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この世で最も理不尽な少女、理科室での再会

「どれどれ…」






『理科室に来い』





「っ………」




見間違いかと思い、その紙を何度も何度も見返してみる。しかし何度見ても一言しか書いていないのだ、『理科室に来いと』


その理科室という単語に一人の少女を思い浮かべる。これは間違いない…桜田からのメッセージだ。文字を見ても内容を見てもそれは明らかである。


紙をくしゃくしゃにしポケットにしまいこみ、後方を確認すると、群れになった下校中の女子達が次々靴箱に集まってくる。すぐさまその場を離れ、校門前まで全力疾走で、学校を出て体を休める。




「はぁはぁ…冗談じゃないぞ…」




顔からはダラダラと変な汗が流れていた。


まさか俺も理科室にお呼びだとは思ってもみなかった。凛からもそんな話聞いてないし、一体なぜ俺を理科室に呼ぶ必要があるのか。俺はもう一度書かれたメッセージを確認する事にする。しかし何度見ても何度見ても、それは理科室に来いと書かれたメッセージだ。


流石にこれには考える必要もなく応えは出ていた、俺は行かない、行けないのだ。


凛の前で彼女が暴走し出すなんて事は多分無いだろうが、せっかく月曜日まで日にちを進める事が出来たのだ。彼女と俺との間で会話がうまくかみ合わなかったとして、万が一刺される可能性もない事はない。しかし、行かなければ行かないで桜田に恨まれる可能性も十分ある。




「いや…待てよ…」




よく考えてみろ、彼女が呼んだのは凛だけじゃなく俺もだ。


それも恨んでいる状態で…。桜田の事は何一つ分からないが、彼女が俺と仲良くしたいなんて今日の態度からしてありえない。俺と凛が友達でいて欲しくないのならば、わざわざ俺を呼ぶ必要はないはずだ。俺が一人の時にいいことなんだから。桜田は何故俺を凛のいる理科室にへと呼んだのか。




段々と嫌な予感がしてくるのが分かる。顔から流れていた汗は冷や汗にへと変わり、ポタッと地面に一滴、一滴が落ち始める。あの日の狂気に満ちた桜田の顔を思い浮かべた。笑う事も同情する事もなく苦しめるためのナイフを突き刺した彼女の顔を。そして今日凛に言った言葉を思い出す。




『先に行ってますので』




そのゾッとする表情に、目の奥にある不気味な暗い何か、そして薄く出来ていた眉間の皺までもあの時の彼女と類似していた。


正門側に向いていた体の向きを変え、駆け足で下駄箱の方まで戻る。


今まで生きてきた中でこんなにも緊張したのは初めてだ。靴を上履きに履き替え、急いで三階、理科室にへと向かう。


上履きに履き替えた俺は階段へと一歩足を踏みだし、その階段を駆け上がっていく。裏口付近の階段だったので人が全くいないその階段は楽々と上る事が出来た。二階に上がると除除に三階が近くなっていく、確か理科室の場所は階段を上ったすぐそばにあるはずだが。上ってる最中、ギリギリギリギリギリという音が少しずつ聞こえてくる。工事でもやっているのだろうか、建物の中から聞こえてくるその音は物凄く大きい。




「着いた…」




三階に着いた頃にはその音はすっかりと止んでいた。


あまりにもうるさいのと同時に、桜田が理科室にいるという恐怖から、その音は心臓に悪かったが、正直今止んでくれて助かったと思う。また工事が始まる前に早く用事を終わらそう。階段の外側に出ると近くに理科室と書かれた看板が見えた。


男子トイレ、女子トイレの一つ奥にある場所だ、しかしよく見ると扉が閉まっている。




「まじかよ…」




ここまで来ておいて途中で帰るなんて選択肢、俺には無い。


コンコン、ととりあえず扉を叩いてみる。しかし、返事がない、聞こえてないのだろうか。


もう一度、続けてノックをしてみたがやはり返事は返ってこない。


この部屋には明らかに人がいるシルエットが見えるのだが、外からは曇りガラスのせいで中の様子がはっきりとは見えなかった。ここで俺が入ってきたら先生かと勘違いしてあの二人は驚くんじゃないかとも心配したが、桜田の方から俺を呼んだんだ。呼んでおいて叫ばれるなんてたまったものじゃない。こっちが驚きたいくらいだ。


まあもしも叫ばれたとしてもこの状態なら心置きなく逃げられるというわけだ。


理科室の扉まで歩いて近づき、ガラガラと扉を開けてみる。その扉は普段使われていないのか少し固くて開けずらかったが、力を入れる事によって開ける事が出来た。


するとこの部屋からは何か妙な臭いがした、生臭く、今までに嗅いだことの無いような嫌な臭いである、実験でもしているのだろうか。


臭い始めること数秒で吐き気を催すほどの強烈な臭いが襲ってくる。


臭えば臭うほど気が狂いそうだ、思い切って辺りを見回すと床には真っ赤に染まった大量の液体が扉を空けた方向から視界に映る正面のへと流れているのが分かる。


何かと思い、一歩踏み出してみたが、これは恐らくただの液体ではない、血だ。


更に目を見張ると大量にこぼれていた血の流出源が視界に映っていた。


それはうちの学校の上履き、そして白いソックス、少女と思える生足、スカートの中からは小柄のパンツを履いたお尻が見え、うっすらと熊のイラストが入っているのが分かった。そして上半身にはうちの女子生徒が来ている白い制服を来た少女と思えた体が大の字を作り手を広げている。


そして顔…顔は…見当たらない…。


人間なら誰しもが付いていると思われる、本来ある部分に、倒れている女の子には首から上がついていなかった。床に這いつくばった少女は首と顔さえ取れていなければごく普通の少女の姿だっただろう、しかし制服は血飛沫を浴びた白が真っ赤に染まり、首の根元からは大量の血が流れている。今現在も溢れ出ていて、まるで今さっきこの姿になったのを表すかのようにその血は窓から射された太陽に照らされている。




「なんだ…これ…」




もう一歩足を踏み入れようと、震えた右足を一歩前にへと動かした時、コツンと上靴の先端に何か固いものが触れる。どう考えても普通じゃなかったので辺りを見回すのが怖かったが、恐る恐る下を見てみる。




「あ…ああああああああああああ!」




そこに落ちていたものは、真っ赤に染まった髪をしていて、何かに驚いているような目を見開かせた瞳、そしてぽかんと開いた口の歯の部分が上履きにへと触れていた。咄嗟に体は硬直し始め、頭の中では危険信号が鳴るようにその物体を凝視する事を拒んでいた。


だがもう俺は見てしまった、その落ちている物を…。


さっきのある体の一部が消えていた体と照らし合わせたとしても、それが何なのかは明確だ。俺の足に触れてあるのは人の頭である。




横を向いて、転がり落ちている少女の顔部分を恐る恐る持ち上げてみる。


両手でそれを持っても、思っていたよりも重量を感じることができた。


その少女の顔の向きを変え、目ではっきり見えるように正面にしてみる。


その少女の顔が誰なのかは髪の色を見た時からもう薄薄分かっていた。


だが認めたくはなかった、少女の顔はさっきまで元気に俺と話していた、あの赤井だったからだ。首だけが切り取られた少女の首元からは未だに溢れている。触れた血は熱く、まだ死んで間もないはずだ。


その血は、赤井の顔を抱きかかえた俺の手から服にへと染み込み、新品だった黒色のブレザーも彼女の血によって変色する。




「あ…あ……あかぃ…あかいいい…あかいい…」




目からは大量の涙が零れていた。先程まで彼女と交わした言葉を一字一句思いだす。


彼女は最後の最後で俺の名前を呼び、続けざまに俺は彼女の名前を凛という短い名前で呼び合った。今日のお昼に赤井が俺のお弁当を狙っていた事、そして一人男として孤立していた俺にわざわざ学校案内をしてくれたこと、自己紹介がうまくいかなかった俺に救いの手を差し伸ばしてくれたこと。今湧き出ている感情は恐怖や怒りなんかではない。ただただ悲しむ事しかできない哀れな自分を責める事、そしてこの理不尽な世界を恨む事。何で何も関係がない少女が、こんな理不尽に巻きこまれなければならないのか。


おまけにこんな姿になって、もっと悪い奴はこの世の中にいっぱいいるじゃないか。




「なんで…なんでぇ…」




ギリギリギリギリギリギリという音が再び鳴り始める。


先程工事が行われていたと思っていたその音の鳴る方を見ると、目に映るそれを見て、とんだ勘違いだった事が分かった。


横幅はその持ち主よりも遥かに大きい電動ノコギリを両手に抱えた少女が左からゆっくりと歩いてこちらに向かってくるのが分かる。開いていた扉から逃げようと試みたが、震えた足が言う事を聞かず、無理やり動かした事によって足が竦み、扉前に勢いよく倒れ込み、膝が地につく。抱えていた赤井の頭は、流れていた血で滑りながら教室の真ん中にまで滑っていくと、その少女は赤井の顔には一切見向きもせず、迷わず俺の元へと、ゆっくり歩いて近寄ってくる。


そして近づくごとに、電動ノコギリを抱えた少女の姿が露になってくる。


よく見えなかった顔は窓から射された太陽に照らされ、髪と目が特徴であるカラーは桜色で、地肌と制服には返り血を万遍なく浴びていた。俺は一度だけこの姿を見た事がある。金曜日、俺が殺されたあの日、ナイフで内臓を引きずり出されたあの時に浴びていた返り血だ…。


そして少女の目は灼熱の炎さえ凍らせるような酷く冷たい目つきで、俺をただただ睨んでいる。これもあの時と同じだ…。


彼女が近づくにつれあの時の記憶が呼び起こされる。


彼女の正体は化け物か、いや、鬼、悪魔、色々と考え付いたがそれのどれも違う。


目の前に立っていた彼女の正体は化け物でもなんでもなく、ただの桜田という名の一人の少女だった。




正直冗談だろ、と思ったが今の状況を考えるからにこんな事をしてくるのは彼女以外の人間で考えられない。あの時桜田は、ただただ無表情で、何も考えずに冷酷な目でこちらを睨みつけ、俺をナイフで突き刺したのだ。例えるならゴミ箱にゴミを捨てるよう、それが極当たり前であるかのように。


その理不尽さから俺は、彼女にただただ怯える事しかできないでいた。次第には恐怖という生き物が背後から現れ、俺の体全体を巻きつき、指一本すら動かせない状態に縛りつけられる。逃げられない…逃げられないのだ…。両手で電動ノコギリを抱えたその少女から俺は逃げられないのだ…。




逃げるチャンスなんていくらでもあった。後ろの扉は開かれている。ごく普通の女子では抱えて走る事のできないような電動ノコギリを持っているのだ。勿論走ればごく簡単に逃げられるだろう。この状況を警察に伝えれば、彼女は退学させられ、逮捕され、場合によっちゃ顔や住所が晒され、一生社会から責められる対象となり、都合よく勝手に自殺してくれるかもしれない。だが、逃げられない…逃げられないのだ…。


彼女は電動ノコギリを持ったまま、俺が倒れていた扉前までゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。俺はそんな状態からただただ涙を流すしかなかった、赤井が死んだことによる悲しみからか、桜田に対する恐怖か、それはもう自分でも分からない。


一歩一歩、と近づいてくる少女をただ俺は眺めながら、待ち続けるしかなかった。


桜田の足は止まった、俺との距離はわずか一メートル。


座った状態でいる俺を桜田は電動ノコギリを抱え、決して見下した目ではなく、ただ虚ろな目で俺を見つめていた。




「なんでぇ…なんでぇ…なん…」


「なんで? それは一体何に対する「なんで?」なんでしょうか? あなたを殺す前に一つだけ質問に答えてあげます、何でも構いません。それとも何か言い残したい言葉でもあれば言ってもらっても構いません」


「なんで…なんでぇ…お前は赤井を殺したんだぁ…友達じゃながったのがよ…なんでぇ…」


「もちろん彼女は私の一番の友達でした、誰とも話していない学校生活で唯一私に話してくれたかけがえのない友達です。では何で私は彼女を殺したか、それはあなたと仲良くしていたからですよ」


「だがらぁ…なんでぇ…」


「その質問にはもう答えました。では、さようなら」


彼女が構えた電動ノコギリの刃がウイイイイイイイイイイイイインッ!と鼓膜に鳴り渡る音を響かせる。


右の首元からギザギザになったノコギリの刃が少しずつ接触する。その刃はゆっくり、ゆっくりと右から左に移動し、除除に削られた首の肉からは大量の血飛沫があちらこちらに散り飛んでいた。そしてノコギリの刃は休むことなく首の中心にへと近づいていく。首から猛烈な痛みを感じ、脳内が焦げるかのような熱さが襲ってくる。


―――死ぬほどの痛みを感じたのは一瞬の事だった。




「ああああああああああああああああああああああっ!」

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