7-23
クルサンド国 ディークニクト
「……遅い」
「こればかりは、致し方ないかと思われます」
俺の呟きに、隣で聞いていたカレドが応えてきた。
何が遅いと苛立っているのかというと、行軍だ。
連日の夜襲奇襲のせいもあって、先頭を行く将がかなり慎重になっている。
その為、伏撃を恐れて偵察を放ち、そして動く際にも極力陣形を崩さない様に動いている。
しかも、その上に両脇の森を確認しながらの行軍なので、足はドンドン遅くなっているのだ。
「糧秣に関してはどうだ?」
「糧秣は、大丈夫ですね。帝国とクルサンドの国境近くまでは食料をバハムートなどが運んでいますので」
「そこからここまでは、飛んでこれないのか?」
「ドロシー様の話では、寒さに対する耐久テストもしてないので、ダメとのことですね。後は、魔法使いの過労も問題になると仰ってました」
航空兵器は、正直に言って燃費の悪い兵器である。
上空と言うアドバンテージを取れる代わりに、魔法使いを数十人単位で消費してしまうのだ。
もちろん、魔法使いも数日すれば魔力が戻る。
だが、その限界点が帝国との国境までなのだ。
それ以上になると、残念ながら魔力の回復が追いつかない。
また、相手の戦法についても恐らくゲリラ戦になるだろうと考えていたので、余計に使いどころがないのだ。
「燃費がもう少し良くなればなぁ……」
「栓無いことです。それにあれでもだいぶ伸びた方ではないですか? 前なんて、研究所から一番近い獣王国との国境まででも結構な時間と魔力が必要だったじゃないですか」
「確かにそうだ。そうなんだがな……」
俺はどこか、ドロシーを神か何かと思っていたのだろう。
技術の革新とは、一瞬で起きるものだと錯覚してもいたのかもしれない。
「とにかく、後は気長に進みましょう。糧秣や経費に関しては、クローリーに任せるほかありませんしね」
カレドが、さらりと仕事をクローリーに回すような事を言いながら、俺たちの行軍はゆっくりと進んでいった。
恐らく敵は、城を使っての籠城かより奥地でのゲリラ戦を考えているかもしれない。
そんな事を考えながら、10日後。
普通であれば国境から5日で行ける行程が、大軍という事と敵の奇襲によって足を遅くさせられた事で、3倍の時間をかけさせられてしまった。
「なんとか、たどり着いたか……」
「流石に、あれから10日もかかるとは思いませんでしたね。……ってあれは何でしょう?」
カレドが、そう言って指差した先には、城の門の前に半円形に盛られた土塁があった。
そして、その土塁の更に後ろには真っ直ぐに伸びた土塁が見える。
「また面倒な物を作ってくれたな……」
「陛下には、あれが何かお分かりに?」
カレドがそう言うと、俺は頷いて説明を続けた。
「あぁ、あれは丸馬出という奴だ。こちらから見えない部分を造って、敵を殲滅する施設だな。あの後ろには、恐らく弓兵や魔法兵が控えている。大軍でも場所を限定されれば突破はしにくいぞ」
「なるほど、それは確かに面倒そうですね」
カレドが、俺の言葉に同意していると城の周囲を偵察していた兵が戻ってきた。
「報告します。城の周囲を見て回りましたが、同じような施設がいくつもありました。また、場所によっては、城壁にも人影が見えておりますので、恐らくそこからも狙ってくるかと」
「まぁ、そうだろうな。相手にすれば、攻撃しやすい場所だからな」
俺が納得したように頷いていると、カレドが進言してきた。
「陛下、一当てしませんか? 流石にここまでの間、将兵には不満を飲み込んでもらっていましたから」
「ふむ……、確かにそれもそうだな。ただ、無理をするなとだけ命令を出しておけ」
「はっ! ではその様に命令を発します」
その後、すぐに連れて来ていた兵を城の周囲に展開させて、攻撃が始まった。
こちらの将兵は、初めて見る丸馬出の怖さが分からないのだろう、一気に入り込もうとし始めた。
ただ、左右から入ったわ良いが出入り口は一つだ。
当たり前のことだが、あっという間に渋滞を起こして、相手の弓矢や魔法の餌食になり始めた。
「陛下、どうやらこちらが劣勢の様です」
「一旦後退の合図を送れ。今日は移動もしている。明日以降の為に休ませろ」
「かしこまりました」
一度経験すれば、将兵も少しは気を引き締める。
俺も書物では知っているが、実際に攻めるのは初めてという事もあって、様子見する以外に方法もなかった。
その夜、諸将を招集して軍議を開いた。
「さて、今日攻めてみてどうだった? 兵の数、攻め方など何か意見があれば聞こう」
俺がそう言って始めると、一人の男が立ち上がって話し始めた。
「陛下、兵の数ですが私の所には数百程度しか居なかったように見えます。場所が狭いのでそこまでの数が必要ではないのかと思ったのですが、如何でしょうか?」
男が所見を述べると、集まった将たちも確かにと思い出していた。
「ふむ、なるほど兵の数が少ないか。こちらは馬出の外に居たから、中が見えなかった。その気づきは良いぞ。他の者はどうだ?」
「はっ! 僭越ながら作戦案があります。こちらは多勢、相手は寡兵なのですから、人海戦術で代わる代わる休みなく攻めては如何でしょうか?」
なるほど、確かにそれには一理ありそうだ。
休む暇がないというのは、存外きついものだ。
下手をすれば精神を止むことにだってなるだろう。
「なるほど、その案は採用すべきだろう。後は、城外の敵に対してだ」
俺がそう言うと、諸将は驚いた顔をこちらに向けてくるのだった。
次回更新予定は5月22日です。
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