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さぁ戦闘開始です。
第二王子軍 オルビス
夜半時から、どうも不安があり眠れない。
王子であるこの俺がだ。
これまでの戦いでは、こちらが圧倒的な兵力と物量を持って相手を蹂躙し、駆逐してきた。
そして、相手の土地を、人を、物を奪いつくしてきたのだ。
なのに、今はどうだ?
敵地深くで補給が途絶え、食糧すらほとんどない状態だ。
今日の食事だって一、二口のパンが一つと具の無いスープだ。
それでもまだマシだと言うのだから、一体兵たちは何を食べているのか。
「オルビス様、そろそろお休みくださいませ。明日は大事な一戦を控えております。歩哨は兵たちにお任せください」
「……分かった」
そう言って、俺が天幕へと入ろうとした瞬間。
歩哨の劈くような悲鳴が響き渡った。
「て、敵襲ーーーーーーーーー!」
その叫び声は一斉に伝播し、休み始めた兵たちへと響いた。
それと同時に、先頭から干戈を交える音が響き渡る。
「で、殿下! すぐさま戦のご用意を! 敵の夜襲です!」
「そんなもの分かっておるわ! すぐさま貴様は敵を抑えに行け!」
俺が近衛兵長に指示を飛ばすのと同時に、手近にいた兵に伝令を出させた。
「そこの貴様! 後方の軍へと走り、ネクロスを呼んでまいれ!」
俺の言葉を聞いた兵は、すぐさま飛ぶように陣の奥に走って行った。
「早く兵を起こせ! 奴らすぐにでもこの場にやってくるぞ!」
急いで支度をした俺が直々に兵を督戦して回るが動きが鈍い。
出発前は、あれほど精悍な顔つきでこちらの指示に従っていた兵たちが、まるで死者の様に生気の無い顔でこちらを見ている。
「貴様ら! まだだ、まだ負けてはおらん! ここで奴らを叩けば食料が手に入るぞ!」
我ながら苦し紛れも良いところだ。
まったく根拠はないが、言わぬよりはマシというものである。
ただ、それでも動けるのはほんの少数。
大隊規模の人数しか集まらない。
「何とか、何とかネクロスが来るまで粘るぞ!」
兵たちの反応は鈍いが、そんなもの気にしている余裕などない。
幸い入口から少し離れていたので、兵たちに方陣を組ませて待機させる。
阿鼻叫喚の叫びは、そこかしこから響いている。
「お、オルビス様。あと少しで敵が来ます」
見ればわかる。
なにせ敵が通ったと思われる場所から、兵が宙を舞っているのだ。
文字通り吹き飛ばされている光景なんて俺は、見たことが無い。
もしこの場に誰も居なければ、矜持も何もかもを捨てて逃げ出したいくらいだ。
だが、それは許されない。
ここで逃げれば政治的にも俺は死んでしまう。
それは、遅かれ早かれ第一王子にも殺されるという事なのだ。
子爵軍 ディークニクト
突撃が成功した。
思った以上に敵が弱っていたおかげで、苦も無く突入できている。
まぁ、馬蹄の音を風よけの魔法で消していたのが効いたのだろう。
風よけの魔法は、自分の前方に真空の空間を作ることで風を避けている。
そして、真空の空間は音も遮断する。
前方の敵に見つかっている場合、風よけの魔法は意味の無いものになるが、今回の様に奇襲をしかける場合は、別だ。
「ばばばば化物だーー!」
「ハハハハ! そら! そら! そら!」
豪快な笑いと、掛け声を出しながら敵を飛ばしているのは、アーネットだ。
狼牙棒で敵の頭をスイカ割りの様に砕き、体をくの字に曲げさせて吹き飛ばしている。
「てててて、敵はエルフじゃなかったのか!?」
「鬼神だ! 鬼神が出たぞ!」
元々低かった敵の士気は、完全崩壊し蜘蛛の子を散らすようにあちこちに逃げている。
それを騎馬兵たちが一人ずつ念入りに止めを刺しに走り回り、辺り一面は阿鼻叫喚の地獄となっている。
「良いか! アリの子一匹見逃すな! 奴らは逃げ落ちれば野盗となるぞ! そうなってからでは面倒だからしっかりと潰せ!」
俺はそう命令を下さしながら、突撃してきた兵を槍で一突きする。
それを見て二人同時に来たので、近い方に石突を遠い方に穂先を突き立て殺していく。
その後も、3人4人と突っ込んでくるが、如何せん馬力がもう出てない。
有象無象がやってきても問題もなく対処できていた。
「キール! 10騎ほど率いてオルビスを捕まえてきてくれ!」
俺がそう命令すると、キールは手近に居た兵の薙ぎ払いを受け流し、剣で相手の武器をからめ取って突き刺してから一礼して行った。
まったく、何が良い勝負だ。
あれでは俺の方が十中七、八くらいで負けてしまうぞ。
「ディー! 歯ごたえの無い奴ばかりでつまらんぞ!」
俺がキールを見送っていると、前方で暴れていたアーネットが帰り血塗れでやってきた。
特に狼牙棒の棘には、脳漿やらなにやら人だったもののパーツがベットリと付着していた。
「そう言うなアーネット。敵も兵糧がほとんど無かったから飢えたんだろう。その内ネクロスとかいう奴が来るだろうから、それまで暴れてろ」
「仕方ない、それじゃ暴れてくるわ」
そう言うと、アーネットはまた敵兵の体をボールの様に打ち返していた。
次回更新予定は6月9日です。
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