7-31
「ディー! 無事か!?」
アーネットの声だ。
距離から考えて、相当近くに居ると思う。
だが、今は目の前の家久から目が離せない。
声だけでもと思うが、息を吸うタイミングで来られては避けようがなくなる。
俺は、何も答えられないまま、ただただ家久と組打ち合った。
声が聞こえてから、どれくらいが経っただろう。
俺と家久は、互いに瞼を腫らし、口の端から血を流しながらも互いに掴んだ手を放していなかった。
互いに互いの拳を交わせて、肉弾戦を繰り広げる中。
ついに終わりの時がやってきた。
そう、アーネットが到着したのだ。
「ディー!」
彼の声が、間近に聞こえた瞬間。
それまで、どれだけ振りほどこうとしても取れなかった家久の手が離れた。
そして、彼は何も言わずその場に座り込むのだった。
そんな彼の様子を見た俺は、終わりを悟り同じように座り込んだ。
俺の様子を見た家久は、腫れた瞼を細めて俺に声をかけてきた。
「こいでお終いだ。一席設けてくれ。おいが腹をかっさばっく、兵たちは許してやってほしか」
「……約束しよう」
俺がそう言って頷くと、家久は黙って頷いた。
そして、一拍置いて声を挙げた。
「おい達ん負けだ! 武器を捨て、投降すっ! まだおいに従うちゅう兵は、投降せー!」
家久が、言い終わるのとほぼ同時に、俺も声を挙げた。
「聞いての通りこちらの勝利だ! 勝鬨を挙げよ! これ以後は反抗する者以外との戦闘を禁じる!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
俺の声が聞こえたのと同時に、あちこちで復唱が始まった。
こちらの勝利の喧伝と、相手に投降を促すためだ。
それからもしばらくだが、剣戟の音が鳴っていた。
だが大将である家久が、俺の隣で縛られて馬上に居るのを見た瞬間敵兵たちも抵抗をやめたのだった。
「被害状況は?」
お互いの戦闘が完全に停止し、敵兵の武器の接収と拘束が終わった段階で俺は報告を聞いていた。
「被害状況は、こちらは約1万居た兵が、ほぼ半分の5千程度に。敵兵力は、約千にまでなっていました」
「こっちの方が、被害が大きいのか……」
「単純に比較はできませんが、数字の上ではそうなります」
アーネットの調練も中々だったが、家久の島津伝来の鍛え方も恐ろしいという事だろう。
特に、クルサンドの兵はあまり質が良くないと聞いていたという事もある。
もっとも、質が悪いというのは意図的に流している情報かもしれんが。
「被害の点検、遺品の回収が終わったら敵味方の区別なく埋葬してくれ。敵の遺品に関しても後で遺族に返すから、名前と紐づけしておいてくれ」
「かしこまりました」
指示を聞いた武官が去るのを待って、俺はアーネットにぼやいた。
「何にしても、疲れる戦いだったな……」
「特に陛下は、顔が変形するんではないかというくらいでしたからね……ぶふっ!」
「お前なぁ……」
どうやら俺のボコボコになった顔は、アーネットのツボに入ったらしく、見るたびに吹きだされてしまう。
こっちは命がけの戦いをしてきたというのに、酷い話だ。
「まぁ、なんにしてもこれで一安心だろう」
「まだ敵城が残っておりますが?」
俺の楽観的な言葉に、アーネットが釘を刺してきた。
だが、俺の中ではある程度算段はついている。
「家久を捕まえたことで、相手には頼るべき援軍は居なくなった。このまま続けても無駄だと理解するだろう」
「なるほど、ですがこちらも兵を維持するのが辛いのですが」
「そこは、適時帰らせる。こっちには2万も居れば十分だろうからな。それくらいなら、常時敵地に居ても問題ない」
「後の懸念は……」
「獣王エルババだな」
「えぇ」
エルババは、帝国の合併を進めていた。
だが、最初に略奪と強姦の限りを尽くしてしまった為、人心が不安定な状態になっているのだ。
もちろん、それを兵の力で抑え込んではいる。
しかし、外部からの刺激があればすぐにでも爆発するだろう状態なのだ。
そして、その時に一番の脅威となるのが我が王国だ。
帝国は既に我が国と合併を間近に控えている事を、国の内外に通達している。
俺が負けたりしない限りは、反故にはしない話だ。
「こちらと帝国の合併は、彼らにとっては面白くない。なぜなら、彼らは未だに占領政策が上手くいってないのに対して、こちらだけが上手くいき。その話が内部の不安定要素を更に不安定にするからな」
「恐らくですが、年明けには大規模な侵攻があると予想されます」
「確かにあるだろう。それに対応するために、色々やらねばならんからな。さて、まずは帰還しよう」
「そうですね。何にしてもまずは、帰らねばなりますまい」
その後、俺達が家久を捕まえたことを城の前で大々的に公表し、また、矢文などで城の内部にも情報が回るようにした。
こうすることで、内部の不安要素をだしておけば開城も早まるだろう。
俺は、後事をカレドに託して10万のうち7万を連れて帰るのだった。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




