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標高の高い山々に囲まれた間に広がる高原があった。
ディークニクトたちが主戦場と目した、ゲルト高原である。
高原には多種多様な植物が自生しており、また固有種も多い。
そして、何よりもの特徴は背の比較的高い草花だろう。
通常の高原植物は背の低いものが多く、足首まで来たら高いくらいである。
ところが、このゲルト高原では太陽の光が比較的少ないという環境もあって、背の高い草が生い茂る場所となっていた。
そんな草木の生い茂る高原で、ディークニクトたちは陣地の設営に入っていた。
北から来襲する第一王子軍を迎え撃つ為、堀、土塁、柵と急ピッチで作業していた。
そんな慌ただしい状況の中、ディークニクトが本隊から切り離した別動隊が、高原の周りで作業をしていた。
彼らもまた、高原と森林地帯の間に堀を掘っていたが、侵入を妨害するにしてはかなり浅いものを掘っていた。
また、その堀を境に草木を引き抜く。
まるで、ここが境界線と言わんがばかりであった。
「ディークニクトは一体何をしようというのだ?」
エルフの一人が、愚痴をこぼす。
作業をしている彼らも、主たる目的をディークニクトからは一切教えられていなかったのだ。
「そこは仕方ないだろう。俺達は降伏兵。あいつにとっては信用ならないんだ。全部教えるかよ」
「確かに、それもそうかもしれないな」
彼らが言うように、大半の者は当初からディークニクトに従っていなかった。
彼らの大半は、元長老の腹心たちである。
彼らは今回の戦での働きを果たすことで、死罪を免れている。
なので、文句は言いつつもしっかりと動いていた。
また、彼らの監視役兼任で派遣されている元からの兵たちも、多少の愚痴は見過ごせと厳命されていた。
そんな彼らの手によって、高原の植物は森林地帯から約2~3mほど離れて生える事になった。
「しかし、なんでこんなことをするんだろうな?」
「確かに、間にも草木を除かなくて良いから浅く掘れと言うし、何をしているのか分からないと気味が悪いな」
そんな彼らの愚痴とは裏腹に、作業は淡々と進み、全ての工程が終了した。
その後、元からディークニクトに従っていた兵たちによってある物がバラまかれるのだった。
ロンドマリー軍 ディークニクト
先ほど、作業が終了したと報告が入った。
例の物もしっかりと周囲にバラまき、後は雨が降らないことを祈るのみだ。
「ディークニクト。こちらの作業が終わりましたよ」
俺が報告を聞いて考えていると、イアン先生が入ってきた。
どうやら、陣地設営も終了したらしい。
これで迎撃準備が整った。
後は、敵を待つばかりである。
「敵の進軍状況などは入ってきましたか?」
「それについては、斥候がそろそろ戻ってくると思いますよ」
イアン先生がそう言うのと同時に、斥候に出ていたウォルの隊が戻ってきた。
「ディー、遅くなりました。敵の進路ですが予定通りこちらに向かってきています。ただ、敵の荷物で気になる物がありまして」
「気になる物?」
「はい、敵の輜重隊らしきものも見えたのですが、奴ら大量の瓶を運んでいました。それも遠くからでもガチャガチャと、瓶がすれる音がするくらいに」
「大量の瓶か……」
まさか酒ではあるまい。
酒は確かに一定数必要だが、大量にあっても仕方がない。
となると、敵は別の事を考えているかもしれないな。
「どういたしますか?」
「いや、問題ない。敵の狙いは分からないが、恐らく攻撃の為ではないと思う」
現時点でそう思った俺は、特に何をするでもなく無視することに決めた。
どうしても不確定要素は出てくるものだ。
それは、どれだけ緻密に情報を集めても出てくるのだ。
完璧な諜報組織など、この世に存在しない。
「では、当初の予定通り戦う。まず我らの主たる目的は防衛だ」
俺の言葉に二人が頷く。
「敵の事情を考えれば、恐らく糧秣に不安があると考えられる。それについては先の報告にもあるように、帝国の進軍もあり、3万もの軍勢を養い続けるのが厳しいからだ」
ウォルが口を挟んできた。
「しかし、第一王子の領土はかなり広いと聞きますが?」
「それでも全軍5万はおり、その全軍を招集していた事を考えるとかなり無理をしている」
「なるほど」
ウォルが納得したようなので、俺は続けた。
「敵は、そう言った事情から食糧難に陥るのは早いと考えられる。こちらが防御をし続ければ、相手は勝手に飢え、勝手に退却するだろう。また、持ちこたえられない可能性があった場合には、秘策を使う」
「例の引き抜き部隊がしていた工作ですね」
「その通りです。この秘策を使うとなったら、第一防衛線は放棄してくれ。第二防衛線まで退いて、秘策が発動した段階で第一防衛線に入った敵を反転攻勢で撃滅する」
俺がそこまでを力説すると、二人は黙って頷いていた。
そして、何か思い至ったのかウォルが質問してきた。
「撃滅が叶った場合は良いのですが、そうでない場合は如何いたしますか?」
「そうでない場合でも、第二防衛線で待っていれば、敵は勝手に退いていくと予想している。いや、むしろ退いてもらわないと困る」
そう、この第二防衛線と言っているのは所謂最終防衛ラインなのだ。
この防衛ラインを超えると、高原を降り街へと至る道。
そう、本土に入るのだ。
流石に本土決戦などしたくもないし、近くで野盗化されても面倒だ。
そう言った意味でも、ここで食い止めないといけない。
「なるほど、分かりました。そうなると第二防衛線を死守ですな」
「そう言う事になるな」
俺は、そこで言葉を切った。
そうはならないと思うが、後は相手次第というところがあるのだ。
ゆっくりと待つ以外にない。
この作戦会議の次の日、ついに敵は高原の入り口にその姿を現すのだった。
次回更新予定は7月25日です。
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