8-18
獣王国 アーネット
あれから何合打ち合っただろう。
既に日が暮れ始めている。
「エルババ、いい加減諦めたらどうだ?」
「はっ! 面白い冗談だ! お前の方こそ諦めたらどうだ?」
エルババは、軽口を叩いているが先ほどから家久に刺された脇腹から血が流れている。
それだけ気力、筋力を使い切ってきているという証拠でもあるが、同時に俺の方もかなりボロボロになってきている。
腕からは力が無くなりつつあり、足腰も先ほどから踏ん張りがきかなくなってきている。
お互いに打ち合ってきたが、次が最後となるだろう。
俺は、武器を肩に担いで少しずつエルババに近づく。
エルババも、俺に向かって少しずつ近づいてくる。
ゆっくりと、お互いの武器の間合いに入った俺達は、その場で最後の一撃を入れる為に力を腕に込めた。
「次が、最後だな……、楽しかったぞ。アーネット」
「あぁ、満足してあの世に行ってくれ。エルババ」
「ほざけ」
俺達は、互いに軽口を言い終えると押し黙った。
この一発に全てを賭けるために。
「ふぅ……。ハアッ!」
俺が気合と共に、最後の一発を打ち出す為に足から腰、腰から胴、腕へと力を伝えていく。
そんな俺とほぼ同時に、エルババも足から腰、腰から胴、腕へと力を伝え、ねじってくる。
互いの武器が、轟音と共にかち合う。
武器がかち合ったのと同時に、地面に一瞬にしてひび割れが起こった。
その瞬間、エルババは急にバランスを崩し武器にかけていた力が抜ける。
「エルババぁぁぁぁ!!!」
俺は、その瞬間自分の最後の力を振り絞って、エルババの胴目掛けて鉄棒をぶち当てた。
「ぐふぅぅッ!」
クリーンヒットだったのだろう。
エルババは、盛大に地面にたたきつけられ、吐血して倒れた。
そんな俺達の様子を、遠巻きに見ていた兵たちはやっと決着がついた事で、歓声を一気に上げた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!! アーネット様がやったぞぉぉ!!!」
「我らがアーネット将軍の勝ちだぁぁぁ!!!」
エルババを打ち倒した、俺は立っていることもできず、腰を下ろして辺りを見回した。
周りはほぼ全て、エルフリーデの兵たちで埋め尽くされ、獣王国の兵はほぼ居なくなっていた。
また、獣王国の残っていた兵たちも俺達の戦いに圧倒されていたのだろう。
戦う事を忘れて魅入り、そしてエルババが負けて落胆していた。
これで、獣王国は終わったのだから。
エルフリーデ王国 ディークニクト
アーネットが出撃したという一報が俺の元にもたらされたのは、奇しくも北からの遠征部隊が帰ってきた頃だった。
「兵の状態と持たせていた食料の残量を、今すぐに調べろ! 北部の戦線に投入していた兵力を、多少でも獣王国との決戦に回せるようにするぞ!」
俺が玉座から立ち上がりそう命じると、クローリーが厳しい顔をして出てきた。
「陛下! これ以上の戦争はなりません! 何の為に将軍に現有戦力でと言ったのですか!? ここで援軍を出しては意味がないではないですか!」
「だからと言って見捨てろというのか!?」
俺が即応すると、クローリーは一瞬怯みかけたがすぐさま歯を食いしばって反論してきた。
「それは違います! ですが、今は将軍を信じるより他ないのです! 軍に明るくない私でも、今から援軍を送っても到着はほぼ間に合わないと分かっています! その事に陛下が気づいてないはずはないでしょう?」
「ぐっ……」
そう、ここから援軍を送っても恐らく既に交戦状態にあるであろうアーネットには意味がない。
いや、むしろ戦略的に考えれば戦力の逐次投入と言っても良い状態になってしまう。
「陛下が心配をされるのは、よく分かります。ですが、今は命じられたからには、信じて待つのも君主たるものの役割です」
「……分かった。クローリーの、宰相の言う通りだ。ただ、現状を知らねばならんから、兵の状態と食料の残量はすぐに調べてくれ」
「そちらに関しては、大丈夫でございます。しっかりと手配させていただきます」
俺は、クローリーにそういうとドカッと玉座に腰を下ろした。
流石に兄弟のように育った相棒を、失いたくはないと思ってしまったのだろう。
「……夷陵に進軍した劉備の気持ちをこんな所で知ることになるとはな……」
俺がそうぼやいていると、諸将を集めていた部屋に門兵の急使が走りこんできた。
何事かと、一瞬部屋が騒然としたが、次の瞬間発せられた急使の言葉に、全員が唖然とした。
「東門より、ジーパンの使者が来訪! 陛下との謁見を申し出ております!」
ジーパン、港町ベルナンドでこちらにちょっかいを出してきた国だ。
魔法と海洋技術に秀でた商業国家だが、その実はまぁ海賊国家というやつだ。
「ジーパンの使者が来るとは、一体どういう風の吹き回しだ? まぁよい、会おう。使者というならば、礼を尽くして案内してさしあげろ」
「はっ! かしこまりました」
急使はそういうと、すぐさま部屋をあとにして走り去った。
再三こちらから、来いと言っても来なかったジーパンが今更何の用なのか……。
面倒事でなければ良いのだが……。




