7-21
クルサンド国 ディークニクト
「ふぅ~、これで何とかなりそうだな」
アーネット勝利の報告に、俺が胸をなで下ろしながらカレドに声をかけた。
「えぇ、確かにこれでどうにかなるでしょう」
カレドも同じ気持ちだったのか、安心したという面持ちでいた。
これで、恐らく士気崩壊という事はしばらくなくなるだろう。
ただ、今後は相手をなめない様に気を引き締めさせていかねばならない。
「とりあえず、今日は休もう。明日からまた引き締めにかからねばな」
「そうですね。特にあの三人衆には、しっかりと釘を刺しておかねばならないでしょうから」
こうして俺達は、一旦休むことにした。
翌日、とんでもないことになるとは、露知らず。
次の日の朝、俺はけたたましい声と共に起きることになった。
「お休みの所失礼します! 緊急事態です!」
そう言って入ってきたのは、アーネットの部隊に入れていた部将だ。
恐らく俺への緊急報告という事で、それなりの地位の者を寄越したのだろう。
俺は、昨夜遅かったこともあり眠い目を擦りながら寝床から出た。
「騒々しい。緊急とはなんだ?」
「はっ! アーネット将軍より緊急の報せです! 『前衛に配置していた三人衆が部隊ごと消えた。探索に出る許可を求める』とのことです! ご裁可をお願いいたします!」
「なに!? あの三人衆出たというのか!?」
俺はその報告を聞いて、天を仰ぎたくなった。
奴らには、3人で合計1万近い兵を預けている。
それが勝手に動き始めたのだ。
「全く馬鹿どもが! アーネットには伝えろ! 偵察兵の派遣は許可する! ただし、本隊並びにお前は探索に加わるな、と」
「かしこまりました!」
俺の命令を聞いた部将は、一目散にアーネットの方へと向かっていった。
まったく、面倒な事になった。
恐らく数日中に、奴らは遺体になって帰ってくるだろう。
俺が今後の事を考えていると、報告を聞いたカレドが飛んできた。
「陛下! あの三人衆の件お聞きになられましたか!?」
「さっき報告を受けた! アーネットにも偵察兵の出動は許可したが、本隊とあいつ自身は動かすなと厳命した」
「では、すぐさま軍議を開くことを提案します! このままでは奴らに遅れまいと勝手な行動をする者が出かねません!」
カレドの言ったことを、俺は少し考えた。
確かに先日の軍議でも、俺の意見に同調しようとしたのは、カレドくらいだった。
その流れを汲んで、他の者は一旦同意したに過ぎない。
そんな中で、あいつらが抜け駆けをしたと知れば、他にも出てきかねない。
「急いで諸将を集めろ! あいつらがもし功を挙げても、取り合わないと明言せねばならない。もっとも、そんな心配はないだろうが……」
俺のそんな予感は、この日の夕方には現実のものとなった。
あの三人衆の率いていた部隊が、ほぼ全滅したのだ。
なぜ全滅が分かったかと言うと、這う這うの体で逃げてきた奴らが居たからだ。
「陛下、どうかご温情を……、我らは陛下に勝利を捧げんが為に」
「そうです陛下。我らは奴らを追い散らすべく進んだのです」
「兵たちが逃げなければ、我らは奴らの首を取れておりました」
口々に、自分たちの事を棚に上げて何事かを言っているが聞く耳を持てない。
と言うよりも、持ちたくもない。
兵を約5千失い、残りの5千近くも散り散りになって、帰ってきたのは100にも満たないのだ。
せめて、敵将の首でも取ってくれば温情のかけようもあっただろう。
ほとぼりが冷めてから、と考えられただろう。
だが、現状ではそれも不可能だ。
「勝敗は兵家の常……、と言いたいが今回に関しては、お前らにかける温情はない」
「へ、陛下! せめてお慈悲を!」
「陛下!」
俺は、地べたに這いつくばっている三人を連れて行くように衛兵に手で指示を送った。
それと同時に、衛兵が彼ら三人を外へと連れ出していった。
連れていかれる三人は、ぐったりとうな垂れ引きずられて行った。
「さて、諸将もこれで分かったであろう? 相手は恐らく十全な兵を率いずにあの三人を打ち破った。これが意味するものが」
俺の言葉に、先ほどの光景を見ていた全員が頷いてきた。
曲がりなりにも、あいつらは従軍経験もあり、旧エルドールの時にも領兵を連れて戦っていたのだ。
そんな彼らが、2倍する戦力をもってしても1日と持たない。
そして、兵の質で劣っているとは決して思わない。
そんな中で、この大敗が意味するのは歴然たる将の資質の差だろう。
「今後、勝手な行動を行えば、敵の格好の狩場に連れていかれる。そう心得てくれ」
相手の強大さを知った全員が、張りつめた表情で頷いた。
次回更新予定は5月18日です。
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