1-3
エルフの森入口付近 クローリー・フルフォード
さて、森の近くで一応宣言はしてみたものの、エルフたちに動きが無い。
恐らく木々がざわめいていたので、エルフたちは近くに居ると思うのだが。
私がそんな事を考えていると、小うるさい老人がやってきた。
「クローリー様! 今からでも遅くはありません、早まったマネはお止め下さい! エルフたちとの約定を違えたなどと周囲にしれては……」
「くどい、私が決めたのだ。何か不服があるのか?」
「不服ではなく、御諫めしているのです! このままでは他の派閥からあらぬ指摘を……ただでさえ、微妙な立ち位置なのですから」
そう、我が領土は大変微妙な立地条件にある。
第一王子派と第二王子派の丁度境目の領土なのだ。
そのせいもあって、両陣営からエルフの涙を寄越せと言われているのだ。
ただ、我が子爵家は絶対中立の家である。
片方にだけ肩入れするわけにはいかないのだ。
今回は、両者に渡す為にも何とかして数をそろえなければならない。
その為にも、出し渋っている奴らから手に入れなければ。
「このエルフの里は我が領内にある。我が領内にあるものは誰のものだ? ウォルクリフ」
「確かにクローリー様の物です。ですが、エルフとの約定は初代様が契約されたものです。その約定を破って、しかも攻めたなどとなっては大変な事になります」
「わかっとらんな、ここで私が両陣営に恩を売らねば我が領土は安泰といかんだろう?」
そう、ここで両陣営に恩を売っておけば最悪攻められることも、戦後処理で不利になることもない。
いや、うまく立ち回れば、より大きな利益も得られよう。
「ウォルクリフ、これ以上私を怒らせる暇があるなら、攻撃準備をせよ!」
「ぐ……。私は御諫めしましたぞ?」
ウォルクリフはそう言うと、部隊へと戻っていった。
やっと小うるさい爺やが帰ってくれた。
私がやれやれと思っていると、見張りの呼ぶ声が聞こえてきた。
「エルフたちが出てきました! 総勢……約50!」
見張りの叫ぶ声を聴いた私は冗談ではなかろうかと耳を疑った。
こちらは2千もの兵を連れているのだ。
それに対して100に満たない数などあり得ない。
いや、100であってもおかしいのだ。
「敵は……、確かに50人ほどだな。それほど飢えているのだろうか?」
ここ最近、麦の量はかなり絞っていた。
その他の食料も飢饉で下げられたので、調子に乗って下げたら、昨年一昨年と取引の中止を通告された。
確か、里長のディークニクトとかいう奴だったか。
エルフはプライドが高いと言うが、死を選ぶほどだとは思わなかった。
「クローリー様! 敵軍が何かを言っています」
見張りの兵からの声と同時にいきなり大きな声が周辺に響き渡った。
「あ、あぁーテステス、マイクテス! 愚かなるフルフォードよ! 自分のした事を棚にあげ、軍を率いてくるとはどういった了見か? 貴様の頭の辞書に常識という字が入っているなら即座に撤退せよ! 繰り返す、即座に撤退せよ! あ、あと糧秣は置いて帰れよ!」
そう言うと、ドッと大きな笑い声も聞こえてきた。
「あの者ども…………」
私が怒りに震えていると、先ほどの声を聴いて部隊から飛んできたのか、ウォルクリフが近くに来た。
「クローリー様! お抑え下さい! 明らかに罠です。安い挑発にはお乗りになってはなりませぬ!」
「うるさい! ウォルクリフ! それ以上臆病風に吹かれたことを言ったら、祖父の代から仕えるお前でも首を刎ねるぞ!」
私の怒鳴り声に驚いたのか、ウォルクリフはグッと言葉を飲んだ。
もう、これは引けないのだ。
ここで、軍を引けばそれこそ我がフルフォード家の名誉にかかわることだ!
「現段階を持って命令を発令する! 全軍奴らを八つ裂きにしろ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」
私の命令と同時に騎馬隊が一斉に走り出した。
騎馬の速度を持って、一気に奴らに肉薄し、殲滅するつもりだろう。
高々50程度の相手だ。
こちらは一気にせん滅して終わる。
私がそう思っていると、敵はこちらが動き始めたのを見た瞬間、反転して森の中へと消えるのだった。
「奴らはこちらの迫力に押されて逃げたぞ! 里まで襲撃しろ! 銀髪の女以外はお前たちの好きにしてよいぞ!」
命令を下すのと同時に、私も馬に騎乗して敵を追い始めた。
もちろん、後ろからはウォルクリフが「出過ぎですぞ!」などと言っているが構うものか。
相手は逃げ腰なのだ。
今のうちに叩いて、どちらが上かはっきりさせておかねばならない。
エルフの森 アーネット
どうやら敵さんはこちらの挑発に乗ってくれたようだ。
騎馬がいきなりこちらを目掛けて走ってきた。
そして、少し振り返って見てみると、敵の総大将であろう人影もこちらに迫っている。
「作戦の第一段階は成功だ。このまま騎馬を歩兵と引き離すぞ!」
「「おう!」」
俺の命令に全員が頷いた。
敵はおそらくこちらが腹をすかして力の出ない状況だと思っているのだろう。
だからこそ、安い挑発でも相手は安心して突っ込んでくる。
というのは、ディーの言葉だ。
「しっかし、ディーはすごいな。敵の動きをこうも完璧に読み切るとは……」
俺が感心していると、敵の騎兵が徐々に近づいて……、来てない。
後ろを振り返ると、獣道に四苦八苦しているのだろう。
騎馬が予想以上にスピードが出ていないようだ。
このまま引き離しては、相手を上手く罠に誘い込めない。
仕方が無いので、ここは少し挑発しながら進むしかないだろう。
「おい! 見てみろ! 腹減って力の出ない俺達よりも遅いぞ! どうやらフルフォードの兵は乗馬が下手らしい」
俺達がそう言うと、見る間に敵の騎兵の顔が怒りで真っ赤になってきた。
まったく、貴族というのはこうも簡単に挑発に乗るものなのだな。
「おい! 下手くそたちが顔を真っ赤にして怒っているぞ! 追いつかれたら大変だ! 逃げろー」
そう言って、笑いながら俺達が逃げると、先ほどまで小枝などを気にしていた騎馬隊はこれでもかというくらいの速さで追いかけてきた。
本当に馬鹿が多い。
罠があるに決まっているのに、怒りで回りが見えなくなるとは……。
おっと、これ以上は俺も同じか。
考え事をしながら走っていると、敵があと少しというところまで追いつき、武器を振りかざしてきた。
次回更新は5月12日予定です。
今後もご後援よろしくお願いします。