表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/213

3-5

エルフの里 ディークニクト


 イアン先生の槍捌きの速さは、引き戻しが尋常じゃなく速いからこそである。

 そして、この引き戻しの速さが速いが故に槍の弱点である懐に入ることが難しいのだ。

 これが、尋常であれば突き出しから引き戻しのタイミングさえつかめば懐に入れる。

 だが、引き戻しが速いとこちらが踏み込む前に次の突きが準備されていて、踏み込めないのだ。


「ちぃぃ! 相変わらず速過ぎる!」


 俺が舌打ちしながら槍をかわしているが、イアン先生からは焦りの色が見えない。

 表情が乏しいから、この人の相手は嫌なんだ。

 特に、俺はアーネットの様な動体視力も筋力もない。

 だからこそ、相手の顔色や視線の動きなどを見て戦うのだが、達人級になってくると、観の目――全体を捉える見方――で見てくるからこちらも読みにくいのだ。

 そして、イアン先生の場合はそこに生来の表情の乏しさもあり、全くと言っていいほど行動が読めない。


 ちくしょう……、どうにかして膠着状態を抜け出さないと俺が不利になる一方だ。


 俺は内心焦っていた。

 なにせ相手は、複数居るのだ。

 イアン先生が倒れたとしても、俺が傷ついていたら恐らく周りの奴らは止めを刺しにくる。

 流石に周りに数十人は居るであろうこの状況を傷ついた状態で抜ける事は困難だ。

 そうならない為にも、早くイアン先生を倒さなければならない。


「ディークニクト。私の相手をしながら考え事とは余裕ですね」


 一瞬俺が思考に捉われた隙を、イアン先生は見逃さずに突きを繰り出してきた。

 俺は若干遅れたものの、どうにか致命傷は避ける事ができた。

 だがその代わりに、右太ももに小さくない傷を負う事になってしまったが。


「さて、ディークニクト。先ほどまでと同じように避けれますか?」


 まずい、まずい! まずい!!!

 イアン先生の槍を、足に傷を負った状態で避けるのは不可能に近い。

 どうにかしないと……。


 とりあえず間合いを空けるため、俺は少しずつ後ろに下がった。

 手探りで何か無いかと探すが、あっても土くらいだ。

 目潰しにと思ったが、過去にそれをやって防がれたことがある事を思い出す。

 

 何もない、ビリーを呼び出したところであいつがイアン先生から逃げられるとは思えない。

 それに、勝った時に俺を助ける奴が居なくなっては意味が無い。

 考えろ、何かあるはずだ……、何か。


 そう思った瞬間、俺の手に当たるものがあった。

 近くに生えていた木の枝だ。

 それなりの太さと、鋭さがある。

 だが、如何せん生木だ。

 粘り気も硬さも乾燥させたものに比べれば弱い。

 ただ、一瞬の隙をつくるのには、使えると思い俺は生木を手に構えた。


「ディークニクト、血迷いましたか? 生木では私の槍のリーチにすら入ってませんよ」

「確かにリーチは足りません。ですが、これで良いんです」


 俺はそう言って、半身になって生木を突き出す格好で構えた。


「……君は本当に楽しいことを思いつく」

「その言葉は、勝てた時に喜ばせてもらいます」


 そう言って、俺がわずかににじり寄ると、イアン先生の気が張りつめた。

 一瞬、ほんの一瞬で良い。

 その隙があれば一撃を入れる事ができる。

 一撃を入れさえすれば、鉄鎖で動きを封じることもできるんだ。

 俺は自分に言い聞かせながら少しずつ、少しずつイアン先生の間合いに近づいて行った。

 そして、あと半歩で間合いと言う所で俺は足を止めた。

 ここから失敗は許されない。

 失敗すれば俺は肩から串刺しか、喉に風穴を空けられるだろう。

 そうはなりたくはない。

 俺はあと半歩というところで、精神を気持ちをもう一度集中させた。

 そして、集中が終わるのと同時に半歩足を踏み入れる。

 その刹那、構えていたイアン先生の槍が生木を通して顔面に迫ってくる。

 タイミングは外せない。

 俺は、迫りくる槍に向かって、もう半歩踏み出し、生木を斜めに少し倒して槍の穂先に這わせる。

 瞬間、最小の円運動で穂先を搦め取り、上へと打ち上げた。


「な!?」


 彼の予想を超えられたのだろう。

 表情に初めて驚きの色が出る。


「もらったぁぁぁぁ!!!!」


 そして、その隙を逃さず、左右を反転させながら一歩踏み入れた瞬間、右手に持っていた鉄鎖を繰り出す。

 横っ腹を目掛けて放った一撃は、寸での所で彼の左腕に当たる。

 あの一瞬、完全に虚を突いていたにも関わらず、この反応。

 さすがはイアン先生!

 俺は、驚愕と驚嘆を叫びたかったが、グッとこらえて一旦距離を取った。

 既に打ち上げていた槍が戻っているのだ。

 決して楽には勝たせてくれない。

 だが、これで五分だ。

 そう思いながら、彼のだらりと垂れ下がった左腕を見る。

 これで、あの精密機械の様な槍捌きはなくなった。

 引き手である右腕が無事だから、速さはそこまで落ちないだろうが、それでもこれは大きい。


「ぐっ……、まさか搦め取られるとは」

「これで、五分ですよ。イアン先生」


 左腕が折れたことで、彼に苦悶の表情が出始める。

 表情が出るという事は、こちらにとっては先読みがしやすくなるからありがたい。

 もっとも、先読みして避けられる状況かと言われれば、ノーだが。

 ただ、どちらも傷を負っていること、力の差がさほど無いことから考えても次が最後の一撃だろう。


次回更新予定は7月17日です。


今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ