2-16
本日2本目2-15からが本日分です。
まだの方はお戻りください。
ベルナンド近郊 ディークニクト
夜が明けるころ
エイラとケインとガスの3人から報告が来た。
エイラの方は、門の周辺に人影はなく罠らしいものも無かったということだ。
また、ケインとガスの方も、随伴艦や走舸合計30数隻を沈没または、倉庫と思しき場所を水浸しにしたと報告があった。
「上々の序盤戦と言ったところだな」
「いえ、まだまだ序盤戦です。ここからが肝心の本戦です」
俺がその報告に満足そうにしていると、カレドは気を引き締める意味でも少しきつめに行ってきた。
こういう用心深いところは、俺も見習わなければならない部分だろうな。
「確かにカレドの言う通りだ。これからが本番だ。相手の補給はしばらく混乱する。この混乱に乗じて我らは戦果を拡大する。その為にも、各自の奮戦を期待する」
「「はっ!」」
「さて今後の予定だが、まずは君たちに今回使ってもらう兵器を見てもらおう」
俺がそう言ってカレドに持ってこさせたのは、弩である。
弩とは、クロスボウの様な形をしたもので、強く絞られた弦から弓で使う矢の2倍ほどの太さの矢を打ち出す装置である。
「弩だな。これを歩兵に持たせるのか?」
「うむ、我らエルフには弓矢がありそちらの方が、遥かに命中精度が良い。だが人族の場合はそうもいかない。我らほど命中精度は良くないからな」
そう弓矢は、修練に時間がかかるのだ。
対して弩は、矢のセット方法さえ理解できれば、後はトリガーを引くだけで矢が飛ぶのだ。
ただ、問題点もある。
矢の太さが太くなった分、射程距離が短くなること。
そして、どうしても命中率が悪いのだ。
弩は横向きになっている関係上、弓と違って目付がしにくい。
一応目付用のターゲットポイントの様なものは付いているが、それでもやはり見にくいのだ。
そして、その命中精度の悪さから、ある程度の集団で運用するしか方法がない。
「今回、我が軍でこれを運用するのは、約千張だ。ただ、二つの部隊に分けるので、結局500ずつしか運用できないが、今回の場合は大丈夫だろう」
「その理由は聞いても良いのか?」
俺がそこまで説明すると、トリスタンが質問をしてきた。
「あぁ、その理由は道幅だ。この街の中心部は広い道が多く、厄介なのだが今回の奴らのアジトがある場所は、道幅の狭いスラムに近い地区なんだ。だからこちらの弩部隊もそこまで横に大きく広がれない。精々あっても横並びで5人分だからな」
「なるほど、展開できないなら数が居ても居なくても一緒なのか。……ってそれ大丈夫なのか? オーガを相手に」
「まぁぶっちゃけると、オーガ相手には火力不足だよ。だけど今回はあくまでオーガの足止めがメインだから大丈夫だ」
俺がそう言うと、今度はアーネットが大きく頷いてから声を挙げた。
「そう、この俺がオーガを叩きに右へ左へと動くからな。安心して足止めしてくれ」
アーネットに頼り切るのは、いささか辛いが現状の我が軍ではこれが最善になってしまったのだ。
「まぁそれにアーネットだけじゃなくて、俺も居る。俺とアーネットで連携して奴らを一体ずつ消していくから安心してくれ」
俺がそこまで言うと、皆から異論は出なかった。
俺はそんな彼らを見まわしてから、命令する。
「それでは、これより作戦を開始する。各自最善を尽くすように!」
「「はっ!」」
ベルナンド市街戦
この日最初の先端が開かれたのは、キングスレー軍が動き始めて1時間ほど経った頃だった。
分かれ道に差し掛かる前に頭上から敵を攻撃し、その進軍速度を緩めてやろうというオルト軍のたくらみからだった。
「敵がこちらに向けて接近中! 数およそ1000です!」
「おいおい、見ろよ第一軍の将は女だぞ! それもえらく抱き心地の良さそうな奴だ! あいつだけは生きてて欲しいな」
「あぁ、全くだ。あの強気な顔も良いねぇ。流石エルフは美男美女揃いって言うだけあるわな!」
その下卑た嗤いを受けていたのは、第一部隊を率いているシャロミーであった。
彼女の類稀な銀髪の美貌は、やはり目を引き、そして遠目に鎧越しでも分かる豊かな胸は山賊上がりの兵たちに下品な妄想をさせるには十分だった。
もちろん、当のシャロミーも彼らのそんな嗤いを遠目から確認していた。
(全く、人族の男というのはああいう下卑た奴しか居ないのだろうか)
そんなことを考えながらも、シャロミーは任された部隊の指揮を全うしていた。
「敵が頭上に展開している。慎重に行軍しろ! 盾を上に掲げろ! 必ず落ちてくるからな!」
彼女が叱咤激励したのとほぼ同時に、エルフで構成された頭上強襲部隊が一斉射撃を行った。
「て、敵襲! 敵は同じく建物の上から攻撃をしてきています! それも直射です!」
「な、なに!? ここの近くには建物は無かっただろうが!」
「約50メートル離れておりますが、敵の弓兵の射撃が到達しています!」
敵が混乱するのも他ならない。
弓矢というのは、基本的に直射で30mが有効射程圏で、それ以上になると高い場所から低い場所に向けて撃つか、曲射しなければならない。
曲射する場合、どうしても直射に比べて軌道が山なりになり、威力が落ちるという欠点がある。
だが、エルフは違った。
同じ弓矢を使っても、風除けの魔法のおかげで1.5倍の飛距離差が出るのだ。
「ちぃ! て、撤退だ! 奴らがこっちに来れない間に撤退するぞ!」
この指揮官の判断は、決して間違っていなかった。
予想外の敵の攻撃を受け、踏みとどまる危険よりも逃げることを選択したのだ。
通常ならこれで仕切り直しとなり、敵は追ってこれなかった。
そう、通常ならば。
「よう! どこへ撤退するって?」
そう言って彼らの後ろから現れたのは、エルフというにはあまりにも巨漢な男であった。
手に彼の身長と変わらないくらいの大きさの棘付きの鉄の棒を抱え、笑っていたのだ。
「な! どこから!?」
建物の間はゆうに50m近くある。
その距離を普通の人であれば超えられない、否越えられるはずがないのだ。
それなのに、真後ろに居る巨漢の男はあっけらかんと、「あっち」と矢が飛んできた方向を指さした。
「あ、ありえねぇ」
「化物じゃねぇか……」
兵たちが浮足立ったのも当然だ。
ただでさえ、あえり得ない射撃を受けていたのだ。
そこに更にあり得ない跳躍で自分たちの真後ろにまで迫った奴が居る。
その恐怖は、計り知れないものだっただろう。
そして、彼らは更に恐怖に慄くことになる。
「アーネット、いくらお前が強いと言っても単独行動をするなと言っただろ?」
巨漢のエルフの後ろから、彼ほどではないにしても引き締まった体をした黒髪黒目のエルフと、エルフの兵たちが辿り着いたのだ。
「まぁ、いいじゃねぇか、ディー。こうしてこいつら釘付けにできたんだから」
あっけらかんとした様子で言う、アーネットにやや呆れ気味にディーと呼ばれた青年は見ていた。
確かに彼らは、一瞬固まってしまった。
あり得ない射撃に驚き撤退をしようとしていたところに、巨漢の兵が来て動けなかった。
だが、それにしても後続が来るのも早すぎた。
「て、てめぇら! ここで地獄に送ってやらぁ! 野郎ども! 突撃だぁ!!!」
屋根上の部隊を率いていた指揮官が、アーネットたちに吼え、それによって正気を取り戻した兵たちが応えた。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
撤退しようとしていたのを一転し、アーネットたちエルフ部隊に襲い掛かる。
だが、次の瞬間突撃した兵たちが、アーネットの一撃で一瞬にして吹き飛ぶ。
頭が割れたもの、体が吹き飛んだもの、運よく原形を留めても建物の間に落ちて行ったもの。
その一撃を見た彼らは、一瞬にしてまた静止してしまった。
たった一撃で、彼らは振り絞ったなけなしの勇気を根こそぎ奪われたのだ。
「敵が怯んだぞ! 一斉射!」
その瞬間をディークニクトは逃がさなかった。
号令一下、射撃準備を整え一糸乱れぬ速さで一斉射した。
この瞬間、ベルナンドの屋根上強襲部隊は崩壊し、ただの動く的と化した。
だが、逃げ惑っても彼らエルフの射撃が外れる事は無かった。
一矢過たず、全てが動くものを射抜いたのだ。
「上々、と言ったところだな」
そうアーネットが言うと、ディークニクトは不満気に「独断専行をするな」とぼやくのだった。
今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m




