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クルサンド国 ディークニクト
偵察兵の報せを基に、深い森の中を進むと少し開けた場所へと出た。
先ほどまでの鬱蒼とした場所とは違い、木が無く草花も丁度いい高さになっていた。
そんな少し開けた場所の崖を背にして、クルサンド国の兵たちが俺達を待ち構えている。
「敵軍を発見できましたな」
「あぁ、ただやはり少ないな」
俺は周囲を見回すが、敵の気配はない。
だいぶ離れた場所に置いたのか、兵たちがまだ何も知らされずにこちらに意識を向けていないだけなのか。
一人考えていると、アーネットが囁く様な声で提案してきた。
「敵の伏兵に対して、こちらも兵を分けますか?」
俺はその提案に、首を横に振って応えた。
「いや、戦力を割く愚をまた冒してはならない。こちらは、1万近く居る。相手を追い込む為にも4千で相手をしつつ、残りで周囲を包囲と警戒させよう」
「なるほど、確かに倍する数ですし、基本的にはこちらは完全包囲して殲滅がセオリーですからな」
「だからこそ、相手は一点突破を狙ってくるだろうな」
「なるほど、我らの包囲を突破して城を攻囲している部隊を叩くと?」
二人で、同じ未来を共有した所で敵が目の前に迫ってきた。
ゆっくりと近づいていたはずだが、案外狭い場所なのかもしれない。
「敵が臨戦態勢に入っています!」
「全軍抜剣! 槍は狭いから使うな! 弓兵構え!」
命令を下すと、兵たちが一糸乱れぬ動きで剣を抜き、弓兵が矢を番える。
「弓兵、放てぇぇっ!!」
ビュっという風切り音と共に、矢が飛び出す。
ただ、相手もこちらが弓で来ることを予想していたのだろう。
木の盾をかざして、矢を防ぎにかかってきた。
「歩兵隊! 進めぇ! 敵を蹂躙しろ!」
矢を防ぐのに手いっぱいになっている所に、歩兵隊が殺到する。
だが、相手も待ち構えているだけあって手強い。
こちらが、一人を倒す間に二人倒されるようなペースで戦いが進んでいる。
「……まずいな」
「周囲に敵も居るでしょうから、まずは私が敵の士気を崩壊させましょう」
アーネットはそう言うと、狼牙棒を片手に俺の傍から離れた。
それから数分もしないうちに、敵の兵士が次々と吹き飛び始める。
「アーネットは戦場に居ると、どこに居るのか一発で分かるな」
俺は、敵を切り捨てるタイプなのに対して、アーネットは文字通り敵を吹き飛ばすタイプだ。
その為、俺よりもアーネットの方が敵に衝撃と恐怖を与えることができる。
ただ、今回の相手は死をいとわない兵たちだ。
恐らく、島津伝統の訳の分からない肝試しをずっとしていたのだろう。
「周囲の警戒は怠るなよ?」
「はっ! ですが、今のところ敵が出てくる気配すらありませんが」
「無くても、来る。だから気を抜くな」
「かしこまりました」
俺は、そう言うと再びアーネットの居るであろう方向を見ながら周囲を警戒するのだった。
クルサンド国 アーネット
ディーの元を離れて、単身で敵軍に突っ込んだがかなり肝の据わった奴が多い。
何せ、俺が何人も狼牙棒で叩き潰し、吹き飛ばして屠っているにも関わらず、全く恐れる気配がないのだ。
今も、俺の目の前にまで迫った剣先を避けつつ、狼牙棒で敵を吹き飛ばしている。
「このバケモンがぁぁ! 死ねぇぇ!!」
そこは、普通「死にたくねぇ!」とか「こっちに来るな!」だろうに。
まったく、とんでもない奴らが多いな。
だが、それが良い。
「お前ら本当に、すげぇな! 俺を見て逃げない奴は久しぶりだぞ!」
多分、俺は今笑っているのだろうな。
自分でも分かるくらい、楽しい。
一人一人の技量は、言うほどではない。
だが、恐れずただ前進してくる兵という事だけでも俺にとっては楽しいのだ。
そして、恐らく敵の大将もそうだろう。
俺の戦いを、先ほどからチラチラと見ながら指揮をとっているのが分かる。
俺と戦いたくてウズウズしているのだろう。
あの日の、あの夜襲の続きを!
「大将を出さんか! お前らでは物足りぬ!」
俺がひときわ大きな声を挙げるのと同時に、狼牙棒を振り回す。
周囲に居た敵兵が、10人近く一気に腰から上が無くなると流石に他の奴も一瞬及び腰になった。
これだけの挑発をすれば、敵大将も……。
俺がそう思って、チラッと横目に見る。
だが、奴は一向に動こうとしない。
こちらを目では追っているが、何かを待つように動かないのだ。
やはり、ディーの言う通りで伏兵を待っているのだろう。
「……なら、あいつが相手しても良いんじゃないか?」
俺の中に一瞬だが、疑問がわいた。
なんであいつは、俺の相手をしない?
伏兵を待っているから?
では、なんの為に伏兵を待っている?
それに、俺の周りから敵兵が居なくならないのはなんでだ?
……まさか!?
俺の思いが至ったのと同時に、本隊の近くから鬨の声が聞こえてきた。
「敵大将を目指せぇぇ! 行くぞぉぉぉ!!!」
敵軍が、一斉に俺達を置いて突撃を開始した。
そう、国王であるディークニクトの方へと。
次回更新予定は6月3日です。
※この先、先日も言ったように更新頻度が変わります。ご了承ください。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




