8-14
獣王国 アーネット
家久を送り出してから1日。
俺達は、指定された場所へと移動していた。
この場所は、森が一番迫っている道幅の狭い場所だ。
「将軍! 敵兵の釣り出しに成功した、との報告が来ました」
伝令からの報告を、ローエンが俺に告げてきた。
俺が、頷いて応えるとそれっきり誰も一言も発さない。
恐らく、全員が緊張しているのだろう。
俺達は、散々やられたからこそわかる難しさを感じていたのだ。
釣り野伏とは、釣り部隊が相手を誘引し、それを俺達が合図も無しに叩くのだ。
そう、合図が無いのだ。
肌感覚で、こちらと家久の連携を取らなければならない。
また、こちらも相手を包囲殲滅するために部隊を分けている。
その部隊間でも、同時にかからないといけないのだ。
「……それでは、将軍。私は向こう側へ」
ローエンは、俺にそう言うと屋根部分だけ張った簡易天幕を出ようとした。
「ローエン、合図は覚えているな?」
そんなローエンを、俺が呼び止めると、彼は厳しい顔で頷いてきた。
「敵の中ほどで奇襲をかける、ですね」
「あぁ、その通りだ。攻撃に移った後は、お互いの部隊で同士討ちしないように掛け声を出す」
「チェスト、でしたか? あれは、何か意味があるのですか?」
怪訝な顔でローエンが、訪ねてくる。
だが、俺には肩をすくめるくらいしかできなかった。
何せ、俺はおろか島津の元血縁だというディーですら知らなかったのだ。
「さぁな、掛け声とだけ思っておけばいいんじゃないか?」
「そうですね。今考えても仕方ないことでした」
ローエンは、そう言うと反対側へと移動していった。
彼が行くのを見送った俺は、再度地図へと視線を落とした。
釣り出しが予想よりも早い。
恐らく、エルババの焦りがあってのことだろう。
どうにかこちらは、場所取りは出来た。
だが……。
考えをまとめていると、突然伝令兵が走りこんできた。
「将軍! 敵を釣りだした家久様が……!」
「家久がどうした!?」
「家久様が、既に肉眼で視認できる距離まで下がってきております!」
「な!? 速すぎるぞ! ……至急準備を急がせろ! 敵が来たら出撃する!」
命令を下すと、伝令兵はすぐさま駆けだした。
視認できる距離、となるともうそんなに時間はない。
恐らく、数分もしないうちに敵がここを通過し始める可能性があるのだ。
「家久め! 時間を稼ぐなりなんなりできなかったのか!?」
俺は、悪態を吐きながらも準備を進めた。
一刻の猶予もない。
獣王国 島津家久
「この負け犬どもが! 待たんか!」
「てめぇなんかと戦っていられるか!」
追いかけてくっエルババに対して、兵たちが悪態を吐いちょっ。
なんとか敵を釣り出すとには、成功した。
それも、敵総大将を釣り出せたど。
大成功ちゆてん過言じゃなか。
だが、そのせいで面倒な事も起こっちょっ。
化物過ぎっとじゃ。
獲物が大きすぎて、おいでは太刀打ちができん。
いや、太刀打ちどころか十合と持たんで殺らるっ自信があっくれだ。
「あとは、網が破けんこっを祈っしかなかか……」
おいが、独り言ちながら後方を一瞥すっと。
大柄で毛むっじゃらな男が、人ん背丈はあろうかちゆ大きな得物を持って迫ってきちょっ。
それも、騎兵を徒歩で率いて、だ!
「あげん出鱈目、アーネット殿だけにしてくれ……」
おいは、おらびながらも今度は前方を見た。
なんとか部隊を隠してほしかてった場所まで、やってきたど。
後は、敵大将をいけんか、あそけ入れて……。
そこまで考ゆっと、おいは一つ不味かことを思い出した。
「……そういえば敵ん後方部隊が、どけ居っか分からん」
そう、無我夢中で逃げてきたせいで敵ん部隊が見えんくなったど。
「2万のうちん1千しか連れて来ちょらんが、アーネット殿は分かってくるっとじゃろうか?」
敵部隊ん中ほどで奇襲をかけて倒す。
こいが、最初に頼んどった事など。
なんに、おいが連れてきたんな総大将と騎兵1千程度……。
もし、見逃されたや……。
「ゾッとせんな……。神仏ん加護を祈ろう……」
おいは、そうゆと再び後ろん様子を確認すっんやった。
今後もご後援よろしくお願いします。




