勇者、買い物へ行く
2ベッドルームの部屋は普通の部屋の1.5倍の広さがあり、階段の関係で2部屋作れなかったので中をちょっと仕切って普通の部屋に無理やり狭いベッドルームにしてある。
2部屋借りるより安く、打ち合わせもできるのでコンビの冒険者には人気があるタイプの部屋だ。
部屋にはテーブルに向い合わせでソファが置いてあるので、俺たちは向かい合って座った。
「勇者様はコバルト様って名前なのですね」
「あまり好きな名前じゃないんだ。ルトって呼び捨てでいい。もう勇者とも名乗りたくない」
ルトは普段友人らに呼ばれているあだ名である。
「なんで勇者が嫌なんですか?」
「パーティから追い出されて俺1人が勇者と名乗るのは惨めだから。ファリアも魔王の娘って呼ばれたら嫌だろ?」
この例えはちょっと違うかもしれないが、おそらく同じくらい嫌な呼び名だと思う。
「確かに、別にもう魔王はいないのにって思っちゃう」
「俺も冒険をしないなら勇者じゃないと思うんだ。これからはただのルトでいい」
「わかった。ルトさ…じゃないルト!」
ファリアは納得してくれた。
「ルトは1週間部屋を借りたけどこと後はどうするの?」
「とりあえず早ければ3日で友達から手紙の返事が来るからそれ次第だな」
俺は魔法建築士をやっている友達に手紙を出した。
魔法建築は魔法で一気に建物を建ててしまう建築方で、土から一気に錬成するので、とにかく早い。
その分値段も高いが、人同士の戦の時に砦を作ったり、魔物の襲撃が激しい土地の外壁の修繕など、それでもニーズがある職業である。
とりあえず俺とファリアが2人で住む部屋なら今ある500枚の銀貨でも予算内で何とかして貰えるだろう。
「明日は俺たちの新しい服を買いに活きたい」
服は自分で作るか仕立て屋に頼むかだが、冒険者は服をダメにすることが多いのでギルドがあるところには既製服を売る店もあるのだ。
今のボロボロの格好では仕立て屋で門前払いとなる可能性があるので、まずは既製服でいいから新しい服が欲しい。
「服。買うの?」
「既製服が合わなかったら仕立て屋に頼んでやる」
「ふえ、マジで!?」
ファリアがにんまりして居間までになく嬉しそうな表情になった。
***
次の日約束通り俺たちは既製服屋にいた。
既製服なのでぴったりとはいかないが、それでもファリアは目を輝かせて服を選んでいる。
「ルト、ルトこれとこれならどっちが似合うかな?」
「どっちも似合うからサイズが合う方な」
「多少でしたらお直しできますよ」
「じゃあさっきのちょっと大きかったのが欲しい」
結局、今すぐ着替えられる服や下着などを一式とそれぞれ着替えも数着に靴も揃えて小銀貨が1枚飛んだ。
冒険者向けの店なので本当はそれっぽいデザインの魔法使い用のローブだが、それでも新しいワンピース風の服を着てファリアはご機嫌だった。
続いて古着屋で汚れてもいい作業着を買う。
この後待っているのは肉体労働なので2~3枚くらい、俺の分も一緒に買いたい。
こっちは中古なので1着中銅貨1枚で買えた。
次に必要なのはシャベルや鍬、鎌、鉈などの農具だ。
武器屋だった店が農具屋に変わっていた。
まだ工房も試行錯誤で作っているとのことで安く買うことができた。
後は、売ってなかったので使えなかった転移の靴を買った。1足大銅貨1枚なので安くは無いがこれがあれば魔王の城跡地とギルド自治区の移動が一瞬である。
使い捨てだが、まだ向こうに拠点が無いので今はしょうかない。
友人から返事が来たらすぐに家を建てたいのでそれまでにできる準備はなるべく早く済ませたかった。
「ご機嫌なところ悪いが、お昼を食べたら魔王の城の跡地に行くから作業着に着替えてくれ」
荷物を置きに宿屋へ戻ると俺は言った。
「えーっこの服じゃダメなの?」
汚れてもいいなら着ていてもいいけどと言ったら目の前で着替えを始める。
目のやり場に困るが、そこで目が離せないモノが視界に入った。
「…しっぽ?」
「うん。羽根もあるよ」
ファリアが髪をかきあげるとそこには小さな羽根があった。
本当に小さいので服を着れば目立たないが、改めてファリアが人間では無い事を実感する。
これで瞳孔も縦長だったら完全に魔族だ。
って、瞳孔も縦だよ!
なんで今まで気づかなかったんだ?
「あっ、魔法が切れてる。ちょっと待ってて…」
目蓋を閉じて呪文を唱えるとファリアの瞳は人間のそれになっていた。
「こうやって普段は変身してるんだ」
「…色々わかった。わかったから早く服を着てくれ」
「えーっ夫婦なんだし裸なんか気にしなくていいじゃん」
「冷静に考えるとお前まだ子供だろ?結婚はまだ無理だ」
「じゃあ婚約者?」
「もう少し胸が膨らんだらな」
えいっと魔法でファリアは自分の胸を立派な巨乳にした。
お子様体型で胸だけ大きくてアンバランスだが変な背徳かんが生まれ、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「バカな事すんな。早くもとに戻せ!」
「解呪魔法を知らないから夕方までこのままだわ」
てへっと舌を出された。
「………アホーっ」
俺はファリアの脳天にチョップをお見舞いした。
力加減はしているが、ファリアは痛いと涙目である。
買ってきた服が入らないので、俺の服を着せたが、これでは今日はどこにも出かけられない。
「昼飯買ってくるから大人しくしてろよ」
「はーい」
あんまり反省している声じゃないけど、これ以上怒っても仕方ないので俺は1人で昼食を買いに行った。
20分程でパンとスープ、それからどうせ外に出ないのでゆっくりしようと果実水と菓子も買って宿屋へ戻る。
「あれ、おばちゃん?」
部屋に戻ると宿の女主人であるおばちゃんがいた。
出がけにファリアは疲れてるみたいだから置いていくと言ったので心配して様子を見に来てくれたのだ。
「それじゃ、ファリアちゃん。そう言うことで」
「うん。ありがとう。バイバーイ」
俺が戻って来るとすぐに部屋を出ていったが、なんか表情が邪悪だった。
「おばちゃんと何を話してたんだ?」
「ひ・み・つ」
ファリアも同じような邪悪な顔をしていた。
「あれ、胸は?」
「おばちゃんが解呪してくれた」
さすが元一流冒険者の罠師だ。
ちょっと残念な気もするが、魔法が解けた後もファリアは俺の服を着ているのでかなりだぼだぼしたシルエットになっている。
「ルトの匂いがするから、まだこの服着ていてもいい?」
何これ可愛い。
俺は何かいけない扉が開きそうな予感を覚えつつそのまま服を貸すことを許可した。
そのまま俺たちは昼飯を食べ、夜まで改めてお互いの自己紹介などをした。
俺は孤児院で育ったことや最初は剣職人に弟子入りしていた事、そこから魔剣を託され冒険者になったいきさつを話す。
ファリアは幼かった頃の母との楽しい思い出と自分の体や能力について話してくれた。
成長が遅いだけで人間の年齢なら結婚は問題ないこと。
回復魔法や補助魔法が初歩程度なら使えること。
ギルドに冒険者登録に行った日に魔王が倒されたこと。
…などを教えてくれた。
ギルドに登録できる年齢と結婚できる年齢は同じなので話が本当なら俺たちは結婚できる事になる。
けれどファリアは「結婚はルトがしたいと思ってくれる日を待ってます」とあっさり引き下がってくれた。
翌朝、俺は昨日まで着ていた服を洗濯して昨日ファリアに貸していたシャツに着替えた。
たった1日貸しただけでも女の子っぽい甘い匂いがついている。
胸の奥で何かがグラグラ揺れるのを俺は感じた。