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敵が懐に飛び込んできた瞬間、ギィンと金属音が響き渡り、敵がナイフを取り落とした。
どうやら、横から警戒していた射手が俺と敵の間を正確に射貫いたようだ。
ただ、次の瞬間今度は背中から衝撃を受けた。
「ディー! 怪我は!? 全く当たってない!?」
「うぐぐぐ……、シャロ苦しい」
俺が、ジタバタとしながら彼女の柔らかいもので圧迫されている間に、先ほど襲ってきた奴は縛り上げられていた。
とりあえず、九死に一生を得た形になったようだ。
「さて、捕虜の諸君。これが君たちの総意かな?」
やっとの思いでシャロの腕からくぐり出た俺は、捕虜たちに対して問いかけた。
答えによっては、こちらも前後から挟みかけ一気に殲滅する構えだ。
すると、一人の捕虜が進み出て頭を下げてきた。
「滅相もありません! これは我々の総意では無いことをここに誓いますので、どうかお許しを!」
「では、捕虜同士で後ろ手にきつく縄を縛れ。そして、一人ずつ確認させてもらう」
「か、かしこまりました」
進み出てきた捕虜の一人がそう言うと、半数が一斉に後ろ手に縛られ始めた。
その間に、俺は襲ってきた奴にいくつか質問した。
「貴様の名は?」
「……」
「なぜ降伏してから襲ってきた?」
「……貴様が油断するだろうと思ったからだ」
「なるほど、ではお前が襲ったら捕虜全員が死ぬ可能性もあったが?」
「その時はその時だ。貴様の悪名が世に出るだけだ。捕虜殺しとしてな」
なるほど、噂というのはとかく凄惨なものを好むことをよく知っている。
確かにここで捕虜を大量に殺せば、襲われたという事実は消え、捕虜を大量に殺したという事実だけが独り歩きを始める。
人の心理というものを理解しているな。
「貴様の今の階級は?」
「伍の長だが」
ふむ、五人組の長か、少し勿体ないな。
「もし俺についてくるなら、先ほどの罪を帳消しし、将として扱うがどうだ?」
「「は!?」」
ん? 後ろからも……、ってシャロがものすごい形相でこちらを見ている。
「ディー! いくら何でも馬鹿じゃないの!? 今さっき襲って来た奴を将にする!? どういうつもりよ!」
「まぁまぁ、落ち着けって。いくらなんでもすぐに将にする訳じゃない。ただ、こいつの度胸もそうだが、冷静に状況を考えたり風聞も考えての行動が気に入ったんだよ」
「だからって、そんな事を急に言うもんじゃない!」
良い考えだと思ったんだけどな。
一応今の状況から考えると、彼は相当苦労している。
伍の長と言っているが、それは実質面倒ごとの多いまとめ役といったくらいだ。
それに、手当なんて全くでない。
それなのに、あれだけの胆力と見通す力を見せたんだ。
俺としては、将来的に使いたい人材だったんだがな……。
そんな事を思っていると、先ほどから顔を伏せっていた男がこちらを見て話しかけてきた。
「先ほど言われた事、約束を違えぬと誓えますか?」
「ん? あぁ、もちろんだ。なんだったら陣営に戻ってから念書も作ろうか? ただし、自分の実力も見せて上がってこい。努力するための土台は用意してやる」
「是非に!」
おぉ、快諾してくれたよ。
俺が少し嬉しそうにしていると、後ろからシャロが怖い顔で見てきている。
だが、気にしたら負けだ、気にしたら。
俺は自分にそう言い聞かせながら、捕虜の今後を考えるのだった。
桟道出口 カレド
敵が襲来して数日が経った頃。
未だに敵後方が騒がしくなく、耐える日々が続いていた。
そんな状況の中、トリスタンが一つの案を持ってきた。
「ここから数キロ崖を通ると、二か所だけ幅の狭い場所がある。そこから矢を対岸に射たいと思うんだが、良いか?」
「ここのエルフの人数が少ない中で、ですか?」
「効果は殆どないだろうけど、やる意味はあると思うぜ」
トリスタンがそう自信満々に言い切ったが、私の考えは決まっていた。
「却下です」
そうきっぱりと私が言いきると、トリスタンは少しムッとした表情になって反論してきた。
「だからって、このままここで時間だけを潰しても意味が無いと俺は思うんだが?」
「確かにそうだけど、守備にまずは徹する。これがディーの基本方針だろ?」
私がそう言うと、トリスタンは少し瞑目して考え始めた。
少しの間待っていると、彼は考えがまとまったのか目を開いてこちらを見てきた。
「なら、こちらから逆に攻めあがるのはどうだ? もちろん限定付きで」
「限定付きで攻めあがる? どんなことを想定しているんです?」
「条件として考えているのは、そこの曲がり角まで。敵がこちらを追って来たら逃げるだ」
「なるほど、要は嫌がらせをしようというのですね?」
私が言ったことに彼は頷いてきた。
確かにそれなら、どうにかなるかもしれない。
ただ、問題はどうやってそれをするかだ。
「後は、方法ですね」
「それについては案があるんだが……」
そう言って、トリスタンが話し始めた案は、確かに面白いものだった。
そして、こちらの被害も最小限に抑えられるだろう。
「では、トリスタン。その案で行きましょう」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに準備をしに天幕を後にするのだった。
次回更新予定は9月20日です。
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