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桜田の過去

チャイムが鳴った、一限眼の休み時間が終わったのだ。


さっきまで外で待機していた赤井凛と桜田椎名はすっかり教室に戻っている。


そしてここの理科室は現在使われてる事が無い空き部屋だったので、俺と桜田はここでゆっくりと二人で話すことにした。


「さ、さっきは悪かったな、抱きしめたりして」


「本当ですよ、初めてです男に抱きしめられるなんて気持ち悪すぎて吐きそうでした、最初は」


「最初は?」


桜田の頬は赤くなっていた、大嫌いな男を触れたことによって発作が起きたのだろうか。


「そこはどうでもいいでしょ、それよりもさっきあなたにナイフを向けたことは謝らせて下さい、すみませんでした。私男を見たら訳が分からなくなるの、それにあの日の事を思い出すとますます訳がわからなくなるから」


訳が分からないのはこっちだったが、なんにせよ彼女は狂ってると思う。


だがそれと同時に彼女が異性を嫌っていたのもなんとなく理解できる、俺は嫌いとは言わなくてもこの学校に入るまでは誰も話す相手なんていなかったし、はっきりい言って苦手ではあるのだ。


「少しずつ知ってけいけばいいよ、俺と話して男がどういうものなのかをな」


俺はやけに落ち着いていた、全てが終わったと思ったのだ、これでもう桜田に殺されることはないし、明日が来ないこともない。


「色々ありがとう沢井くん」


いや沢良宜な、ボケも前回と全く同じパターンなのでツッコミずらい。


「それと…さっきの質問の事なんだけど…」


「いや別にもういいんだ、お前が少しでも男を分かってくれたんだとしたら」


「いえ、今後あなたと喋っていく中でも教えておかなきゃならないことなの、私が何でここまで男が嫌いかどうか、言ってもよろしいですか?」


ゴクリと息を飲んだ、確かにあっさりという訳ではないが、まさかこうも納得がいかないまま事態が進むとは思わなかった。


女心というやつはますます分からない、もしかして桜田は俺が抱きしめた事によって頭がおかしくなったんじゃないだろうか。


「別に大丈夫だけど、お前あんなに話したくなさそうだったのに…」


「まあ確かに、あなたにナイフを向けた事は謝っても謝りきれない事じゃありません、だからこそ先程あなたが言ったように、あなたにも私の事を知ってもらいたいんです」


「ああ、そういうことなら」


俺の事だけ彼女に知ってもらって、彼女を知らないままいるのはひょっとすると自分勝手な考えなのかもしれない。俺はその場で固まるように桜田の方を見る。


「私は中学三年生、椎名はまだ中学二年生の頃でした…」




私達はある男に誘拐されていた、その男は父が抱えた借金を取り立てようとするも逃げられ、残った私達を身代わりにして監禁をしていた。毛頭人質にする気なんて全く無く、その男は快楽のためだけに私達を地下にへと閉じ込めていた。


「何こっちを見てるんだよ、下を向いてろよ」


耳元では間近くでバチバチという稲妻が流れる音が聞こえる。勇気を振り絞り何をしているのかを見ると、足元に今にも触れようとしていたのは今までに見たことのないような電気が通ったスタンガンである。


「あああああああああああああああああああああああっ!!」


そのスタンガンが私の足首に触れた時には大量の電流が私の身体の中で流れた。


はっきり言うとそこまで痛くは無かったのだが、私は泣いた、いや泣いた振りをした。


もし少しでも痛くないという素振りを見せるとこの男は何回も、何回でもそのスタンガンを私の足首に当ててくるはずだ。だからこそ何回も何回も私は泣き叫ぶ。


「うるせえなゴミの癖に、今日も気絶させれば許してもらえると思ってんのかひょっとして」


この狭くて暗い一室ではスタンガンの光によって男の顔がはっきりと見えてしまった、見たくも無かったものだが。こんな痛みを耐え抜く事ができたのは、私の横に二人の妹がいたから。彼女達もまた男によって私と同じように、手足を縛られ、身動きが取れない状態にある。私の右隣にいるのは一個したの椎名、そしてもう一人横にいるのは香住、二人とも血が繋がった事実上の私の妹である。


「まあ、今日はここら辺にしてやるよ、良かったなあ、お父さんが優しくて」


私の髪は片手いっぱいに男に掴まれ、今にでも抜けそうなくらいにまで引き千切られそうになる。本気で痛かったので私は力いっぱい悲鳴を上げた、眼の前にいる男はそれを見ると嬉しそうに笑い、部屋を出て行く。ここは地下二階にある倉庫があった場所だ、どんなに喚こうが、その声は地上に届く事も無く、誰かが助けに来る事ははっきり言ってありえない。横にいた妹達は声を押し殺しながら泣いていた、泣けばあの男は興奮して何をしてくるか分からない。


「お腹すいたよぉ…お姉ちゃん」


二つ隣にいた香住が泣き声をあげていた、彼女がどんな表情をしているかなんて私には全く見えない。


「が、我慢するのよ…香住…」


香住の隣にいる椎名が励ます、本来は私がするべき仕事なのに、姉として情け無い。


私はこの二人の声を聞くことによって少しほっとする、ここは暗闇なのだ、何も見えない。


だからこそといえるのか、あの男が扉を開けて入ってくるのは少しばかり嬉しかった。


光が部屋の中に入ってくるのだ。


光が入れば妹達の顔も見る事ができる、勿論彼女達の姿は普通に生活が出来た時とは違い、栄養不足でやせ細ってはいたが、それでも生きているかどうかは確認しなければならない。


もし全員が死ぬんだとしても私が最後まで生きるべきなんだ、こんな望みの無い世界なら安心して楽に妹達を死なせたい。もう二日も何も食べてない、あと少しで私達は死ねるんだ。あれこれと考える中、私の視界は段々と霞み始める、何も食べて無いからか頭を使うと睡魔に襲われるのだ。私は段々と閉じそうになった眼を強引に開き、唇を思い切り噛む。


唾液の味に血の味が混じるが、そんな事は気にせず私は心の中で祈った。


どうかここまで苦しめたあの男に天罰をと、神がもしいるのであればそれくらいの事は簡単なはずだ。私は一生懸命睡魔と闘う、ここで眠れば確実に死ぬと思ったからだ、もし死ねば彼女達二人がどんな目に合うかわからない、それだけは絶対に嫌だと思った。


そんな時、扉前からは足音が鳴り始める、一日にこんな続けて来る事なんてあまり無い事なんだが、彼が来るときは大抵イライラが募った時だ。


「うーっす、お前達そろそろ腹減らねえか?」


彼が扉を開けると部屋中に光が入り込む、その途端さっきまで襲っていた眠気が嘘の様に飛び始める。あまりの辛さに私の記憶からは消えていた、扉の後ろ側を向いた私の目線先には母親の死体がある事を。


彼女は餓死ではない、身動きが取れないよう私達と同じように拘束された後に腹部を思い切り蹴られ続け、死に至ったのだ。空白だった頭の中にはあの時の映像が瞬間的に全て思い浮かぶ、その光景はひょっとすると地獄にも劣らない程のものかもしれない。


唇をまた思い切り噛む、唾液に血が更に混じり、同時に目から流れるしょっぱい涙も口に入る。


「あれ、香住ちゃん眠ってるのひょっとして」


男がそう言うと香住に近づき始める、香住の方に目線を移すと確かに目は閉じられ、口が開かれていた。近づくなと願い続けるがそんな願いは叶う筈もなく、男は香住をべたべたと汚い手で触っていた。


「あーこれ死んでるわ、ちょっと餌あげるの遅かったな」


男は溜め息をついていた、私もそろそろ限界に近づいていたので、そろそろだとは思っていたが。彼女が死んだ事を知った私は目から更に涙が流れ始める。


これは悲しみではなく嬉し涙だ、もう苦しい思いをせずに済むのだ。


私は妹の方を見つめ笑顔で泣いていると、男は気味悪そうにこちらを見ていた。


後は椎名だけかと思い、椎名をの方を見ると、彼女もまた同じように涙を流していた。


しばらく見続けていたが、彼女は口元はギシギシと揺れている、歯を思い切り食いしばっているのかもしれない、それに目つきも明らかに豹変していた。


彼女は怒っているのだ、恐らく私と彼女との考えは全く違ったんだろう。


私がもう駄目と思っている中、彼女だけは唯一希望信じていたののかもしれない、ひょっとすると香住もいつか助けが来るという希望を持っていたのじゃないだろうか。


「なんだ、その目は」


小刻みに震える椎名の前には男が立っていた、ポケットから見えるスタンガンに手を伸ばすのが見える。


「やめて…」


声がうまく出ない、もう何も飲んでいないからか喉はカラカラに乾いていた。小さく出た声も反応する素振りを見せないのを見ると恐らく届いていないのだろう。男がスタンガンを取り出ししゃがみ、スタンガンのスイッチを押すとバチバチと稲妻が先端部分に通り始める。男が稲妻を椎名に近づけるのを見る限り、もう私に止める術は無い。


本当は見なきゃいけないと思っていたが、反射的に目は閉じられていた、妹が苦しい目に合う姿なんて絶対に見たくはない。


「あああああああああああああああああああああああっ!」


悲鳴が聞こえると共に目を開けた、部屋中に響く程の絶叫をあげていたのは椎名ではない、あの男だった。そして二人がいる位置に目を移すと、映ったものは椎名が男の股間部分にズボン越しで嚙んでいる姿である。男の眼からは涙が流れ、これ程にも無いくらい目が見開かれていた、そしてバチバチなったスタンガンを落とし、男は私の目前に倒れ、蹲りだす。蹲った男はその後、もがく事なく地面に倒れていた。口元からは泡が吹き出ている、よっぽど痛かったのだろう。


「椎名…」


「お姉ちゃん、やったよ…」


薄く開かれた目をしながらにこっと笑う椎名に私も笑顔で返す。恐らく彼女はこの男を殺すつもりで嚙んだのだろうが、人間はそんなヤワにできていない、精精この男は気絶しているだけだろう。もしこの男が目を覚ませば何をするかは私にも想像できない、それでも彼女は本望だろう、どんな仕打ちを受けようと自分の妹をこの男に殺されたのだ。


「ごめんね椎名、情け無いお姉ちゃんで…」


本当は私がやるべきだった、この姉妹で一番望みを持っていなければいけないはずなのに、私が一番弱気になっていたのだ。情け無い、情け無い、目からは涙がボロボロと流れ始める、だけどこんなの何の償いにもならない、そんな事自分が一番分かっている。


涙を拭きたかったが手足が縛られている状態じゃ当然拭けるはずもなく、できるだけ椎名には目を見られないように彼女の反対側を見る事にした。


残念な事にその方向にはあのおぞましい男が寝転んでいたが、涙が止まるまでの辛抱である。涙がある程度とまると前もよく見えるようになった、私は一人笑顔を作る、あんな事があったのだから妹を沢山褒めてあげなくちゃと思った。


私が椎名の方を向こうとした瞬間ある物が目に映る、それは先程とは逆側のポケットに入っている黒い物だった、彼は両側のポケットに何かをいつも持ち歩いていたのだ。


私は匍匐前進するようにその黒い何かに近づく、そして口でそれを咥え引き抜くと、幸いな事にの黒い物の正体はナイフだった。そのナイフを口に咥えながら椎名の元まで匍匐前進で駆け寄る。


「今助けるからね…」


とにかく急がないといけない、この男が起きてしまえばもう二度とこんなチャンスは起きない。力を振り絞り、椎名の元まで辿りと付くと、両手に縛りついている縄を咥えているナイフで上下に動かし縄を切り裂く。


「お姉ちゃん、今助けるから」


椎名は口に咥えたナイフを手で取り、自分の両足に巻かれている縄を切り裂く。そしてそれが終わると直ぐに、私を縛っていた縄を手足両方とも切り裂く。


縄が外れると私達二人は立ってみたが、足がおぼつかないでいた、立っても数秒で足に力が入らなくなり、座り込んでしまう。


「逃げよう…お姉ちゃん」


「椎名、ナイフ貸して…この男…殺すから」


私はナイフを椎名から無理やり奪い取り、足膝をずらしながら男の元まで駆け寄る。


「だめ…殺しちゃ、警察に言おう」


「………」


妹にそう促がされるも私は黙っていた。確かに警察に言えばこの男は確実に死刑になるだろう、しかしこの時私は自らの手でこの男を殺さなければと思った、それが死んだ彼女らと私と椎名が抱いている総意での報復だからである。


私はナイフを構えた、後ろにナイフを伸ばし、勢い良くその男の心臓目掛けて振り下ろす。


しかし、その手は動かなかった。私の意志ではなく椎名がその腕を力一杯抱きしめていたからだ。その力は決して強いものじゃなかったが、それは私も同じであり、空手をやっている彼女の方が私なんかより明らかに力は強いのだ、無理に動かそうとしてもその腕が動くことはない。


「駄目だよお姉ちゃん…そいつはどの道死ぬんだよ、そんな奴のせいでお姉ちゃんの人生が終わったら元も子もないよ」


「椎名…」


「お姉ちゃんがいなかったら私生きていけないよ」


私は握ったナイフの握力を緩め地面に落とす、確かにこんな奴のために人生が終わるなんて本末転倒だ。椎名は私より強いし、賢い、お姉ちゃんの威厳なんてどこにも存在しなかった、冷静に考えてみても妹の意見はいつも正しいのだ、今回も。


私達は足を引きずりながら地上に上がると、真っ先に警察に電話をする。待っている間に逃げようと試みて外に出たが、警察が来たのは予想以上に早く男は逮捕された。




あれからしばらくの月日が経った、私と椎名は親戚の元で預けられていたが、ニュースを見た時はかなりの衝撃が走ったのだ。その男の判決は無期懲役、精神障害ということもあり、死刑をする必要はないと出たのだった、男が刑務所から出てくることは無い、要するに復讐はできない。その時の思い出は今でも心に残っている、何故彼は死刑にならなかったのか、あの時説得されず無理をしてでもあの男を殺すべきだったんじゃないかと。

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