思ってたのと違う 2
「呼んだー?」
彼の背後に、猫耳の少女が音もなく現れていたからだ。
「フィ、フィアナ!?い、いつ帰ったんだ?」
「今だよ?フィアナの事、呼んだでしょ?」
さも、呼ばれればどこからでも現れると言いたげに、首を傾げるフィアナの姿にカイは思わず冷や汗を流してしまう。
気配を消すのが得意な彼女のそれは、カイには見破ることが出来ない。
きっと今回も、どこかに隠れて呼ばれるのを待っていたのだろう。
カイは目の前の出来事をフィアナの少女らしい悪戯心だということにして、どうにか納得することにしていた。
「そ、そうか。それでフィアナ、頼んでいた仕事は終わったのかな?」
「うん、終わったよー!もう、くたくた~」
元気よく両手を上に掲げて頼まれていた仕事の完了を宣言したフィアナは、そのままぐったりと肩を落として疲れた身体をアピールし始める。
彼女の声の張りを聞けば、それが嘘だと一目で見抜くことが出来るが、こちらに寄りかかっては身体を摺り寄せてくる少女の感触を拒絶する理由を、カイは思いつかなかった。
「姐さんが居なくて良かったぜ・・・」
「ん?セッキ、何か言ったか?」
「いいや、何も。それでフィアナ、周りはどうだったんだ?一通り見てきたんだろ?」
カイが頭を撫でることで、さらにその身体を気持ち良さそうに彼に摺り寄せているフィアナの姿を目にして、セッキは遠い目をしては何事かを呟いていた。
その呟きはフィアナを顎の下を撫でて、ゴロゴロ言わせるのに夢中なカイの耳には届くことはない。
そんなカイの様子に呆れた表情を見せたセッキは、彼を正気に戻すのを諦めて、その腕の中のフィアナへと問い掛ける。
「うん、そだよー!えっとね・・・近くに小さな村があってね、少し大きめ街がちょっと遠くにあったよ。後は・・・ゴブリンとかの、えっと・・・しゅ、集落もあった!」
「ふ~ん、大体予想通りって感じだな。その集落の場所は後で詳しく教えてくれよ?俺が行った場所かどうか、確かめとかねぇと」
「分かったー!」
フィアナの物言いは曖昧で、聞いている者の心を不安にさせたが問題はない。
彼女の記憶力は抜群と言っても良く、後で見つけた場所を地図に記入されれば、一ミリの間違いもなく正確に記してくれる筈だ。
セッキも彼女のその能力は知っているらしく、その曖昧な物言いにも文句を挟もうとせず、ただ静かに頷いて見せていた。
「そうか、やはり近くの人里はそんなものか。それで、他に何か気になることはなかったかな?」
「う~ん、そうだな・・・あ!ちょっと行った所にね、洞窟があってそこにこう・・・こんな形のものが置いてあったよ?」
フィアナの報告に、カイは若干残念な表情を作っている。
こんな山奥にあるダンジョンのためある程度予想していたが、やはり周りの寂れ具合をはっきりと耳にすると落ち込みもしてしまう。
そんな彼の様子を気にしてか、他に何かなかったかと問われたフィアナは、若干オーバーなアクションで見つけたそれを説明する。
その不思議な手つきは、何か尖った物の存在を示していた。
「あぁ、そりゃピッケルだな。採掘道具が放ってあるってこたぁ、鉱山だろうなそこは。もう掘り尽くしちまって放棄したのか、それとも別の理由で手放したのか・・・それによっちゃ、中々重要そうな情報になってくるな」
「確かに。鉱物資源を確保できれば、それだけアイテムを生成するコストが軽く出来る。これは、嬉しい誤算だな」
フィアナの手つきを凝視していたセッキは、何かピンときたのか手を叩くと、彼女が発見したのは鉱山だと断言する。
その言葉に賛同したカイは、思ってもいなかった収穫に笑顔を覗かせ、喜びを示してみせる。
その有り余る魔力を消費して、無からアイテムを作り出せるダンジョンコアも、元となる素材があればその消費を一気に軽減できる。
ここに来てからと言うもの、気が滅入る出来事しかなかったカイにとって、それは久々の朗報であった。
「そうかなぁ、えへへ・・・褒めて褒めて!」
「よしよし、よくやったぞフィアナ。それで、他にも何かなかったが?実は近くにエルフの隠れ里や、ドワーフの地下帝国があったりするんじゃないか?」
周りの反応に、自らが見つけたものの価値に気がついたフィアナは、その成果をアピールしてはもっと褒めてと頭を擦り付ける。
彼女の柔らかな黒髪を撫でつけながら、カイはさらに何か見つけてないかと彼女に問い掛ける。
その声色からは、拾った宝くじが当たっていることを求めるような、狂気じみた楽観主義が覗いていた。
「えっとねぇ・・・あ、そうだ!」
「ほ、本当にあったのか!?な、なんだ!?どこかにあると言われている、グラスランナーの都市か?それとも滅んだとされている、竜人の里でも見つけたのか!?」
藁にも縋る思いでフィアナへと問い掛けた言葉は、彼女のリアクションによって正夢へと変わろうとしている。
高まる期待にカイはフィアナの両肩を掴むと、それをガクガクと揺すっては早く早くと急かしていた。
「ううん、違うよ?あのね、海があったの!山の向こうに!ねぇねぇ、遊びに行ってもいい?」
「あぁ、そうか。まぁそれは・・・また、今度な」
「はーい」
期待が高まっていただけに、落胆もまた激しい。
フィアナの的外れな言葉にがっくりと肩を落としたカイは、彼女のおねだりをぞんざいに却下する。
彼のそんな態度にも、フィアナが文句一つ言わずに受け入れたのは、彼女の忠誠心の表れだろうか。
彼女は今、カイの腕にぶら下がってふらふらと揺れるのに夢中なようだった。
「それで、旦那。いつ打って出るんだい?これで、周りにゃ大して脅威もないって分かっただろ?」
「それは・・・」
フィアナが齎した情報によって、周辺の情勢は大体掴めたと言ってもいいだろう。
それが足りないからと制止されていたセッキは、いよいよこの時がやってきたと鼻息を荒くする。
しかし彼の望みは、カイが望んだ未来とは決定的に異なっている。
それを肯定することが出来ないカイは、抱きかかえたままのフィアナを持ち上げると、何かを決意した表情を見せていた。
「いや、私にも考えがある。それが終わるまでは、今までの仕事を続けるんだ。いいな?」
「お、おぅ。分かったよ、旦那」
そう、彼は選ぶ。
お茶を濁して、この場を誤魔化すという選択肢を。
持ち上げたフィアナをセッキへと押し付けたカイは、適当に思わせぶりなことを口走りながら、足早にその場を立ち去っていく。
その素早い立ち居振る舞いに、セッキは文句や疑問をぶつけることも出来ずに、ただただその後姿を見送ることしか出来なかった。
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