追放
「君、追放ね」
「・・・は?」
目の前の脂ぎった小役人風な男の予想外の発言に、カイ・リンデンバウムは思わず顔を歪めていた。
それは、比喩ではない。
ドッペルゲンガーである彼は、動揺によってその端正な顔を本当に歪めてしまい、怪物のような顔面になってしまっていた。
「つ、追放ですか?私はてっきり、先日の件で呼ばれたのかと・・・」
「いや、それは合ってるよ?君を呼んだのは先日の件が原因だ、勿論それ以外にも理由はあるが・・・」
一つ呼吸を呑む込むことで精神を落ち着かせたカイは、その顔面をいつもの姿へと回復させる。
それは彼が、古木海という名前だった頃のものと同じ姿であった。
「そ、それでしたら!恩賞があってしかるべきでは?それが、追放などと・・・!?」
「あー・・・確かにねぇ。裏切り者を見つけた訳だから、そう思うのも無理はないんだけど・・・」
最近、ここオールドクラウンを治める魔王の側近として召抱えられたカイは、それから挙げた功績によって、また出世できるのではと期待してこの部屋に訪れていた。
それも無理はないだろう。
彼の目の前の男は、この魔王軍で人事を担当する者であり、カイは十分な功績を挙げてここに呼び出されたのだから。
「でもさぁ・・・不味いんだよねぇ。君が告発した・・・アドルフ君だっけ?彼、有力な一族の出身じゃない?」
「ですが!だからこそ、彼は危険だったのです!!あの計画が実行されていれば、この城だってタダでは済まなかった!」
脂ぎった男は、鼻に引っ掛かった眼鏡をずらすと、その奥のつぶらな瞳をカイに向けて溜め息を吐く。
その口ぶりは、まるで彼の方に非があるのだと言いたげだった。
「それは分かってるよ?だから彼・・・アドルフ君?はちゃんと失脚させたんだけど・・・例の一族からクレームがあってね?『うちのアドルフだけ失脚させられるのは、不公平だ!』と」
「それは・・・それこそ、不公平では?」
悪事を働いたから、裁かれる。
この当然の道理に不満を訴えるのは、傲慢でしかない。
しかしそんな傲慢も、権力者ならば許されるのだと目の前の男は語っていた。
カイはそんな男に対して、当たり前の道理を説くことしか、出来る事は残されていないようだった。
「まぁ、それはそうなんだけど・・・君さぁ、評判悪いよ?今回の事で、君の過去の実績を調べてみたんだけど・・・君、密告ばかりしてここまで出世してきたみたいじゃない?恨まれてるよ~、色んな所から」
「確かに、それはそうですが・・・しかしそれ以上の貢献を、自分はこの魔王軍にしていると自負しております!」
確かにドッペルゲンガーであるカイは、その能力を生かして密告を繰り返してきた。
どんな姿にも変異でき、その対象の記憶もある程度盗み見れるその能力は、内偵という仕事にはうってつけである。
その仕事によって多くの魔物を失脚させてきた彼は、確かに様々な者達から恨まれているだろう。
しかしそれ以上の貢献していると、彼は自信を持って断言していた。
「上回っちゃったんじゃないの?今回の件でさ、功績より恨みが」
カイの魂からの叫びも、目の前の男にとっては椅子に座り直す程度の出来事に過ぎない。
彼は淡々と、そんな功績など意味がなかったと口にしていた。
「ま、これは決定事項だから。今更粘っても、何も変わらないよ。はい、これ辞令。受け取ったら、さっさと出て行ってね」
もはやカイの事など興味のない様子の男は、眼鏡の曇りを布で拭き取ると、手元から書類を取り出し、それを彼へと放り投げていた。
「・・・はい、分かりました」
何か言いたげに口をパクパクと動かしていたカイは、もはやそれを口にしても意味がないと唾を飲み込むと、投げつけられた書類を受け取っていた。
こちらへと手を払って、さっさと退室しろと促している男に最後に一礼を返したカイは、そのままこの部屋から退室していく。
「・・・さて、魔王様に報告に行かなくては。しかし、何故すぐに報告しろと魔王様は厳命されたのだろうか?あんな小物を追放する程度の事、後で書面で報告すればよいだろうに。側近といっても所詮、末席ではないか・・・」
カイが去って、僅かな時間が経った室内に、男のぶつぶつとした独り言が響く。
彼はその禿げ上がった頭を擦りながら、魔王様への報告に足を急がせていた。
「・・・それで、どんな様子だった?」
「は?なにが、でしょうか?」
「あの男!カイ・リンデンバウムの様子だ!!追放されると言われて、あの男はどんな様子だったかと聞いているんだ!!!」
魔王の執務室へと入室するやいなや、彼から問い掛けられた内容に理解が追いつかず、脂ぎった男は首を傾げることしか出来ない。
その男の仕草に、魔王は机に拳を叩きつけると声を荒げる。
破壊され、飛び散った机の破片が男の広いおでこに直撃し血が溢れ出して始めて、彼は自らが怒られているのだと理解していた。
「は、はひぃぃぃ!!?そ、その・・・多少は文句がある様子でしたが、素直に納得し受け取っていきました!!」
「そ、そうか・・・いや、まだ安心するのは早いぞ!反乱を仄めかす様な発言は?何か思わせぶりな事を言っていなかったか?」
「い、いえ・・・そのような事は、特に」
「本当か?信じていいのだな?・・・ふぅ、取り敢えずはうまくいったか」
男からカイの様子を聞いた魔王は、一旦は落ち着きを取り戻した様子で椅子に腰掛け直す。
しかしすぐに不安がぶり返してきた彼は、掴みかかるようにして男に問いかけ、その身体を揺さぶり始める。
そうまでして不安要素が聞こえてこなかったことに、魔王はようやく安心して、彼のために用意された立派な椅子に深々と体重を預けていた。
「その・・・魔王様、聞いてもよろしいですか?」
「・・・なんだ?」
「あれは、魔王様が気になされるほどの人物なのでしょうか?末席の書記官です、小物なのでは・・・?」
魔王の手から解放されて、乱れた呼吸を整えていた男は、そっと窺うような瞳を魔王へと向ける。
彼の質問に魔王は煩わしそうに眉を傾けていたが、男はよっぽど気になっていたのか、魔王のそんな態度にも質問を止めようとはせず、言葉を続けていた。
「はっ、あれがただの書記官?お前は、奴の部下についてどれくらい知っている?」
「はぁ、あれの部下ですか?確か・・・気味の悪い女に、言葉を喋る猫と言った所でしょうか。あぁ、それに角の折れた鬼もいましたな。あれは、恐ろしい力を持っていそうでしたな。あの鬼だけでも、引き抜かれては?」
男の発言を鼻で笑った魔王は、カイの部下についてどれくらい知っているかと彼に尋ねる。
魔王の言葉に男は指折り数得ては、その存在を思い出しているようだった。
「ふん、角の折れた鬼か・・・あれは、それがなければわしの席に座っていた男よ」
「ま、まさか!?そ、それほどの力を!!?そんな力を持つ者を、あんな男が従えているのですか!!?」
男は以前に目にした鬼の姿を思い出し、その力を捨て置くには惜しいと魔王に助言する。
その言葉に自嘲気味な笑みを漏らした魔王は、自らの座る椅子に目をやると、肩を竦めてその鬼の力の強大さを口にしていた。
「あの男だけではないぞ?お前が気味の悪い言っていた女は屍姫ヴェロニカ、万を超えるアンデッドを従えるネクロマンサーよ。奴がその気になれば、この城などいとも容易く陥落するだろうな」
「ま、まさかそんな!?し、しかしそんな存在が何故・・・もしや、あの猫も?」
カイの部下の驚くほどの力量を告げられ、驚愕の表情を作っている男に、魔王は追い討ちをするように言葉を続ける。
その内容は、またしてもカイの部下の驚くべき実力を語るものであった。
魔王の言葉によって息をつく暇もなく驚き続けている男は、まさかあの可愛らしい猫までもそんな力の持ち主ではないだろうと、魔王へと窺うような視線を向ける。
その視線に、魔王が返したのは意味ありげな微笑だった。
「あれか、あれの実力はわしにも分からん。ただ分かっているのは・・・奴が賢者と呼ばれている事と、数百の術を操るだとか千の年月を生きたとかいう噂だけだな」
「そ、それは・・・場合によっては、先ほどの二人以上の力を秘めているのでは・・・?」
「ふっ、かもしれんな。それに、奴の部下はそれだけではないぞ?」
魔王はそう言うと、窓の外へと視線を向けていた。
魔王の意味ありげな振る舞いに、男もつられてそちらへと視線を向ける。
そこを、あまりに巨大な顔が通り過ぎていく。
その顔と目が合ってしまった男は、笑顔を引き攣らせてしまう。
この部屋は城の中でも最も高い場所にある筈だ、であれば先ほどの人影はどれほど巨大なのだろうか。
魔王の発言からその巨大な人影もカイの部下に思え、生唾を飲み込んだ男はその事実を否定しようと必死に首を振っていた。
「そしてそれを束ねるのがあのカイ・リンデンバウム、『顔の無い男』だ。正直わしは、あいつ一人の方が恐ろしい」
「そ、それほどまでに!?や、奴は一体・・・!?」
「知らんよ。奴は突然現れた・・・まるで別の世界からやってきたようにな」
カイへの恐れを口にした魔王に、男はガクガクと震えだす。
それは魔王の諦めるような口調によって、さらに激しさを加速していた。
「それで・・・お前は何をしているんだ?」
「・・・は?と、言いますと?」
「そんな恐ろしい存在から、お前は何故目を離している!!奴はまだわしの城の中にいるのだぞ!!お前には報告が済んだら、奴を監視するように言い渡していた筈だ!!さっさと行かんかぁ!!!」
「は、っははぁ!!!」
魔王の怒鳴り声に背筋を伸ばして了承を叫んだ男は、そのまま転がるようにして部屋から駆け出していく。
「・・・大した文句も言わず、そのまま引き下がっただと?一体何を考えているカイ・リンデンバウム、『顔の無い男』よ」
退出していった男を見送り、深々と椅子に腰を下ろした魔王は、溜め息を漏らすように独り言を零す。
その声には、まだ怯えの色が強く滲んでいた。
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