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キングスレー ディークニクト
シルバーフォックスのアンナを迎えに行かせて数日後、どうやら無事に保護してたどり着けたらしい。
俺が迎えに行くと、アンナは相変わらずの間延びした声で帰還を告げてきた。
「ディークニクト様ぁ、無事クリスティーさんを保護いたしましたぁ」
「ご苦労、他に報告事項が無ければ暫く休んできてくれ。また後日任務を言い渡す」
「はっ! かしこまりましたぁ」
そう言うと、彼女たちは自分の部屋へと戻っていった。
俺は、彼女たちが退室するのを見送った後、クリスティーと面会した。
「リバー社の娘、クリスティーです。この度はご助力頂きありがとうございます」
彼女は、俺の目の前に来るとそう言って頭を垂れた。
同じく彼女の少し後ろに控えていた従者――ケインとガス――の自己紹介も簡単に終わらせ、本題へと入った。
「さて、リバー社の若頭とかいう人の話では、水門は我々が到着するまで持つと聞いていたのだが?」
開口一番、俺が彼女たちの痛い場所を突くと、彼女は何も言えなかった。
彼女が中々言い出せない事に心配になったのか、ケインが口を挟んできた。
「恐れながら、あっしらのボスは簡単に負ける人じゃありやせんでした。ただ、相手が人ならざるものを使ってきやしたので……」
「人ならざるもの?」
俺が聞き返すと、今度はガスが身振りを交えながら応えた。
「ここの天井くらいの高さの人の二倍くらいある肩幅したバケモンでっさ。顔が豚みたいな顔で……、えっと確か」
「オーガか?」
「そう、それでございやす。オーガみてぇなのが出てきやして……、ボスは……」
そこまで言うと、ガスは咽び泣き始めた。
余程心酔していたのだろう。
そんな人が目の前で死んだのだ。
これ以上聞くのも、試すのも野暮というものだろう。
「相分かった。こちらも戦力を整え、相手をする予定だ。しばしの間だがゆっくりと休むがいい。あとクリスティーさんだったか? 試すような事を言って申し訳ない。良い部下をお持ちで羨ましい」
「部下? いえ、彼らは、乗組員は家族です。ケインとガスもそうですし、若頭もみな私の兄であり弟です」
「それは、よき家族だ。では尚の事お父上の仇を討つために今は休まれよ」
俺がそこまで言うと、彼女たちは安心したのか少し表情が和らいだ。
彼女たちが出て行くのを見送り、俺は一人窓辺で空を見た。
「遅れた分は、きっちりと利子付けて返してやらないとな」
ベルナンド オルト
魔物商人が持ってきたオーガは、本当に良い働きをしてくれた。
あの裏切り者を切って捨ててくれたのだからな。
「オルト様、オーガはお気に召しましたか?」
「おぉ、商人殿。最高の戦力だったぞ。あの剛力だけはすごかったリバーの奴を一撃だったからな」
後ろから話しかけてきた例の魔物商人は、俺が笑っているのを見て目を細めてきた。
正直名前すらよく分からない奴だが、こんなに良いものを売ってくれたのだ、今後の取引も考えねばならない。
「オーガはまだ何体かご用意できますので、いつでもご命令ください」
「なんと!? まだあの剛力の魔物を数体用意できると? 素晴らしい! 是非とも譲って頂きたいものだ」
俺がそう言って身を乗り出すと、男は口の端を釣り上げて「しかし」と続けてきた。
「流石にそう何体もお試し価格ではご提供できませぬ。せめて白金を100枚ほどご用意いただかねば……」
「白金100枚だと!? そんなものがすぐおいそれと用意できるか! よしんば用意できたとしても、その後使い道もない奴をそんな何体も……」
俺が頭を振って大げさに値引き交渉をしようとすると、男はそっと声を潜めてきた。
「なに、こいつらを使ってこの領土全てを征服するのです。そして、キングスレーを陥落せしめた後は、王都へと攻めあがるのですよ。そうすれば、貴方様が国王となられる。お代はその時でも構いません」
「な!? そ、それは確かに魅力的ではあるが……。ムムム……」
確かにそれは魅力的な提案だった。
しがない地方の野盗から始まり、商人もどきとなり、時の領主であった第二王子に気に入られて成長した。
もちろん代わりに汚い仕事もさせられた。
だが、そんな奴も消えたのだ。
次の領主を俺が倒したとしても……。
俺の中にどす黒い欲望が渦巻くのが分かった。
街を奪い、領主の座を奪い、国王の座も奪う。
そう、俺達にはその力があるはずだ。
このオーガという力が。
「どうですか? なってみませんか? 国王に」
「本当に出世払いで良いのだな?」
「えぇ、どうぞ。ただし、国王を目指す気が無くなったと判断いたしましたら、我々は即座にオーガを連れて帰ります。その事だけを肝に銘じてください」
そう言うと、商人は目の奥をほんのりと赤く怪しく光らせるのだった。
オーガを使って、王になれる。最高じゃないか。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




