4-5
ゲルト高原 カレド
ディーたちが行ってから数時間後、敵がついに押し寄せてきた。
狭い桟道の上を、押し合い圧し合いの状態で進んでくる様は異様だ。
しかも、私たちが桟道の出口を封鎖しているのを見てなお、突っ込んでくる。
「敵部隊接近! こちらとの距離は約30メートルほどです!」
「弓兵隊に矢を番えるように指示! 各櫓の指揮官の合図で一斉射を行え! 人族の重歩兵隊は、前へ!」
現在の配置は、前線の人族重歩兵隊、第2陣の槍兵隊、第三陣の櫓弓兵隊となっている。
高原には、同じ編成の部隊が、後3セット残っており、各セットで約2千人程度が配置されている。
ちなみに工兵隊は、現在弓兵用に木で削りだした矢をつくっている。
「いいか! 矢はいくらでもあるから遠慮はするな! 一斉射を繰り返して撃ち尽くすつもりでいけ!」
櫓から弓兵隊の指揮官の声がこだまする。
現状、物資に不足はない。
ただ、この場所が破られては意味が無いのが現状だ。
どれだけこちらが敵を引きつけ、どれだけディーたちが相手の後ろを早く突くかによる。
「重歩兵隊諸君! 桟道が曲がっている関係で騎兵はない! 安心して正面の敵を排除してくれ!」
私が檄を飛ばすと、全員が「おう!」と盾を掲げながら答える。
こちらが準備を万端整えると、敵がゆっくりと桟道の曲がり角から現れた。
「弓兵隊! 矢を番えぇ! 目当てをつけぇ! そのまま引き絞って待機ぃ!」
弓兵隊が一斉に矢を番え、ギリギリという音を立てて矢を引き絞る。
歩兵隊が、敵がいつ来るかと待ち構えている。
桟道の幅は、およそ馬車2台分。
往来を考え少し広めに作られているとはいえ、人で言えば6人並ぶのがやっとの幅である。
「敵が動きだしました! 突っ込んできます!」
「迎え撃て!」
狭い桟道と、その出口での戦いの幕が切って落とされた。
渓谷最深部 ディークニクト
「グゴォォォォォォ!!!」
けたたましい咆哮が辺りにこだまする。
まるで、地の底から何か悪魔が蘇ってきたのではないかと思うくらいの低く恐ろしいうなり声だ。
「ひっ!? や、やっぱりドラゴンが居たんじゃ」
「い、いやいやいや、あんなもんはおとぎ話だろ?」
先ほどの咆哮を受けて、連れてきている兵たちが怯えの色を見せている。
確かに恐怖を駆り立てる咆哮なのだが、違和感があり過ぎる。
「なぁ、ディーよ。少しおかしいとは思わんか?」
「アーネットもそう思うか? アーネットは何がおかしいと思う?」
珍しくアーネットが疑問をていしてきた。
まぁ、確かにドラゴンが居るとしたら、あまりにもタイミングが良すぎる。
それに、いくら霧が出ているとはいえ、これだけの声量のドラゴンの姿が見えないなんてことは無いはずだ。
「周囲を警戒しつつ索敵を続けろ!」
俺が命じると、兵たちは渋々といった様子で動き始めた。
いつ何が襲ってくるかも分からないのだ。
戦いで死ぬことを覚悟しても、怪物と戦って食われるなんて想像はしたくない。
それが人というものだ。
俺がそんな事を考えていると、一人の兵が声をあげた。
「ディークニクト! こっちに奇妙な動物がいる!」
呼ばれた方に俺が向かうと、そこには大きめのトカゲの群れがあった。
そのトカゲは、厚く硬そうな鱗と鋭い爪を持っており、見た目もかなり強面をしていた。
「これは、ドラゴンモドキ?」
俺達が眺めていると、集まってきた兵たちの中でひときわ身長の高い痩身の男が呟いた。
「ほう、知っているのか?」
俺が尋ねると、彼は慌てた様な口調で話し始める。
「あ、いえいえ、詳しいというほどでは無いのですが、このオオトカゲが、昔見た本に載っていたドラゴンモドキに似ておりましたので。なんというかすみません!」
「いや、構わない。知っていることを全部言ってくれ」
彼に説明を促すと、少し頬を上気させながら話し始めた。
「では、僭越ながら。こちらは、おそらくドラゴンモドキというトカゲです。ドラゴンモドキは、その吼えた声がドラゴンに似ていると言われておりますが、見た目があまりにも似ておりませんので、モドキと言われております。生息地は基本的に草木生い茂る森林や、河川の近くに生息しているのですが、まさかこんな渓谷にまで居るとは思いませんでした。また、ドラゴンモドキの食事ですが、これらは基本的に雑食で森林では弱った人族などを食べると言われておりますし、森林の木の実などを好むとも言われております」
彼はそこまでまくしたてるように話しきると、息を切らせて深呼吸してきた。
「要するに、あまり近くに居るのは良くないと?」
「ありていに申しますと、……そうですね」
「全軍退避! トカゲとの距離を置け!」
「ドラゴンモドキです! ディークニクト殿!」
俺の命令で、一斉にドラゴンモドキから全員が距離を取った。
ただ一人アーネットを除いて。
「なぁ、ディーよ! これを倒して食料には出来ないかな?」
「そんな事をする前に敵を叩きたいな! 俺は!」
そう言うと、アーネットは渋々といった様子でドラゴンモドキから離れた。
まったく、すぐに何とでも戦おうとするのは、アーネットの悪い癖である。
アーネットは俺に近づいてくると、渓谷の出口辺りを指差してきた。
「で、あっちは倒しても良いのか?」
「あっち?」
俺は、彼が指さす方に目を向けるとそこには敵の部隊が居た。
おそらく我々と同じ事を考えていたのだろう。
彼らは、縄とピッケルと釘をその手に持っていた。
もちろん、武器もだ。
「全員抜剣! 敵を殲滅するぞ!」
まさかの遭遇戦が、始まろうとしていた。
次回更新予定は9月12日です。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




