少年達との再会 ２
「それよりもさぁ・・・おっさんも、あいつに会ったんだろ？」
「あいつ？一体、誰の事だ？」
「あいつだよ、あいつ！あのスライムだよ！おっさんもあいつに会ったから、俺達にあのダンジョンに行くように勧めたんだろ？」
一通り不満を叫んで落ち着いたのか急に声を潜めさせたクリスは、カイの耳元へと口を寄せると何事かを呟いていた。
彼はそれを呟いては頻りに周りの目を気にしているが、カイにはそれが一体何の事か分からない。
そんなカイの反応が気に入らなかったのか、クリスは先ほどよりも大きな声でそれについて主張し始めていた。
「んっん～？あ～、それな・・・その話し、もしかして他の人にも話したか？」
クリスが話しているのは、カイが彼らの前へと現れた時の事だろう。
あの時はそうするしかない事情があり、苦肉の策としてスライムの姿で彼らの前へと現れたのだが、カイからすればその話は出来れば触れられたくない話題であった。
曖昧な反応を返してしまった事で声を大きくしたクリスに、カイは周りへとそれが聞こえていないかときょろきょろと辺りを窺っている。
あのダンジョンの主がスライムであるという話が広まった結果、どういった事態が起こるのかは正直分からない。
しかし無闇に広めない方がいい事だけは、確かであった。
「話す訳ないだろ、こんな事！誰も信じやしないよ！」
「本当か？本当だよな？はぁ～・・・良かったぁ」
カイの不安は、クリスの当たり前だろうと話す声によって掻き消されている。
人に協力的なスライムがダンジョンの主などという話は、あまりに非現実的すぎて誰も信じないと彼は語っていた。
そんな当たり前の事を聞くなと振舞っているクリスにも、カイは不安そうに何度も問い掛けては、ようやく安堵の息を漏らしている。
そんなカイの姿を、クリスは不思議そうな表情で眺めていた。
「変なおっさんだな・・・で、結局会ったのかよ？」
「ん？あぁあぁ！会った会った！あのスライムの事だろ？そりゃ会ったよ！彼に会ったから、君達にあのダンジョンを勧めたんだ。そうでもなければ、危険過ぎるだろう？うんうん、そうだそうだ」
カイの不自然な振る舞いは、そのスライムの事を知っていると暗に示している。
しかしはっきりとは口にしていないそれに、クリスは確かな事が知りたいとせっついてきていた。
彼のそんな言葉に、カイは過剰なほどにその事実を肯定する。
それはそれが、彼のこれまでの行動を誤魔化し、筋を通すのに都合のいい設定だからだろう。
しかしその大袈裟な肯定は、むしろうそ臭さすら匂わせている。
そんなカイの言葉を聞いたクリスはしかし、その目を輝かせては彼へとさらに詰め寄ってきていた。
「やっぱりな！じゃあさじゃあさ、これは知ってるかおっさん？実はあのスライムは―――」
人には話せない話しだからこそ、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
カイに詰め寄ってきては、凄い勢いでそれを話そうとするクリスの圧力は強い。
しかし彼のその行動は、村の中からやってきた眼鏡の少年によって遮られる事となる。
「クリス、朝のピークもそろそろ終りだろう？一旦戻って休憩を―――」
「おぉ、ハロルドじゃないか！久しぶりだな。君も奉仕活動か？」
村の中からやってきた黒髪の眼鏡の少年、ハロルドはなにやら手にした書類を捲りながら、呼び込みをやっている筈のクリスへと声を掛けていた。
そんな彼の動きも書類から顔を上げ、クリスの方へと視線をやると止まってしまう。
カイはハロルドのそんな反応も特に気にする事なく、久しぶりに目にする彼に対して暢気に声を掛けていた。
「どうしたんだ、ハロルド？そんな所で、立ち止まったりして・・・？」
「ふ、ふ、ふ・・・ようやく見つけましたよ、キルヒマンさん！」
「へ？」
書類を捲る動きのまま制止してしまったハロルドの姿に、カイは心配そうな表情で声を掛けている。
反応のないハロルドに、カイはその身体へと手を伸ばすが、その手はいきなり動き出したハロルドによって掴まれてしまっていた。
「さぁ！僕と一緒に来てください！！さぁさぁ！！」
「お、おい！？」
含み笑いのような奇妙な声を上げて突然動き出したハロルドは、そのままカイの腕を掴んで何処かへと連れ去ろうとしている。
その力は強く、不意を突かれたカイには抵抗できない。
ぐいぐいと引っ張るハロルドに、カイは為す術もなくアトハース村の中へと引きずり込まれてしまっていた。
「ハロルドー、書類が・・・って、行っちまった。ちぇ、ようやくあの話が出来ると思ったのに」
カイを連れて行くのに夢中なハロルドは、その手に抱えていた書類をその辺に放ってしまっている。
それを拾い上げてやっていたクリスは、そんな事も気にせずに去っていったハロルドに置いていかれてしまっていた。
カイとハロルドが去り、呼び込みに大声を張り上げていたクリスがそれを止めた村の入口には、普段の静けさが戻っている。
そんな中で一人不満を零していたクリスは、去っていった二人を追い掛けてゆっくりと村の中へと歩いていく。
彼が去った村の入口には、ポツリポツリと訪れる人影があるばかりであった。
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