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ゲルト高原桟道付近 ディークニクト
軍議から数日後、俺達はゲルト高原への通路を封鎖する作業に入っている。
この場所は、桟道の出口になる場所だが、万の軍勢が居座れるほど広くはない。
なので、軍をいくつかに分けて配置している。
部隊は全部で4つあり、工作兵、兵站、弓兵、歩兵である。
その中でも今一番忙しいのは、工作兵だ。
彼らには、急ピッチで桟道封鎖の作業をさせている。
主な工事は、柵と土塁の建築、櫓の設営と各部隊が収容される天幕の設営である。
工作兵が頑張っている間、他の兵たちには訓練と休養を交互に取らせたり、兵站部に工作兵のバックアップをさせたりしている。
俺は、そんな彼らの様子をカレドに案内されながら視察していた。
「工事は順調です。こちらについては、私が居るのでディーは迂回部隊の方をお願いします」
「そのようだな。後は指揮だが、相手が引き始めたらトリスタンに任せる事。防衛はお前の方が上手いから、必ず手綱を握ってしっかりと相手を搦め取れ」
俺がそう言うと、カレドは微かに笑いながら「ええ、分かっています」とだけ答えた。
まぁ、カレドなら大丈夫だろう。
攻めに回った時も、トリスタンのよきブレーキ役になってくれるはずだ。
ただ問題は、シャロだ。
俺が軍議で迂回部隊を率いるというと、シャロが「私も行く」と言うことを聞かないのだ。
本当なら彼女にこちらを任せてしまいたいのだが……。
「私は、絶対にディーについていくわよ?」
俺が本営の天幕に入るのと同時に、彼女は仁王立ちでそう宣言した。
こうなってしまうと、もうどうしようにもない。
意固地になって勝手についてくるだけだ。
仕方が無いので、諦めて次善の提案をすることにした。
「……仕方ない、シャロにはついて来てもらう。ただし、何かあった時の予備の指揮官としてだ。俺とアーネットが動けない、もしくは動くことがかなわない状態になった時に、シャロが部隊を率いて背後から強襲してくれ」
俺がそう言うと、彼女は少し考えたのち渋々といった様子で「わかったわ」とだけ口にした。
頭の痛いことだが、予備が居ると考えを切り替えよう。
「設営は順調に来ている。相手は恐らくこのまま真っ直ぐ来るだろう。というか、来ざるを得ないが、一応念のために各所に見張りを数名配置する」
「見張りですか? この桟道以外は正直人の通れる場所ではないですよ?」
「確かに、カレドが言うように人が通れる場所じゃない。だけど、そう言う場所を通ってこそ迂回戦術は成功するものだろ? それに、俺達が考えていることを相手が考えてないなんて事は無いと思って進まなければいけない」
俺がそこまで言うと、カレド以外にも疑問を持った者が居たのか、大いに頷いていた。
「そんなところだな。では、あとはカレドとトリスタンに任せる。俺とシャロとアーネットは明日朝出発する」
翌朝、まだ周りが明るく成り切っていない頃、迂回部隊の出陣が始まるのだった。
谷は一面に朝霧が出ており、これから俺達が降りるのを拒否しているように見える。
「いいか! 今は朝霧が濃いから足元には注意して移動しろ! 慌てなくていい。ゆっくりと下に降りるように!」
俺はそんな中、アーネットの指示を聞きながら様子を窺っている。
流石に高い所が得意なエルフでも、断崖絶壁を降りるのは神経を使う作業だ。
特に、今回は相手に気づかれない様にしなければならない。
そうなると、魔法を使って大きな音を立てる事すらできないのだ。
そんな事を考えていると、特に何事もなく崖を降りる事ができた。
しばらくは、この谷に沿って前進あるのみだ。
「ディー。そう言えば、ドラゴンがどうとか言ってたが、何か伝承とかでもあるのか?」
「あぁ、そのことか。ドラゴンの伝承は一応あるな。ここだと地竜というでっかいトカゲみたいなのが住んでいるらしい」
「地竜か……。そいつは強いのだろうか?」
「どうだろうな? どれくらい生きていたかとかにもよる可能性はあるが、正直な話分からん」
俺がそう言い切ると、アーネットは笑いながら「それは確かにな」と言っていた。
まぁ、そう簡単に竜の様な大型の魔物に遭うことなんてない。
むしろ、それよりも心配なのは、小型の魔物だ。
基本的に集団で襲ってくるから、小型の方が今回は面倒……。
「グゴォォォォォォ!」
俺達がしばし談笑しながら歩いていると、地の底からまるで地獄の雄叫びの様な声が聞こえてきた。
その瞬間、俺とアーネットは互いに顔を見合わせ動き始める。
「全部隊に通達! 非常事態だ! 声の大きさから敵はかなりの大型魔獣の可能性が高い! 周辺を警戒し、身の安全を確保し続けろ! シャロは部隊の指揮をいつでも取れるようにして、――ッ!」
俺が命令し終わるかどうかの瞬間に、突然地面から大型の魔獣が飛び出してくるのだった。
次回更新予定は9月10日です。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




