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残念さんと異種族くん

作者: べべ

 

「貴方達! 今から朝のホームルームが始まります。即時席について先生のお言葉に耳を傾けなさい!」


 一喝。


 そのたった一喝で、総人数32人の組織『3-A』は、混沌とした朝の雑談という騒音案件から速やかに離脱し、静寂という名の小さな幸せを手に入れた。

 本来ならば3-Aを纏め上げるべき存在である権田ごんだサイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)は、安寧をもたらしてくれた一人の生徒に感謝の念を捧げる。


「すまんな米山よねやま。ありがとう」


「いえ、生徒会長として当然の責務を果たしたまででございます」


 一喝によって静まり、統率良く椅子に座りなおした3-A。

 中には椅子の代わりに水槽だったり、椅子が腐敗防止の鋼鉄製だったりするが、そこはそれ。気にすることは一切ない。

 なぜならば、この学校は国内でまだ3件しかない、【異種族共学許可】を勝ち取った学園なのだから。

 故に、さっきまでランバダを踊り狂っていた人間の横で狼男が座ってたり、朝方早々に早弁を開始した人間の後ろでスライム娘がネイルいじくってたりしても普通の光景なのである。


「うん、だからもう大丈夫だぞ米山」


 権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)は、米山なる生徒会長に再度交渉を試みる。


「机から降りなさい」


「お構いなく」


「構うから。さっきからハーピィのハピ男くんが君のスカートを覗くまいと必死になって顔背けてるから!」


 突然だが説明せねばなるまい。

 彼女の名前は米山よねやま明日香あすか。この学園において唯一、生徒会長なる肩書を持つ才女である。


 溢れるオーラは気品の証。割れない眼鏡は叡智の権化。たわわな果実は未来の希望。


 すべてにおいてパーフェクトと言わざるを得ない、ザ・生徒会長なキャリアウーマンである。

 そんな彼女は現在、自身の卓上にて武蔵坊弁慶すらもおののく仁王立ちを披露している。先ほどまでその立ち姿のまま、生徒総勢31人を律していたのだ。


「ふむ、青少年の若きリビドーを刺激してはいけませんね。わかりました! 先生の意見を受理し、私こと米山明日香は着席する事をここに宣言いたします!」


「「「オウイエス!!」」」


「いや、なんで君自身が注意していたのに一番行儀が悪いのかと先生突っ込んだんだけどなぁ?」


 権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)の言葉を華麗にスルーし、米山明日香は着席した。

 そのあまりの優雅さに、彼女のスカートの中を激写しまくっていた人間の女子が鼻血を吹いて失神。即座に保険委員であるアラクネさんが糸の担架で保険室に連れて行ってくれていた。


「さぁ先生。ホームルームをどうぞ」


「……えぇ、では、ホームルームを始めます」


 権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)は諦めた。生徒会長たる彼女には、何を言っても無駄なのだと悟ったのである。

 それほどまでに、生徒会長とは絶対の存在なのだ。


「え~……最近、我がクラスの大事な仲間である、ミノタウロスのギュウタくんが、いじめに合っているのではないかと教師の間で話が上がっています」


 ざわ……と、クラス内が蠢く。

 これには、消しゴムで机を綺麗にしようと全力を尽くしていた人間の男子も驚きだ。

 すべての生徒の視線が、一番後ろでひと際大きな机を用意してもらっていた、ミノタウロスのギュウタくんに注がれる。

 件のギュウタくんは、きょとんとしながら自分の国産黒毛和牛フェイスを指差して首を傾げていた。可愛い。


「ギュウタくん、何か心当たりはないかい?」


「えぇ……あの、えぇと……オラ、よくわかんねぇです……」


 頭をぼりぼりかいているギュウタくんの様子を見るに、本当に心当たりはないらしい。

 ふむ、と権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)は顎を撫でた。彼の単眼でぐるりと見回した限りでも、嘘を隠そうとしていたり挙動不審な生徒はいない。

 せいぜい、一人こっくりさんを嗜んで本当に10円が動き出してしまい、涙目になって助けを求めている人間の女子生徒くらいである。


「……許せないお話しです」


 ふと、声がクラス内に浸透した。

 このような透き通った声はただ一人しか存在しない。

 そう、我らが米山明日香その人である。


「我がクラスは常に覇道を歩みし精鋭の集まり。いじめなどという低級かつ下劣、その上粗野な変態的行為に手を染める愚か者がいるのであれば、即刻廃さねばなりません」


「だ、だどもオラ、本当に心当たりねぇだよ……」


「貴方は優しすぎる。それでいて寛大です。きっと気付かぬ内に何かをされ、それを見て笑っている人がいるのでしょう」


 ガタリと、米山明日香は立ち上がる。

 全員の視線を集めながら、ギュウタくんに近づき、その腕のように大きな指を掴んで彼を見上げ、彼女は叫ぶ。

 その瞳に、涙を一杯に溜めて……


「なればこそ、貴方は早く私と子供を作らねばなりません!!」


「はいストップ~、ストップ~」


 権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)から制止の声がかかった。しかしそれで止まったのは、鼻の孔にどれだけブルーベリーが入るかに挑戦して出てこなくなり、呼吸困難になっていた男子生徒の意識だけである。

 直後に戻ってきたアラクネさんが、ため息と共に再度の搬送を余儀なくされた。


「さぁ、今すぐ人気のない体育館倉庫へ行きましょう!」


「??? お、おう?」


「ストップ~っつってんでしょ!? 良いから止まりなさい若人!」


「何ですか先生。邪魔をしないでください」


「邪魔じゃないよね? 僕先生として当然の行動をとれているよね? 君と話してると自分の自信を保てないよ!」


「今から私は、彼の遺伝子をその身に宿すだけですが?」


「いけないんだなぁ。いっそ直接的なんだなぁ!」


 この段階で、純情かつ耳年間なハーピィのハピ男くんは窓からテイクオフして大空へ羽ばたいた。

 それを目にして憧れを抱いた人間の男子生徒が後追いアイキャンフライ。保健室前に着弾してアラクネさんが怒号を上げたのが聞こえてくる。


「ははぁん君だな? 先生たちが言ってた【なんか性的ないじめをしかけている生徒】ってのは君だな!?」


「失礼な。これは生き物として当然の本能です」


「学園内で行うにはあまりにあけっぴろげ過ぎる本能だよね! まったく清らかではないよね!」


「ほう……この想いが清らかではないと。ならば、私が何故ギュウタくんにこのような想いを抱いたか教えてあげましょう」


 ほゎんほゎんほゎんほゎんほゎぁぁん……!


 誰かが下敷きをしならせ、まるで回想シーンのような効果音をつける。まさに職人の仕事と言えよう。


「あれはそう……雨の降りしきる、下校時間の帰り道でした。私は、傘をさして帰路についていたんです」


「う、うん」


「ふと、曲道に差し掛かってきた時でした。巨大な人影、ならぬ牛影が見えたので、私はそちらを見たのです。そこにいたのは、ギュウタくんと、一匹の捨てられた子猫……!」


 あぁ、なるほどと思った。

 その時の優しさを見て、彼女は並々ならぬ想いを抱いてしまったのだ。だから、このような凶行に……


「その時、子猫を抱いたギュウタくんの、血管浮き出る上腕二頭筋ときたら……! あの腕で抱かれたらと妄想するだけで、私の股間がスパークしたような衝撃に襲われ……!」


「うん、それは単なる肉欲だよね。愛でも恋でもなく悦だよね!」


「せんせ~。どうでもいいけど授業始まっちゃうよぉ? アタシ因数分解の復習したいんだけどぉ~」


「ほら見なさい! 一見ギャルにしか見えないスライムのニュル美ちゃんの方がはるかにマジメだよ!」


 体のどこでもいいから顔を埋めて窒息したい女子No.1を常に保持しているスライム娘の聖人ぶりに感動を覚えながらも、権田サイクロ(年齢35歳、種族サイクロプス、妻と2人の子供持ち)は止まる訳にはいかない大一番を感じていた。

 そう、今まさに花を散らされんとしている生徒を守らねばならないのである。


「とにかく! 学園内でそういう淫らな行いは絶対に許可しません! あと少しは恥じらいを持ちなさい! 先生びっくりだよ本当に!」


「はぁ……ならば古き良き表現にいたしましょう。今から私とギュウタくんはマンツーマンの保健体育を……」


「言わせねぇよ!?」


 ここに来て、オークの男子生徒であるトンくんが「引くわぁ……」とコメントを述べた。

 下敷き職人であった人間の男子生徒は、回想終了のタイミングを失い音を出せずに終わってしまい、全身全霊で悔やみ号泣している。


「え、えぇと……よく、よくわかんねぇけど……」


 そこで、ギュウタくんがようやく追いついた頭で声をあげる。

 クラスは再び静まり返り、全ての視線がギュウタくんに集中する。

 いくら帰って欲しいと呼びかけても動き続ける10円玉に、恐怖心が耐えられなくなった女子生徒がこの段階で泡吹いて失神。戻ってきたアラクネさんがげんなりした顔で保健室に連れて行った。


「お、オラ、頭悪いから、よくわかんねぇけど……生徒会長は、その、オラに勉強教えてくれるし、鈍いオラに根気よく話しかけてくれるし……」


 ギュウタくんはもじもじしながら指のシワとしわを合わせて幸せしつつ、言葉を紡ぐ。

 米山明日香と視線が合い、にへらっと笑った。


「だから、オラ、生徒会長好きだぁよ? だから、生徒会長がオラんこと好きってんなら、嬉しいなぁ」


「…………」


 あぁ、あぁ、何たる純情。何たるぐう聖。

 もはやその背後には後光が差しているようにも見える。

 このような清純な言葉を受けてしまい、流石の米山明日香も狂った言動を続けられなくなったのだろう。その表情はピクリとも動かず、小さく体が震えて……


「…………(バッ)」


「米川が上着を脱いだぞ! 力ある種族と男子生徒は直ちに抑え込め! その他の生徒はギュウタくんを保護しろ! 絶対に近づかせるな!」


「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


「ババ様、私達しぬの……?」


「定めならね……」


「言ってる場合か! 止めろぉぉぉぉおおお!!」


 今日この日、午前中の授業は全て中止と相成った。

 暴走した生徒会長を止めるべく、全校生徒と教師陣が立ちふさがり、なんとか被害は最小で抑え込むことに成功。

 後に、理性を取り戻した生徒会長に、ギュウタくんがお友達からという枷をはめ、沈静化するに至った。



 現在、日本でも話題になっている、異種族と人間の恋愛。

 その、一番最初の事例である。

 

はぁいすみませんでしたぁぁぁぁあああああ!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい発想でとても面白かったです! (*´д`*)
[良い点] これは面白い! 暴走淫乱娘米山さんと制御できないサイクロ先生を主軸に、個性溢れる面々のカオスのような空間。めちゃくちゃなようでいて、キチンと話としてまとまっている所はすごい! ほわんほ…
[良い点] 酷い!(史上希に見る賛辞) 何ですかこのカオス空間(笑) もう異種族とか関係無いですよね、人間の方が遥かに狂気じみてますよね!(笑) どれにコメントして良いのか分からないくらいの高密度でし…
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