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キングスレー 内務官
いきなり新領主様からのお達しで、呼び出しをされてしまった。
何やら、全員と一度顔を合わせたいとか。
ただ、正直怖くて仕方ない。
領主になられたディークニクト様もそうだが、傍に控えていた巨漢のアーネット様。
あの虎すら視線で怖気づかせてしまいかねない方が居るのだ。
私は、彼に睨まれただけで失禁してしまいかねないと思ったくらいだ。
そうんな事を考えていると、ついにというか、領主様の指定された部屋へと着いてしまった。
ただ、こんな所でぐずぐずしても仕方ない。
思い切ってドアをノックすると、「入れ」と短く返ってきた。
「し、失礼します」
私が部屋に入ると、領主様は机に広げた資料から目を離さずに席を勧めてきた。
「うむ、とりあえずそこの椅子に腰かけてくれ。少々忙しいので作業をしながらになるが、気にするな」
「か、かしこまりました」
勧められるがままに椅子に着席して辺りを見回す。
どうやら今日は、アーネット様は居ないようだ。
少し安心した私に、いきなり領主さまは声をかけてきた。
「そこの机の上に資料の写しがあるだろう。それを見てくれ」
そう言われて私が机に目を移すと、2枚の資料が置いてあった。
一枚は、過去に私が徴税官をしていた時の報告書。
もう一枚は、恐らく内務官クゾー様が作ったもの。
私が2枚の資料を熟読していると、領主様が顔を上げて質問をしてきた。
「お前に聞きたい事はまず一点。その徴税資料についてだが、何故徴税量に多い少ないがあるのか?」
私はそう言われた瞬間焦った。
何故か? それは徴税で誤魔化した訳ではないが、民からの訴えを聞いて徴税量を下げたからだ。
特にこの年は、小規模な洪水が発生して大変な状態になっていた。
そんな状態もあったので、民からの徴税を官吏の権限範囲内で調整したのだ。
「そ、それはこの年に小規模ですが洪水が起こっておりまして、その為に官吏権限で減らしました……」
「ほう、お前の役目は『徴税』することだろう? 何故減らしたのだ?」
うっ……、これは処罰される流れじゃなかろうか。
確かに、私のやった事は貴族からしたら税を誤魔化した様に見えるのだろう。
「確かにその通りでございます。ですが、民が困窮しては意味が無いと私は考えます」
「ほう、では民が嘘をついているとは思わないのか?」
「嘘は吐いておりません!」
「何故言い切れる?」
「実際にこの目で見て、復興を手助けしたからです!」
私がそこまで言うと、領主様は瞑目した。
私は、間違ったのだろうか? 父よ、母よ、もし職を失ってもどうか私を怒らないでください。
私は、私の信念を貫いた結果なのですから。
祈りを心の中で捧げている私を、領主様がまたカッと目を見開いてみてきた。
「ふむ、良かろう。では、もう1つの資料を見て感じる事を言え。嘘偽り、忖度なんぞは要らぬ。ここでの会話は俺とお前の間でだけで終わりなのだから」
これは、許された? だがもう1つの、この資料について間違えずに答えられたらなのだろう。
私は目を皿のようにして、資料を食い入るように見つめた。
どこか、何かがおかしいかもしれない。
きっと領主様もそのおかしい点を感じておられるのだ。
ただひたすらに、資料を微に細を穿つほど見て気が付いた。
この項目、一つ一つはおかしくないが、どこか被っている部分があるのだ。
「お、恐れながら、申し上げます。この資料、こことここがおかしいと私は愚考いたします」
そう言って、資料の二点を指し示した。
それを見て、領主様は若干――本当によく見てほんの少し――だけ表情を崩した。
そして、その指摘を確認するかのように聞いてきた。
「では、その矛盾が意味するものはなんだ?」
この矛盾が意味するもの……。
「はっ!? ま、まさか……、いやあり得ない事は……」
「独り言を言うな、ちゃんとこちらに分かるように言え」
「あ、いや、しかし間違いという可能性も……」
「構わん、採不採用は俺の責任だ。お前が気にするな」
領主様は力強く言ったのと同時に、目に力を――否、殺意を――込めてきた。
「ひぃぃ! お、恐らくですが、ク、クゾー様が、う、裏帳簿を……着服をしている疑いが……」
「よくぞ、言い切った。お前の名は?」
一瞬にして殺気を消した領主様に安心した私は、安心から放心していた。
「……名は無いのか? お前には」
「……はっ!? す、すみません! 私はケリーと申します!」
少し苛立った声を聴いてハッとした、私は、一瞬にして血の気が引いた。
名を聞かれて、それすら即答できない愚者ととらえられたかもしれないと。
だが、この考えは領主様の次の言葉で杞憂に終わった。
「では、ケリー。お前を次の内務官長として抜擢する。内示が出るまでこの件に関する口外を禁ずる。良いな?」
「はっ! ありがとうございます?」
私が何になるって? 内務官長!?
内務官長と言えば、クゾー様が今されている役職。
この領内の業務と、金銭の管理を司る部署の長じゃないか!?
一回の官吏からしたら大出世だ!
「さて、用件は終わった。退室して良し!」
「はっ! 粉骨砕身頑張らせて頂きます!」
次回更新予定は6月20日です。
本日地震がありましたが、無事でございます。
まだ余震があるやもしれないので油断できませんが(;´・ω・)
今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m




