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森の入り口 シャロミー
ディーの予想通り、騎兵が先行して歩兵が置いて行かれていた。
歩兵は必死に走ってはいるが、足の速さで敵わない事もあり、森の入り口にたどり着いたのは、騎兵が中に入ってしばらくしてからだった。
「ここまでは、ディーの読み通りね」
「シャロ。騎兵の後ろを取らなくて良いのか?」
私が周囲の状況を確認していると、里の男たちが声をかけてきた。
「確かに騎兵の後ろを取れば殲滅できるでしょうけど、そんな事をすれば、私達が歩兵に後ろを取られてしまうわよ」
私が手短にそう話すと、男たちは「そうか」とだけ答えて下がった。
私達の目標はあくまで相手の歩兵を追い返す事。
無理をして被害が出てしまっては意味が無いのだ。
「敵兵、近づいてきました。どうやら森へ入ることを躊躇っているようです」
「では、降伏もしくは撤退の勧告をしましょう」
私がそう言うと、事前にディーが用意した勧告文を持った男が拡声魔法を発動した。
「歩兵諸君! 領主の主力である騎兵隊は既に壊滅した! 速やかに引き返すなら我らも手を出さぬ!」
「う、嘘だ! 領主様がやられるわけ……」
こちらの勧告文に反発した指揮官らしき男が声を挙げるのと同時に、森の奥から叫び声が聞こえてきた。
恐らく罠にかかったのだろう。
その叫び声を聞いた兵たちは、一瞬にして動揺した。
「今のが聞こえただろう! 領主の兵は既に壊滅した! お前らも死にたいか!?」
「ぐ……、やむを得ん。撤退する」
指揮官の男がそう言うと、兵たちは出来る限り整然とこちらを警戒しながら下がっていくのだった。
エルフの森 アーネット
「待てこの引きこもり野郎ども!」
今まさに俺の真後ろから口汚く罵りながら追いかけていた騎士が、俺の背中を突き刺そうとした瞬間。
突然騎兵が倒れる。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「と、止まれ! 止ま――」
突然先頭が止まったせいで、後続の騎馬が追突を始める。
一瞬にして騎馬隊が混乱を始める様を、俺は見ながら少し距離をとる。
「……すっげぇ。里長の読み通り混乱したぞ」
隊の中の一人がそう呟くと、全員が一瞬何をすべきか忘れるくらい見入っていた。
何せ、弓兵の多いエルフにとって平地での天敵である騎馬兵が目の前で大混乱を起こしているのだ。
もちろん、俺自身里長を疑う気はない。
ただ、やはりどこか半信半疑の部分はあったのだ。
「……はっ!? この好機を逃すな! 全員弓を構えろ! 連絡係は曲射で合図を!」
我に返った兵たちが弓に矢を番えて射始める。
それと同時に天高く昇った鏑矢が甲高い音を挙げる。
「な、なんだ!?」
「や、奴らこっちに向かって撃ってきています!」
「左右に展開しろ!」
敵の指揮官が存命だったのか、一瞬で騎馬の混乱を抑えて左右に散開しようとした。
だが次の瞬間、鏑矢の合図で左右の山から射られた矢が騎馬を直撃する。
「ひっ! さ、左右からも敵襲! 逃げ場がありません!」
「散開止め! 馬を放棄しろ! 死んだ馬を盾に――グボォ!」
敵の指揮官に命中したのだろう。
突然命令を発する声が聞こえなくなったと思うと、辺りは阿鼻叫喚の地獄の叫びが響き渡った。
「ひぃぃぃぃ! た、助け――」
「ち、ちくしょ――」
「か、かぁ……さん」
4回の斉射の後、騎馬が居た辺りを見回すと敵騎馬隊のほぼ全てが死傷しており、無傷で立っているものは、10名と居なかった。
「矢を番えて待機! 敵に勧告を行う」
俺の指示が聞こえたのか、連絡係の鏑矢で気が付いたのか、全員が一斉に射るのを止めた。
俺は全員が止めたのを確認してから、魔力を口の前に溜めて通告を始めた。
「フルフォードの騎士並びに兵士諸君に告ぐ! 戦闘を止め投降せよ! 投降する者の命は奪わない、ケガ人は出来る限りの治療も約束しよう! 繰り返す戦闘を止め投降せよ!」
俺がそう言うと、生き残っていた敵兵から動揺の声が響く。
「ほ、本当に投降を許すのか?」
「いや、ここまでやったんだ、殲滅する気だぞ」
「お、俺はここで死にたくない!」
まぁ、確かにこれほどの惨状を見て、誰が投降をしようと思うかというところだ。
圧倒的に有利な側が投降を持ちかけるのは、この世界では罠の可能性が高いのだから。
「安心しろ! こちらは嘘をつかない! 我らエルフは神に誓って、投降者に対しては戦闘を継続しない! ただし、刃向かうなら容赦はしない!」
俺の最後の言葉が止めになったのか、敵の騎士たちの大半が下ろうという話になっていた。
そう、なっていたのだ。
一人の男の絶叫が森をつんざくまでは……。
「投降は許さん! お前たちは全員戦うんだ! もうすぐ歩兵がここにやってくる! 歩兵が、歩兵さえくれば!」
男がそう言うのと同時に、我が最愛の妹シャロミーの声が響いた。
「子爵に告ぐ! 歩兵隊は既に城へと帰還した! 我々がここで貴様らを背後から包囲しているのがその証拠だ!」
相変わらず勇ましい声を挙げるのも様になる。
俺が妹の声に聞きほれていると、先ほどの宣言に動揺が走っている様だった。
「ぐ……! ウォルクリフ! 撤退戦の準備を始めろ! 後方は薄いはずだ! 逃げればまだ!」
「く、クローリー様! 今ここで戦って何になりますか! 我らは負けたのですぞ! ここで抵抗しては御命が……」
「黙れ! ウォルクリフ! 元はと言えばお前が足並みを乱すから! もうよい! 私は引き上げるぞ!」
「なっ……!?」
そういうと、クローリーと言われた男は老騎士の横を通り過ぎようとした。
だが、次の瞬間男はいきなりもんどりうって倒れ、隣にいた老騎士が手足を縛り始めた。
「失礼! こちらに抗戦の意思は無い! フルフォードの当主を捕えている! エルフの里長、ディークニクト殿と面会をお願いしたい!」
「ウォルクリフ! 貴様!」
主人であるクローリーの罵声が響く中、老騎士が大声で降伏を告げた。
それとほぼ同時に、俺達の真後ろからディーの声が響く。
「そちらの面会願いを承知した! 全軍に武装解除、および降伏をさせよ! 全ての準備が整った後、面会場所へとご案内する! エルフ諸君は、敵武装解除まで臨戦態勢で一定の距離を保て!」
その声と同時に、周囲の丘から砂埃が舞い上がり始める。
数分もしない間に敵を包囲する陣形が完成し、敵の武装解除を待つのだった。
エルフの森 ディークニクト
なんとか勝利を収めることができた。
流石にこれだけ兵力差のある状態での指揮は初めてだったので、死人が出ないかと冷や汗を流しながら戦況を見ていた。
何にせよ、アーネットが上手く敵を誘引してくれたのが良かった。
今回俺が使ったのは、島津名物の釣り野伏。
一部隊が敵部隊を誘引、誘い込まれた敵を左右や背面から奇襲して混乱したところを徹底的に叩くやり方だ。
ただこの作戦、言うは易く行うは難しという言葉のままの作戦で、誘引が上手く行っても、左右の連携が取れなかったり、そもそも誘引が上手くいかなかったりする可能性が高い作戦なのだ。
今回この作戦が成功したのは、敵がこちらを軽んじていたこと。
罠が見えない森の中での戦いだったことだ。
この二つに、こちらが勝手知ったる自分たちの森だったこともある。
「とりあえず、成功した。後は相手の出方次第だろうが、上手くいくと良いが……」
俺が一人そんな事を呟いていると、兵を引き上げてきたシャロミーに聞こえたのか、こちらに声をかけてきた。
「泣くよかひっ飛べ! でしょ? ふふふ」
「ま、そうだよな。後はなるようになれだな」
数時間後、縛られた敵の指揮官らしき人物と老騎士が護送されてきた。
恐らく縛られたのがクローリー子爵で、老騎士がその側近のウォルクリフだろう。
彼らは、俺に一瞥もせず部屋の中に入り、跪いた。
「お顔をお上げください。ウォルクリフ卿」
俺の目の前で膝をつき頭を下げていた老騎士は、ゆっくりと顔を挙げ、怪訝な顔で丁寧過ぎる俺の方を見てきた。
まぁ、面識ないと思っていればそうなるだろう。
「どこかでお会い致しましたでしょうか?」
「貴方は既に忘れているだろうが、俺は面識があるからだよ。ウォル」
俺がそう呼んだ瞬間、ウォルクリフの顔が驚愕の表情に変わった。
「一体……? ま、まさかディーか!?」
「さっきまでのかたい口調が抜けているぞ。ウォル」
「はっ! し、失礼しました。申し訳ないことを……」
俺の指摘に慌てて元に戻そうとするウォルに俺が笑いながら本題を話し始めた。
「ハハハハ、気にするな。まぁとりあえず、今後の事から話さなければならないから、旧交を温めるのはもう少し先だ。さて、今回我らが里へと攻めた理由を子爵殿から聞かねばな」
俺が冷淡にそう言い放つと、子爵が一瞬びくりと震えて怯えながらこちらを見てきた。
さぁ、どうしてやろう。
次回投稿は5月14日予定です。
今後もご後援よろしくお願いします。