8-2
俺の前でいきり立つ少女を手で制し、落ち着かせながら話を始めた。
「エルフリーデ様、まずは落ち着いてください。こちらにも事情というものがあります」
「事情? 我が帝国を見殺しにするのに、なんの事情がありますか!?」
「えぇ、事情があります。まず一つ目は、我が国がこの戦争を望んでいないという事です」
俺がそう言うと、エルフリーデは一瞬ビクッと体を震わせた。
恐らく事情を、ウルリッヒか誰かから聞いていたのだろう。
強気に見せていても、10代そこそこの少女だ。
まだまだ場数が足りないのがよく分かる。
「二つ目に、我が国は現在もクルサンドと交戦中です。余剰戦力が無い状態で、他国に兵を貸すことはできません」
「し、しかし……、先日は10万の大軍をクルサンドに派遣されたではないか!?」
「確かに、クルサンドには10万の大軍を派遣しました。ですが、そう何度も10万人規模の兵を運用することはかないません。まず糧秣が足りませんからね」
俺がそう言うと、エルフリーデは黙り込んでしまった。
俺の言っていることに、多少は納得したのだろう。
「三つ目に情報があまりないという事があります。恐らく敵が情報の封鎖を始めたのでしょう。特に帝都周辺、その辺りの情報は、我が国の密偵でもほとんど持ち帰れていません。以上が出兵できない事情です。ご理解いただけましたかな?」
俺が言い終わると、エルフリーデはジッと下を向いて肩を震わせていた。
多分、無力な自分を恨んでいるのだろう。
いや、もしかしたら薄情な俺と言う婚約者を恨んでいるかもしれない。
そんな事を考えながら、エルフリーデを見ていると、彼女は急に顔をあげて俺を睨んできた。
いや、違うな……、覚悟を決めた目をしていた。
「事情はよく分かりました。私にここで今できることは、三つ目の情報をお渡しするくらいです。そして、その後帝都へと戻ります」
「帝都へ? それは、死にに行くようなものではありませんか?」
俺が、暗に思いとどまるようにと伝えるが、彼女は首を振ってきた。
「いいえ、戻ります。それに死ぬことは無いでしょう」
「……。それは、どうしてそう思われるのですか?」
恐らく、俺の予想通りだろうが、俺はあえて聞き返した。
すると、彼女は一瞬戸惑う様子を見せたが、すぐにこちらを見てハッキリと答えてきた。
「……、私が皇女だからです。私を無理矢理にでも娶れば、皇帝として即位する条件が揃うからです」
「…………」
俺は、ふーっと息を吐きだす。
場数が足りない、などと侮った自分が少し恨めしい。
この子は、自分にできること、自分がすべきことを分かっている。
そして、俺への話が無理難題だという事を理解した上で、覚悟を決めてきたのだ。
恐らく、俺が断れば今度は獣王エルババを相手に大立ち回りを繰り広げるだろう。
臣民の命と自分の命を天秤にかけて、エルババに決断を迫る事は間違いない。
俺は、宰相であるクローリーを呼び寄せて耳打ちを始めた。
「どれくらいの余剰がある?」
「陛下……、余剰はほぼありません。クルサンドの2万がある限り、余剰は全部吸い上げられます」
「では聞き方を変えよう。どれくらいまでなら、市民の不安と不満を抑えられる?」
俺がそう言うと、クローリーは少し考え込んだ。
俺達は、これまで市民をできる限り飢えさせないという方針だった。
それが、今回はこれまでの方針と真逆の方針なのだから、時間がかかっても仕方ない。
「はっきりとは申し上げられません。こればかりは、民の気分によって変わります。ですが、我が軍の状態と皇女殿下を使ってと考えたならば、最長2ヶ月は、1~2万の兵を拠出できます。ただ、国境がかなりがら空きとなりますので……」
「なるほど、分かった。クローリーは下がれ」
「はっ!」
俺達の相談を待っていたのだろう、皇女は目に少し希望の火を灯していた。
俺は、そんな彼女に向かって大きく頷いた。
「兵を1~2万程用意する。ただし、こちらもかなりギリギリの状態だ。皇女といえど、エルフリーデ様にも道化を演じてもらいます」
「私が道化を演じることで、1~2万の兵が出るならおやすい物です」
「その覚悟、分かりました。では帝都の事情をお聞きしたい」
俺がそう言うと、エルフリーデはチラリと後ろに控えるウルリッヒを見た。
皇女からの合図を受けた、ウルリッヒは直立不動のまま現状の報告を始めた。
「まず、お断りをせねばならないことがございます。私共が持っている情報も、少し前のものです。ですので、完全に正確とは言えないことをご理解いただいた上で、お願いいたします」
「それくらいは分かっている。で状況は? 帝都はどれくらい持つと考えられる?」
「はっ! おそらくですが、帝都は1か月程度持ちます。ただ、相手の兵力が3万程度とかなりの数になりますので……」
「正面から行っても攻囲は破れないか……」
「恐らく難しいかと思います」
「バハムートの航続距離では、どうだったかな?」
「恐らく、帝都に到着して着陸してからでなければ攻撃は難しいかと。また、ドロシー様からお聞きしている限りでは、攻囲された城の周りの敵兵だけを攻撃するのは、至難の業です」
バハムートの攻撃は、よく言えば範囲攻撃。
悪く言えば、大雑把な照準のばらまき攻撃という奴だ。
なので、ピンポイント爆撃などはまだまだ技術的に不得手と言っていいだろう。
「となると、攻囲している敵を攻撃するのは難しいか……」
俺が、悩んでいると一人の男が前に進み出てきた。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




