勇者、かつての最前線へ行く
魔王城からギリギリ往復で日帰りできる距離にかつて最前線だったギルドがある。
魔王の城が瓦解した今、たいしたクエストもなければ人もすっかり少なくなったが、まだギルドは運営されていた。
「お久しぶりです勇者様。魔王を倒された時、うちに寄らずに王都に帰られたでしょ?淋しかったんですよ」
「すんません。急いで王に報告したかったんで」
俺はギルドで改めて現状を確認する。
俺がいたパーティは退職金を取られたのに俺が抜けたことになっていた。
俺はそのまま行方不明で引退扱いとなっている。
これじゃあソロ依頼も受けられないじゃないか!
まったくあの女どこまで陰険なんだ。
しかも魔王がいなくなったので新規冒険者の登録が一時停止となっている。
「つまり、もう俺はギルドで依頼を受けることが出来ないのか?」
「本日の申請なのでギリギリセーフでキャンセルできます。危なかったですね」
俺は行方不明申請の無効申請と検索に引っ掛からない為のサーチロック申請を提出した。
指名依頼が受けられなくなるが、これで足取りが奴らも掴めなくなる。
すぐに受理されたので念のためギルドに預けていた銀貨500枚も下ろして自分の魔法金庫に入れた。
魔法金庫は普段は異空間にあるが、いざという時は普通の宝箱として具現化できるマジックアイテムだ。
空間魔法だと死ぬとアイテムが取り出せなくなるが、魔法金庫だと宝箱が残る。
「それから王都までの手紙セットを2つ」
「はーい。中4枚です」
中4枚はこの場合中銅貨が4枚となる。
銅貨1000枚で銀貨1枚の価値となり、大陸で一番普及している貨幣だ。
10枚分の中銅貨、100枚分の大銅貨がある。銀貨も同様だが、金貨だけは1種類だが普通に生活していれば使う機会が無いので問題なかった。
「ところで、勇者様はかけおちですか?名誉を捨て愛に走り、王都にいる親友にだけそっと居場所を教えるんですか?」
説明するのが面倒なので「まぁそんな感じ」と曖昧に答えておく。
実際1通は友人宛で、自宅の建築依頼を送った。
もう1通はさすがに今回のキャシーの行動は常軌を逸している気がする気がするので王に顛末を報告する手紙だ。
どちらも返事はこのギルド留めとなる。
まだ家も無いので1週間くらいギルド近辺の宿に泊まって待つことにした。
***
「いらっしゃい。おやコバルトの坊やじゃないか」
コバルトというのは俺の名前だ。
紙がコバルト色なので孤児院でそう付けられた。
親に貰った名前は昔すぎて思い出せない。
「おばちゃん久しぶり。2部屋を1週間分借りるよ」
「一緒の部屋じゃ無いんですか?」
ファリアが不満そうに言う。
「今は空いてるから2ベッドルームの部屋を大1枚に負けてあげるよ。まだ小さい子なんだし一緒の部屋に泊まればいいじゃないかい」
おばちゃんは高齢のため引退した罠師の元冒険者だ。
魔王がいた頃はパーティにアドバイスもくれる頼れる女将さんだった。
「魔王がいなくなって人も来ないだろ?普通に払うよ」
「いや、冒険者は減ったけど商人や農耕をはじめようと開拓民が増えたから人はまた増え始めてるよ」
それを聞いて俺は安心した。
今はまだ魔王前ギルド周辺自治区と呼ばれているが、もう少し整ったら町として国に届けを出すらしい。
ちょっとづつ世界は復興しているんだと俺は実感し、嬉しくなった。