7-19
クルサンド国 ディークニクト
「さて、どうしたものか……」
クルサンドに攻め入って、5日目。
既に初日から何度も嫌がらせを受けている。
毎日日が傾いた頃に攻めてきては、こちらの食事の準備を妨害しては去って行く。
昨日に至っては、危うく先陣を務める第一陣の食料が丸焼けになる所だったのだ。
そんな状態が続けば、ストレスが溜まるものである。
普通であれば、敵を追い散らして解消するのだが……。
「明らかに釣りなんだよな……」
敵は、何の因果か分からないが、ご先祖様の島津家久。
戦国時代一の釣り名人、と言わしめた男だ。
ただ、そんな事を知っているのは、俺だけだ。
諸将は何も知らないし、何も分かっていない。
その為、軍議は最近荒れることが多くなってきている。
「陛下! いつまで我らは、奴らの襲撃を我慢すれば良いのですか!?」
「そうです! このままでは、兵たちの士気が崩壊してしまいかねません!」
「せめて、敵への追撃を許可してください」
そう言っていきりたっているのは、エルドールを吸収してから臣下に加わった者たちだ。
一応、以前から付き従っている将たちは、口では何も言わない様にしている。
ただ、このいきりたっている者たちと気持ちは同じなのだろう。
特に何を言うでもなく、彼らを諫めるでもなくジッと黙している。
「陛下、何故追い打ちを禁止されているのでしょうか? 相手は被害が軽微だと思って何度も仕掛けている、と私も推測しますが」
そう言って助け舟を出してきたのは、カレドだ。
俺は、その助け舟に乗るべく、カレドの方を向いて話し始めた。
「カレド、これは相手の罠なのだよ。まず一つ目に我が軍は大軍だ。大軍は固まってこそ意味がある。もし分散すれば、それは敵にとって各個撃破の好機となる」
「しかし、我が軍は十万を超える軍。対して相手の兵数は1万居るかどうかと聞いておりますが?」
「その1万が、もし兵を二人相手にしても勝てると猛者たちと仮定した場合はどうだ? 10に分けずとも、5か所に分散した時点で戦力が互角と考えねばならなくなる」
俺がそこまで言うと、周囲の将たちはあり得ないとばかり頭を振る者も出てきた。
だが、実際問題それが起こりえるのだ。
1年と言う短い時間だが、確実に意識改革は行われている。
そう俺は、確信しているのだ。
「まさかと思うが、相手を過小評価している者は居ないだろうな? 今俺が言ったことが、間違っていると思ったならそれは油断というものだ」
「なるほど、それで大軍で行軍するという訳ですね」
「そう言う事だ。それに、このクルサンドは幸い道が広い。両脇こそ茂みがあるが、そこまで問題になる物でもない」
「確かに、道幅だけで言えば我が国の倍近くあります」
俺たちの国の場合、道幅は馬車4台が行き来できるくらいの広さだ。
人に換算すれば、歩道を含めて20人が横一列に並べる。
対して、クルサンドの道は、明らかに片側で4台の馬車が行き来できるくらいの広さがある。
ここまで広い道は、そうそうできるものではない。
「交易に力を入れている国と言う事でしたので、恐らくその為でしょう。ですが、まさか軍を進めるのにも役立つとは、相手も考えますまい」
「だからこそ、王都に近づくにつれて道幅に変化を持たせているのだ。このままでは大軍を率いてこられれば、すぐに落ちるからな」
実際に、王都への道は面倒だった。
最初こそこの幅で進むのだが、途中で曲がりくねったり、徐々に狭くなったりするのだ。
そして、それは王都へ行くまでの間だけだ。
王都を越えれば、その先にあるのはかなり狭い道なのだ。
前回はその狭い道で、渋滞にあって脇道に逸れたのが原因で負けたのだ。
同じ轍を二度も三度も踏ませられない。
「諸将には大変申し訳ないが、現状では作戦の変更はない。各自兵士たちを鼓舞し、士気の維持に勤めてほしい。また、敵についてはこちらでも対策を考える予定だ」
「私は陛下を支持します。皆さまも異存はありませんか?」
カレドが、俺に賛同したのと同時に全員が一旦は納得したと頷いた。
ただ、このままやられっぱなしだと恐らくまた造反しようとする者が出かねない。
「さて、それでは明日の行軍再開は朝の食事後に行う。各自今日は休んでくれ」
俺がそう言うと、カレド、アーネットを除く他の諸将は天幕を出て行くのだった。
他の者が出て行ったのを確認した俺は、二人に対して相談を始めた。
「さて、今後の事だがどうしたものか……」
「珍しいですね、ディーがそこまで参っているなんて」
「確かにそうだな。俺達の中でも戦術、戦略においては一番抜きん出ているのに」
「それだけ相手が厄介という事だよ。対策を打っても、こちらの対策を考慮して先の一手を打ってくる。そう言う相手だからな」
俺も、ここ数日を無為に過ごしたわけではない。
先陣の入れ替え、敵の出てくる時間を予想しての伏撃。
色々と試してきた。
だが、ことごとく裏をかかれているのだ。
特に伏撃の時には、こちらの様子が空から見えているのかと思うくらい、綺麗に反対方向から攻めてくる。
それも1度ならまだ分かるが、既に3度やられているのだ。
これは、もう偶然の領域ではない。
「どうしたものか……」
「では、ディーよ。俺が前線で待機しておこう」
俺が、ため息交じりに対策を考えようとしているとアーネットが提案してきた。
確かにそれも一手だ。
アーネットが居れば、恐らく敵の撤退も早くなるだろう。
「そうだな。打つ手がない場合には、それを頼もう」
「とりあえず、アーネットに頼らない策をまずは考えないとですね」
カレドがそう言うと、俺は頷いて相談を始めるのだった。
次回更新予定は5月12日です。
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