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2018.05.08誤字脱字の修正+キャラに合わない言い方の修正。
森の入り口へと急ぐと、そこにはアーネットを含めてかなりの数のエルフが集まっていた。
彼らは俺が到着したのを見ると、駆け寄ってきて、状況を説明し始めた。
「ディー! 子爵が攻めてきた。理由は今の所分からないが、恐らく2千人規模で来ている」
アーネットがそう言うと、隣にいたエルフ達が話に割って入ってきた。
「やっぱりあれかな? 『エルフの涙』を寄越せって事かな?」
「その可能性は高いでしょうね。彼らには穀類との交換で渡しているものですからね。しかし、その契約を一方的に破ってきたのはあちらでしょうに」
『エルフの涙』とは、言葉通りのもので、エルフが流す涙の事である。
ただ、エルフの涙には特殊な性質があって、親族の死などに直面した時に流した涙だけが結晶化して、宝石となる。
この宝石が大変美しく、そして貴重な物なので、人間の世界――特に貴族社会――ではエルフの涙を持っているというのは、一種のステータスとなっていた。
そんな宝石を一手に牛耳るのが、今攻めてきている子爵――フルフォード家――である。
彼の先祖は、この地に根付いていたエルフと取引をして、涙と引き換えに里では不足しがちな穀類を提供していた。
「確かに、一昨年の凶作の時は仕方がないという事で比率を下げたが、昨年も今年も比率を下げてきたからな」
俺達がそんな事を話していると、子爵軍が森の入り口で陣の展開を始めた。
しばらくその様子を見ていると、準備ができたのか騎馬2騎が森へと近づいて大声を出し始めた。
「私は、フルフォード家当主、クローリー・フルフォードである! 貴殿らエルフは約定を違え、我らとの取引を不当に中断した! その罪は決して拭えぬものであるが、寛大なる貴族として今一度弁明の機会を与えよう! 里長よ! エルフの涙と銀髪の娘を差し出すなら今回の件見逃してやるぞ!」
大声で何を言うかと思ったら、まさか女差し出せだの、宝石寄越せだのと来た。
ただ、奴らが寄越せと言った女が拙い。
奴らの要求が聞こえた時から、一人怒りに震えている男がいた。
そう、シャロミー(銀髪の女)の兄であるアーネットだ。
彼の妹溺愛ぶりはかなりのもので、常々「俺の妹は最高だ」と言っているくらいだ。
そんな彼が、あんな話を聞けば怒るのは無理も無いこと。
「アーネット? 分かっていると思うが、飛び出しは禁止だ」
「ぐぐぐ……、しかし」
「しかしもへったくれもない。今飛び出せば、君一人死んで何も残らない。安心しろ作戦は用意してある」
俺がそういうのとほぼ同時に、シャロミーが里から武装した皆を連れてきた。
「ディー、これで良いのかな? みんなにはショートボウと接近戦用の武器を持たせているけど……」
彼女が不安そうにそう言って来たのもうなずける。
エルフは、基本弓矢や魔法でアウトレンジからの攻撃を得意とする種族で、近接戦闘はそこまで強くはない。
そんな彼らに近接戦闘の武器を持たせたのだから。
俺がそれでも自信ありという様子を見せると、アーネットをはじめ最初から居た筋骨たくましいエルフたちが声をかけてきた。
「ディー、俺達以外は近接戦闘ではほぼ使い物にならないぞ。どうするんだ?」
「そうですよ、里長。私達は長直々に鍛えられていましたので、大丈夫ですが……」
「安心しろ。あいつらは近接戦闘の武器を持っているが、基本的に近接戦はさせない予定だ」
「「はい?」」
俺が頓珍漢な事を言ったと思ったのだろう。
全員が一瞬固まり、何を言っているんだという表情で見てきた。
「だから、彼らには目立つ武器は持ってもらっているが、恐らく近接戦にはならないと言ったんだ」
「いや、だからってこの状況でそれは……」
そういって、森の入り口付近にいる兵を全員が見た。
まぁざっと数えて2千人はいるだろう。
騎馬兵が両翼150ずつで300も居る点から、恐らく相当羽振りが良かったと見える。
「あぁ、騎兵が居るのが気になるか? 大丈夫だ。みんなが攻める時には全て排除完了しているだろうからな」
「排除が完了しているってどうやってだ? あいつら足が速くてとてもではないが矢では射れないぞ」
「なら足を止めればいい。作戦はこうだ」
俺が地面に作戦を書きながら説明すると、一様に驚いた。
「こんな作戦が成功するわけが……」
「いや、これはありかもしれない」
「里長、勝算はあるんだろうな?」
そう問われ、力強くうなずくとみんなの顔が一気に張りつめた。
「では、アーネットは正面で戦ってくれ。ただし、最初は負ける――」
「なっ! 負けろと言うのか? あの悪趣味な鎧の貴族に!」
アーネットは俺の言葉に敏感に反応してきた。
まぁあれだけ馬鹿にされた相手に背を見せろと言われれば怒るのも当たり前だ。
俺はアーネットをなだめながら続きを話し始める。
「待て、待て、最後まで聞け。最初は負けるふりをしてほしいんだ」
「負けるふり? 負けるふりなんてしてどうなるんだ?」
「負けるふりをすれば、相手はお前を追ってくる。そうすれば、相手の陣形は崩れるし、罠に誘い込める」
俺がそう言ってこの辺りの地形を地面に描きながら説明を始めた。
「まず、アーネットには先陣切って相手の正面に50人連れて陣取ってもらい、負けたふりをして退却してもらう。その後相手を森の中に誘い込んだら、中ほどに罠を仕掛けておくから、相手が引っかかったら反転して攻勢をかけてくれ」
「この辺りに罠を置いておくのだな。攻勢は近接戦か?」
「いや、ここでは弓矢での戦いを優先してくれ。相手は騎馬だからな、できる限り相手の射程外から攻撃した方がいい」
俺がそう言うと、アーネットは納得したのか頷いた。
「カレド、君は左翼を。トリスタン、君は右翼をそれぞれ100人ずつ率いてくれ。相手が罠にかかったら弓矢で所定の場所目掛けて射かけてほしい」
「里長、それで私たちは終わりですか?」
「暴れたりないよ。それじゃ」
「だと思うし、ダメ押しもしてもらう。君たちが矢を3射だけ射かけたら武器を打ち鳴らして突撃して欲しい。ただし、突撃するだけで追い打ちは禁じる」
「追い打ち禁止? 何故ですか?」
「追い打ちをしたら、相手だけではなくこちらにも被害が出る可能性があるからだ。それに相手はそれ以上の戦いは望まないだろうからね。理由としては――」
相手は貴族直属の軍という事になっているが、実際は農民兵がほとんどで、騎馬兵くらいが騎士などだろうと見ている。
相手の大部分の農民兵は、士気がおそらく低い。
特に侵略戦争をするには、農民を狂気の渦に陥れないと不可能な行為なのだ。
相手は驚かされたら、即座に降伏あるいは、逃走する。
これは戦史ではよくあることだ。
俺が大まかに説明すると、みな納得したようだ。
「最後にシャロミーには、兵100を率いて敵の騎兵と歩兵の間から『子爵がやられた! 全軍退却しろ!』と伝令に言わせてほしい。もしこれでも相手が向かってくるなら、弓矢で応戦。退却するなら放置で構わない」
「分かったわ」
「それじゃ、全員作戦は分かったな? では行動開始だ!」
次回更新予定は5月10日です。
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