために不在な最奥の間には、彼以外の人影はない。
それでもカイは周りに聞かれぬように、ボリュームを抑えて独り言を漏らしていた。
「う~ん、やっぱりセッキは好戦的で怖いなぁ。あいつを野に放ったら、ここいらの人里なんてあっという間に廃墟になっちゃうだろ」
最奥の間に続く一本道を抜けて、次の広間へとカイは足を進める。
その先では独特の形の杖を持ったゴブリンシャーマンが、立派な体格の狼を二頭従えていた。
彼らはカイの存在をそこに到達する前から感じ取っていたようで、床へと跪き頭を垂れている。
カイはその前を、彼らの存在を気にする様子も見せずに通り過ぎていた。
「でもなぁ・・・不満なのは分かるんだよなぁ。確かにやる事ないもん、ここ。あいつには周辺の魔物を集めさせてるけど、正直集めてどうするんだって話しだし」
幾つかの広間を通り抜けたカイは、先ほどと同じように魔物達に傅かれていた。
それは彼らが、ダンジョンコアによって生成された魔物達だからだろう。
ダンジョンコアによって生成された人工的な魔物である彼らは、自然の魔物達と違い自由意志を持たず、主人であるカイには決して反抗することはない。
そのためカイは、彼らの存在を特に気にする事もなく、そのままここまで通り過ぎてきていた。
「このままじゃ不味いよなぁ・・・あいつ絶対、もうすぐ暴発しちゃうよ。かといって無理に抑えさせたら、今度は俺の命が・・・はぁ、ヴェロニカやフィアナはそんな事ないのに。ダミアンは寝込んでるしな・・・」
老体での長旅が祟ったのか、ダミアンはここについてからずっと、与えられた部屋で寝込んでしまっている。
次の階層へと向かう階段を下りながら、カイはセッキの振る舞いについて頭を悩ませていた。
「どうにか不満を逸らさないと・・・でもあいつが満足するような相手を生成するのはちょっと無理だし、どうしたものか・・・ん、なんだ?」
短くない階段の途中には、罠も設置されている。
勿論それは、ダンジョンマスターであるカイに対しては反応する訳もなく、彼はそれらを特に気にすることもなく階段を降りきっていた。
ぶつぶつと解決方法も思いつかない問題について独り言を零していたカイは、その先の大広間に見慣れない人影があることに気づき、その歩みを止める。
この大広間は、最終フロアである先ほどの階層へと進む前に、中ボスである魔物や集団の魔物と戦いを繰り広げる事を想定した空間だった。
そこには今の所、決まった魔物を配置していなかったが、今は何故か格好もばらばらなゴブリン達がたむろしているようだった。
「君達は・・・あぁ、さっき言ってた魔物達か」
「何だお前は?何で、ここに人間が!?おいっ、止ま―――」
「っ!?失礼いたしました!!」
よく見れば、そこにはゴブリンだけではなくオークや、少数であるがトロールの姿も確認できた。
それらの存在を目にすれば、それが先ほどセッキが言っていた魔物達だと分かる。
どこに配置か決めていないため、とりあえず広いスペースがある、ここに待機させていたのだろう。
そんな事を思いながら、カイが彼らの事をぼんやりと眺めていると、集団の中から一人のゴブリンが進み出てきて、彼へと突っかかってくる。
そのゴブリンからすれば、至って普通の人間の見た目をしたカイが、こんなダンジョンの奥深くをうろついているのは不自然に思えたのだろう。
しかしそれはすぐに、そのゴブリンの後ろから現れたゴブリンによって、制止させられてしまっていた。
「何でだ、レクス!?あれは、人間だろう!俺達の敵だ!!」
「申し訳ありません、カイ・リンデンバウム様!彼はまだこのダンジョンに来たばかりで、混乱しているのです!」
「リンデンバウムだと?じゃあ、まさかあいつが・・・ぐっ!?」
人間の姿をしているカイに、敵意を剥き出しにしているゴブリンを、レクスと呼ばれたゴブリンが必死に押さえている。
彼は暴れるゴブリンを押さえながら、大きな声でカイへと謝罪の言葉を述べる。
それはそのゴブリンにも、目の前の存在が一体誰なのかを気づかせるための発言だったのだろう。
その名前を耳にして驚愕の表情を作ったゴブリンは、カイの事を指差そうとして、その途中でレクスによって無理やり頭を地面へと押し付けられていた。
「あぁ、いいんだ。楽にしていてくれたまえ。君達にはこれから、しっかり働いてもらわないといけないからね。それと・・・君、名前は?」
「ニック、ニック・ノルデンだ・・・です」
「うんうん。中々元気があってよろしい・・・どうかな、これで信用してもらえたかな?」
レクスの大声は周りの者達にも当然聞こえており、規律なくざわざわと騒いでいた集団は、皆緊張したような面持ちで背筋を正すようになっていた。
彼らのその振る舞いに満足したように頷いたカイは、レクスに頭を押さえられているゴブリンへと近づくと、その名前を尋ねる。
僅かに反抗的な態度を見せようとしていたそのゴブリンはニックと名乗る、カイはその手を掴むと彼そっくりの見た目へと変身していた。
「うっ!?は、はい・・・」
「なら、よろしい。・・・自分ではどうなってるのか、よく分からないな」
いきなり目の前に現れた自分の顔に、ニックは息を詰まらせてしまう。
彼はどうにか、もはやカイの事を疑ってはいないと頷くのが精一杯だった。
彼の様子に満足したカイは、その茶色い素肌と人間よりも薄い頭髪を撫でると、なんともいえない感想を漏らしていた。
「お待ちください、リンデンバウム様!我等はこれから何をすればよろしいのでしょうか?ここに集められてしばらく経ちますが、何も音沙汰がなく・・・」
いつもの姿に戻り、足早に立ち去ろうとしていたカイを、呼び止める声がする。
それは先ほどニックのことを制止していたゴブリン、レクスのものであった。
「・・・それはセッキに任せてある。もうしばらくすれば、あれが顔を見せるだろうから・・・それまでは待機していてくれたまえ」
「は、はは!畏まりました!」
彼らがここに待機しているのは、このダンジョンがまともに稼動しておらず、特に仕事がないせいだ。
しかしそうとは正直に言えないカイは、その理由を部下に押し付けて、知らん顔を決め込むことを迷わず選択する。
カイが話した適当な誤魔化しに、レクスは何故か恐れをなしたかのように余計に畏まり、声を強張らせて了承を叫んでいた。
「なんだったんだ?まぁいい、それより何か考えないと・・・」
やけに畏まったレクスの言葉にちょっとした疑問を感じたカイも、すぐにそれを霧散させる。
彼にはそれよりも考えなければならない、押し迫った問題があった。
足早にダンジョンの階層を下っていくカイの背中に、魔物達の恐れを含んだ視線だけがいつまでも突き刺さっていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。




