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最後の大隊  作者: TOMBOY
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少佐の兵士

 よく晴れた日であった。この一週間、時々雲の合間から拝めるくらいしか望めなかった青空がいっぱいに広がっており、背の高い入道雲がいくつもわいている。

 本郷功少佐は顔を上げて、空を眺める。南国独特の抜けるような、淡い青。この数年、様々な地域で空を見たが、どこも同じではなかった。

 さて、前に空を眺めたのいつだったか、と思ったとき、本郷の耳に慣れた轟音が届いた。ギャラギャラとした、鈍重な金属音。生理的に危険を匂わせるその音は、間違いなく戦車のものだ。本郷にとって敵が歩兵のみなどとはどだい考えてなく、予想していたことではあったが。

「5、6両といったところでしょうな」

 脇でそう言ったのは副長の加賀見直満中尉であった。学徒出陣によって陸軍に入隊した男だが、ガダルカナル、ルソンと転戦したことにより、もはや大学生としての面影はない。窪んだ眼孔にギラギラとした目だけが光る、空挺隊員としての容貌だけが目につく。

「随伴する兵は三個大隊といったところだろうな。いつも通り、戦車を先頭にやってくるだろう」

「スチュワートならありがたいですな。うちの速射砲でも打ち抜ける」

「そうであってほしいがシャーマンだろうな。特に敵が塹壕に篭もっている場合は火炎放射器を備えた戦車を先頭に押し出してくるに違いない」

 本郷はそう言い、薄汚れた制帽を被り直した。少佐であってもヘルメットを着用することが義務づけられているが、あえて本郷は制帽を使用している。ヘルメットが重く、動きづらいということもあるが、死ぬときはどんなときでも死ぬと感じているからだ。

 首里城の北西約三マイル。密林とサトウキビ畑の間の小高い丘の上に本郷たちは布陣していた。大隊の主力約二百名は一メートルほどの塹壕に篭もっており、その前方にはいくつもの蛸壷が掘られ、冨樫孫一郎曹長率いる肉迫要員が爆雷竿を抱えて潜んでいる。その前方は密林であり、戦車のキャタピラー音はそこから聞こえている。

 本郷たちの塹壕の後方の丘の上には土嚢と草によって隠蔽された37ミリ速射砲が四門備えられている。

「落下傘兵というものは……」

 加賀見が苦笑しながら言う。

「どこにいっても便利屋ですな。とくに負け戦となれば」

「そういうものさ。司令部にとってはこんな使いやすい部隊は他にない」

 本郷の指揮する第一落下傘連隊第一大隊は現在、牛島中将の第32軍の指揮下にあり、この高地の死守を命じられている。元来、落下傘部隊は航空機により降下され、敵の後方にて作戦を行うものなのだが、すでに日本陸軍には航空機自体が希少となっている。その上、沖縄にある全ての飛行場は占領されていた。

「落下傘部隊は最新の武装が揃っている。しかも古参揃い。それでいて正規の部隊が存在しないのだから火消し役にはもってこいというわけさ」

 第一落下傘連隊はルソン島において壊滅しており、残っているのは第一大隊のみであった。もはや所属するべき部隊が存在しない大隊は、台湾に移動した後、この第32軍に編入され、輸送船によって半月前に沖縄にやってきた。

「司令部の連中もだからこそ我々をここに配置したのだ。落下傘兵の実力を信用しているからこそ、司令部の前面にて死守命令を下した」

「まあ、どこの馬の骨ともわからん連中だからこそ、一番危険な最前線に置いた、というのが正確かもしれませんね」

 そう言い、加賀見はポケットから〈光〉の箱を取り出し、本郷に勧めた。マッチで火を付け、煙を吐き出す。妙な静けさが辺りに漂っている。

「この戦争が終わったら銀座あたりで一杯やりたいものだ」

「そういう台詞は大本営では『敗北主義』と言うらしいですよ」

「精神論で勝てると思っているほど若くはないさ」

 そう言い、本郷は泥と垢にまみれた顔に笑みを浮かべる。

「特に死に神に惚れられているような今日のような日ではな。なんだか十も二十も老けているような気がするよ」

 本郷は三十二歳だが、知らぬ人が見れば四十だと言うだろう。戦いが人間を老けさせるのである。

 加賀見が何かを言いかけたとき、不意に甲高い音が響き渡った。独特のその音はまさしく砲声。数秒後、密林の手前に爆音と共にいくつもの炸裂がおこる。

 本郷は煙草は投げ捨て、「さて…」と言った。

「落下傘兵の諸君、我々の仕事である〈戦争〉の時間だ」

 塹壕に潜んでいた兵士等が立ち上がり、一斉に銃口を密林に向けた。その時、深緑色に不格好な白地の星を車体下部に描いたM4シャーマンが木々をなぎ倒しながら姿を現した。


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