2-11
ベルナンド オルト
「クリスティーを逃がしただと!? 貴様らあれがどれだけ危険な存在か分かっているのか!」
俺の怒鳴り声に部下数名が首をすくめる。
せっかくリバー廻船の頭領をやったのに、娘を逃がしては意味が無い。
これで、やつらは完全に新領主の側についてしまう。
「ちぃ! 全くどうしてくれよう……」
イライラが募り、頭が湯だちそうになっていると、痩せぎすの男が一人入ってきた。
男は、眼光鋭く俺が苛立っているのを見ると口の端を歪めてきた。
「やぁ、オルト兄さん。随分と苛立っている様だね」
「あぁ? 喧嘩売ってんのか、オルグ? なんだったら外で買ってやるぞ?」
俺が凄むと、オルグは両手をヒラヒラと上に挙げてきた。
「戦う気もねぇのに絡んでくんじゃねぇ」
「まぁそう言うなよ。兄さんが取り逃がしたクリスティーを俺が捕まえようじゃないか」
「おめぇの子飼いが、だろ?」
俺が強調してそう言うと、オルグは少しムッとした表情をしたが、すぐに取り繕ってきた。
全く、腹の底も見せられねぇ野郎が粋がりやがって。
俺はそんな事を思いながらも、奴の提案には乗ることにした。
「まぁどっちでも良いわな。そっちで連れてこれるなら連れて来てくれや」
「じゃ、連れてこられたらクリスティーは俺が貰って良いかな? 兄さん」
クリスティーを貰うだと? 要するに自分がリバー社の頭領になって、ロードスを抜けるってことか。
まぁ落ち目のリバー社持って行ってあいつに何ができるってところだ。
こっちとしては、不和の芽が無くなってくれるだけありがたいというものだしな。
「ちっ! 抜け目のねぇ奴だな。仕方ねぇ連れ戻せたらてめぇにやるよ」
「お? まさかの快諾を貰えるとはね。それじゃうちの手の者を派遣しておくよ。おい、聞いての通りだ、行ってこい!」
オルグがそう命じると、近くに居た男がすぐさま走り出した。
まぁいくら足が速くても、もうすでに4日以上経っている。
領都までの旅路を1週間と見積もっても、半分以上終わっているから追いつくことは無いだろう。
あぁ~、どうしたもんかな。
リバー社の奴らを盾に抵抗をしてやろうと考えていたのに、おじゃんになっちまった。
まぁ、あの女狐から物資をたんまり奪って、頑張って抵抗するかね。
キングスレー近郊 クリスティー
アンナという、間延びした話し方をする狐人族の案内で旅を始めて1日。
少なくとも彼女が私たちを害しようとしている事は無いと思えてきた。
「クリスティーさんはぁ、とっても綺麗な髪ですねぇ」
「ありがとう、アンナさんもその耳とっても可愛らしいですよ」
というか、この子相手だと害される、という心配すら起きない。
間延びした話し方、少し垂れた目尻。
ぴょこぴょこと私の周りを興味深そうに歩く姿には、安心感しかないのだ。
そんな彼女が、戦闘になった瞬間、早業の様に棒状の塊を放り投げて相手を殺していくのだ。
この棒状の武器は、棒手裏剣と言うらしく東方に起源のある武器だと言う。
運河で貿易品の荷運びをしていたが、こんな武器は初めて見る。
「その、棒手裏剣は投げて使うものなのですか?」
私は、彼女が片時も袖の内側から外さない手裏剣を指さして訪ねると彼女はニコニコと笑いながら答えてくれた。
「これはぁ、投げる事よりもぉ、相手の目とかぁ、喉を潰すんですぅ。私はぁ、投げるほうがぁ、使いやすいなぁって思って投げてますぅ」
「という事は、これは仕込み杖の様な暗器という事ですか?」
「まぁ、一般的にはぁ、暗器ですねぇ。ただ、私もぉこれ使い始めたのがぁ最近なんでぇ、よく分かってないんですぅ」
「え? その割にかなり使い慣れてましたが……」
私が驚いてそう言うと、彼女は少し照れたような顔をした。
そういうところは、年相応と思えるのだが、出てくる言葉が物騒なのだ。
「これでもぉ、小さい時からぁ暗殺とかぁ、いっぱいしましたからぁ」
「……そ、そうなんだ」
私が相槌を打つと、彼女はニコニコとしていた。
全く私が引いているのにも気づかずに。
そんな会話をしていると、彼女と連れの男が同時に動きを止め、周囲を警戒し始めた。
「クリスティーさん、少し隠れてもらえますかぁ?」
「え? どうしたのですか?」
私が聞き返すと、彼女はそれまでのニコニコとした笑顔から、真顔になって「敵ですぅ」とだけ答えてくれた。
こんな時まで間延びするんだ、とは思っても口にできなかったが。
私たちが茂みに隠れて数分後、休憩中の旅人を装ったアンナさんたちに数騎騎馬が駆け寄ってきた。
「おいそこの! この辺りに栗色の長い髪をした女は通らなかったか?」
「いんえぇ、知りませんねぇ」
「あ、もしかしたらですが、儂らよりも少し前に道を外れて歩いていく人影がありましたので、そちらがお探しの方やもしれませぬ」
アンナと男はとぼけた調子で、騎馬の男たちにあらぬ方向を指さして見せた。
男たちは、少し考えたのちに、1人だけを向かわせて残り5騎ほどが残った。
「みなさんでぇ、追いかけなくてもぉ大丈夫なんですかぁ?」
「貴様らが嘘を言っている可能性があるからな」
「そんなことございませんよ。私たちはしがない旅人です」
アンナたちがとぼけるが、男はその様子に怪しさを感じたのか鞘から剣を抜いた。
「騎士様ぁ、これは一体どういうことですかぁ?」
「これが、貴様らが怪しいという理由だよ! どこの世界に剣を突き立てられて平気な旅人が居るか!」
男はそういうや否や、刺突してきた。
アンナは、その剣をしゃがんでかわすのと同時に、後ろで弩を構えていた騎兵に棒手裏剣を投げつけた。
棒手裏剣は、過たず弩兵の持ち手の甲に当たる。
そこに横にいた兵士が、アンナに向かって斬りつけてきた。
上段からの打ち下ろしに、アンナが一歩下がって剣先をかわす。
そのかわした先を先ほど刺突してきた男が、今度は横なぎに剣を払ってきた。
「おぉ、良いコンビですねぇ」
こんな状態でも、彼女の間延びした声は耳に入る。
そして、その余裕ともいえる態度と同じように、横なぎの剣筋を背面飛びでかわした。
もちろん、ただかわしただけではない。
背面飛びをした瞬間、打ち下ろしてきた男の騎馬目掛けて棒手裏剣を放っていたのだ。
不十分な体勢から放たれた手裏剣は、馬の頭部に命中する。
一瞬馬が驚き、飛び跳ねて、男は空中へと放り出される。
「な!? あの体勢から!?」
横なぎに剣を出した男が驚愕の表情で、一瞬注意を反らす。
その瞬間をアンナも見逃さず、素早く懐から出した粉を馬に向かってまき散らした。
粉が馬を覆った瞬間、突如馬がまた跳ね飛び、背中の男が必死になってしがみつく。
アンナが3人の男を同時に相手取った間に、もう一人の男の方も他の二人を制圧していた。
ここまでわずか1分にも満たない間である。
いや、下手をすれば30秒程度だっただろう。
前回ならこれで終わっていたのだが、馬にしがみついていた男が、馬をなだめて態勢を立て直していた。
「ちぃ! 同時に5人を相手にするだと!? 冗談の様な奴め!」
「わぁ、あれを喰らってぇ落ちずに態勢を整えるなんてぇ、すごいですねぇ」
アンナは本気で感心していた。
だけど、間延びした彼女の物言いでは、私も相手の男も挑発しているようにしか聞こえなかったのだろう。
男はカッと目を見開いて切り付けてきた。
「愚弄するか!?」
「えぇ!? 私ぃ本当に感心したのにぃ」
アンナが少し涙目になりながら、本音を言っているが、それすらも攻撃を受け止められた男からしたら侮辱にしか見えないのだろう。
男は、二度三度とより激しく攻め立ててきた。
「畜生! 畜生!! 畜生!!!」
ただ、男の攻めは三度を数えた次の瞬間、隣から飛んできた手裏剣が側頭に突き刺さり終わるのだった。
全くもってあり得ない。
これだけの戦力差を個人の力で補うなんて。
「クリスティーさん、ご無事ですかぁ?」
危機が去った後も、私はしばらく呆然としているしかなかったのだった。
次回更新予定は6月29日です。
後2日で2万文字(;´・ω・)
今後更新時間が17時でなくても更新しているかもしれません。
もう、書けたら出すくらいでないとHJ間に合いませんので、誤字などありましたらご報告頂けると幸いです。
文章的に物語的に読めないものは、プロとしての意地で出さないつもりです。
今後もご後援よろしくお願いいたしますm(__)m




