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3-16

第一王子軍 リオール


 あり得ん……。

 何故奴らは、こんな山の中で火計を使うのだ。

 何故我らは、奴らに良いようにされて慌てているのだ。

 何故我らが、負けているのだ……。

 私はそう思いながら、自陣の目の前で上がっている火の手を眺めていた。

 ワーカーが、先ほどから必死に兵たちをまとめて退いてくるのをただ眺めるしかなかった。


「いいか! あと少しだ! 必死になって走れ! 足を止めるな!」


 叱咤激励する彼の姿が、炎の揺らぎの向こうで見える。

 だが、それでもついて来ているのは恐らく数百といったところだろう。

 ただ、それでもここで呆然自失している訳にはいかない。


「急ぎ水を用意せよ! 戻ってきた兵たちに頭からかけるのだ! あと清潔な布と軟膏をありったけ用意しろ! 手の空いている物は撤退の準備も始めろ! 治療用具以外はテントも片づけるのだ!」


 私が指示を飛ばすと、近習たちが慌てて動き始めた。

 みな、目の前の景色に呆然としていたのだ。

 

「ワーカーは優先的に治療しろ! あれの替えはどうやってもきかん! どんな重症でも命を救え!」


 にわかに辺りが騒がしくなる。

 兵たちに命令が伝わったようで、そこかしこで動き始めた。

 恐らく敵は、この火の手が収まるまでは追撃してこないだろう。

 それに、これだけの火力が草木に火を放つだけで出る訳がない。

 草木に油をしみこませていたか、あるいはしみこませた何かを近くに置いていたのだろう。

 だが、時々爆ぜる音が聞こえる。

 確かこの音は火薬とかいう新薬だったはず。

 少々の衝撃で爆ぜ、燃える性質がある。

 それも使われていたのだろう。

 私がそんな事を考えていると、物見の兵から報告が入った。


「味方がこちらに引き返してきます! 数はおよそ千名! 最後尾にワーカー様が見えます!」

「至急場所を用意しろ! 少しでも助けられる者を増やすんだ!」


 報告から数分後、ワーカーが殿をしながら必死に火中から飛び出てきた。

 当初率いていた5千の兵は千にまで減ったが、奴で無ければ兵たちはもっと死んでいただろう。

 しかし、彼らは恐らく兵として使い物にならなくなるだろう。

 火傷は負ったものの五体満足だが、精神的に負った傷は消して浅くはない。

 特に、火は人の恐怖心を何倍にも膨れ上がらせる。

 だからといって、見捨てる訳にはいかない。


「すぐさま治療を始めろ! 簡単な処置で構わない! まずは命を救う事だけを考えろ! あとワーカーはどんな様子だ!?」


 私が様子を見に行くと、前身は赤くなっているが必死に体を屈めていたのだろう、そこまでひどい火傷では無かった。

 ただ、従軍医が言うには、これから水疱などでひどい痛みが出る恐れがあるという事だった。


「……聞いた通りだ。どうやら貴様の悪運は中々強いようだな」


 私がそう言うと、彼は微かに口元を歪めながら首肯した。

 恐らく喉が熱で焼けているのだろう。

 ただ、息は出来ているようなので命に別状はない。

 しかし、これ以上前線で指揮を取らせるわけにはいかない。


「敵軍の追撃の可能性がある! 負傷者に簡単な手当てをした後で、荷馬車に乗せよ! 敵の追撃を考え、荷馬車の護衛込みで、2千で先行させろ!」


 恐らくここからが正念場だろう。

 敵は今日追撃をしてこなくとも、明日以降来る可能性がある。

 残りの手勢約5千。

 うち2千を負傷兵輸送に回したので、実質3千。

 恐らく明日以降、かなり大変な状況になるだろう。




ロンドマリー軍 ディークニクト


 計画的にやったとはいえ、火を放ったのだから、後始末まできちんとせねばならない。

 特に森に燃え移れば、山を焼き、こちらの人家まで焼いてしまいかねない。


「水魔法が使える者は、消火に当たれ! 特に森に飛び火していないか見て行うように!」


 まぁそうは言っても、魔法が使えるのはエルフくらいなので、他の兵たちには森を迂回しての追撃をさせていた。

 追撃に出した兵は、およそ3千。

 こちらに残っているのは、最低限の防御を固める人族と消火に当たるエルフだけだ。


「いいか、絶対に火種は見逃すなよ! 一つでも見逃せば面倒ごとになる。あと、真ん中で倒れている敵兵で息のある者は必ず治療しろ。武器類の没収は忘れるなよ!」


 敵とは言え、戦意の無いものを斬るのは卑怯者である。

 戦意の無い者は、必ず助ける努力をする。

 もちろん、助かるかどうかなんてそいつの体力次第だが。

 しかし、こちらはやらなければならない。

 それがせめてもの慈悲というものだから。


 その日は、煌々と燃え盛る火を消し続けていた。

 いくら火薬と油を混ぜたといえ、かなりの勢いで燃え上がり続けていたが、流石に夕方に差し掛かったころから勢いを失くしていった。

 後に残ったのは、焼け焦げた地面と横たわる遺体だ。

 ただ、その中でも未だ生きている奴も居た。

 そいつらは、盾を使って穴を掘ったのだろう。

 蒸し器の様になった土の中でぐったりとしていた。

 火傷などが見えないという事から、恐らく熱中症だろう。

 塩水の補給を指示し、後は本人の回復力に頼った。


 そんな救出と遺体の処理をしながら待っていると、朝日とともに追撃に出ていた部隊が戻ってきた。


「ディー、どうにか相手を峠の向こうまで追い返しました。これで簡単には建て直せないでしょう」

「ディークニクト、やっと私も活躍できました。ただ、戦争とは思っているよりも難しいものなのですね」


 部隊を指揮していた、ウォルとイアン先生が戻ってきて早々に話し始めた。

 現状できる事は全て終わったので、指揮官の後の仕事は事後処理の指示と承認だけだ。


「ご苦労様。後は事後処理だが、二人の部隊は一度休みに入ってくれ。夜通しでは疲れただろう?」

「えぇ、全くです。お言葉に甘えて我々は一度休みます。兵たちにもその旨通達しておきましょう」

「では、私もその旨伝えてきます」


 そう言うと二人は離席し、それぞれの部隊へと休息に戻るのだった。




 こうして、ゲルト高原の戦いは終わりを迎えた。

 総勢約2万を超える兵の激突は、ディークニクト率いるロンドマリー軍が勝利を手にした。

 結果は、被害2千対1万と圧倒的にロンドマリー軍が勝ったが、その内容は辛勝と言わざるを得なかった。

 第一王子リオールは、この後自領に帰り兵力の再編を進めると同時に、王宮での政争にも力を入れ始める。

 対して、ディークニクトはしばしの平和という名の戦争準備にいそしむのであった。


次回更新予定は8月9日です。


今後もご後援よろしくお願いいたします。


※8月9日更新分は、1-6と1-7の間の幕間です。

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