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7-15

クルサンド国湿地帯 ディークニクト


 それからしばらく、部隊を走らせるとこれまでの狭い場所と違い広い場所に出た。

 俺達が到着するのと、キースが置いて行ったであろう輸送隊が見えてきた。


「お前たち! キースはどこに向かった!?」

「へ、陛下!? 将軍ならこの先を進んでおられるはずですが……」


 俺の登場に、兵たちが少なからず驚いていた。

 恐らくキースの見立てでは、もっと先を進んでいるはずだったのだろう。


「ちっ! まずいことになっているぞ! 全軍重い鎧は脱いでかまわぬ! 軽装で進むぞ!」


 命令するのとほぼ同時に、兵たちは一斉に身に着けていた手や足の鎧を外して胴回りと兜だけになった。

 ほぼ全員の用意が整ったを見た俺は、すぐさま前進の命令を下して動きだした。

 またしばらく走ると、所々で傷ついて動けなくなっている兵を見つけた。

 恐らくキースの部隊から落伍した兵たちだろう。

 ただ、落伍した兵たちは傷もあって疲れ切っているのか、ほとんど意識の無い者たちだった。


「落伍した者は置いておけ! 後で逃げる時に、連れて帰れる奴だけ連れて行くのだ!」


 非情かもしれないが、現段階では致し方ない。

 相手の規模も何も分かっていないのだ。

 ただ、こちらに勝ち目が全くない訳ではない。

 あれから罠をできる限りではあるが、避けて通るようにしているので、相手からしたら、俺たちの現在位置は見えていないはずだ。

 最大速度で走り続けること数分。

 前方で、剣戟の音が響いているのが聞こえてきた。


「前方に影が見えます! ……あれは!? 戦っています! 恐らく片方は味方です!」

「手前に居るのが味方だ! 奥の奴を倒しにかかるぞ! 突撃ぃぃぃぃ!」


 俺がそう言うのと同時に、兵たちが一斉に乱戦に突っ込んでいった。


「キーーース! 無事かぁ!?」


 乱戦のただ中で、大声を挙げると前方から声が聞こえてきた。


「陛下!? 何故ここに突っ込んでこられたのですか!?」

「何故もへったくれもあるか!? お前が死んで良いのは布団の中だ!」


 俺が、そう言うのと同時にキースが近づいてくるのが見えた。

 だが、俺は彼の姿を見て絶句した。

 彼は確かに騎馬に跨っているが、その手綱を口にくわえ利き手でない左に武器を持っていたのだ。


「……キース」


 やっと漏れた俺の声は、恐らく戦場の喧騒にかき消されるくらいか細い物になっていた。

 なにせ、右手のあった場所は既に空となり、血を滴り落としているだけなのだ。

 戦いの真っ最中という事もあり、恐らく応急処置すらほぼできていないのだろう。


「見ての、通りです」


 キースはそう言うと、俺ににこやかな顔を見せてきた。

 その笑顔の意味を、俺は首を振って拒否しようとした。

 だが、その前にキースの口から最後の言葉が出てきた。


「陛下、お別れです。10年と少しでしたが、大変楽しい日々でしたぞ」

「……何を言う、ここを脱してお前を連れて帰らなければ」

「残念ながら、そうもいきますまい。相手はかなりの手練れ。陛下がここへ来るように恐らく誘導したでしょう。そして、もうあと二の矢三の矢を用意しているはず」


 キースがそう言うのと同時に、周囲から敵兵と思われる鬨の声が響いてきた。

 明らかな威嚇であり、兵たちの士気を削ぐのに十分すぎる声だった。


「100名程、この老い先短い老将と共に連れてゆきます」

「……すまない」


 俺は絞り出すようにそう言うと、全軍に向かって命令を発した。


「この場は退却する! キース将軍は100名程兵を連れて殿を! 他の者たちはすぐさま退却をせよ!」


 俺がそう言うのと同時に、兵たちが雪崩を打ったように逃げ始めた。

 そんな中を、俺は馬廻りに居た数名の兵と共に逃げる。


「キース! お前が帰ってくる事を! 俺は! 俺は待っているぞ!」


 それが、今の俺の精いっぱいだった。




クルサンド国湿地帯 キース


 陛下も存外嬉しいことをおっしゃる。

 老い先短く、片腕も失ってしまったこの老将にあのような言葉を。

 私が感極まりそうになっていると、一緒に残った兵たちが口々に言い始めた。


「さぁ! 陛下もあぁ言われておられたのだ! 我ら老兵の意地の見せどころだ!」

「おうよ! キース様と駆けた数十年の成果を見せねばな!」

「我ら鬼と謳われたキース将軍の古参兵! しっかりと散りざまを見せてやろう!」


 何とも頼もしい。

 数々の戦の中で数千と居た兵たちの、ほぼ最後の生き残りたちがここに居るのだ。


「では、お前たち。私たちで陛下があの世に来られた時の戦支度を兼ねて、敵を屠ってくれよう!」

「お! 流石はキース様! うっつらしている馬上の姿よりも、今の方が若々しいですぞ!」


 調子の良いことを言った老兵につられ、全員が大声で笑い始めた。

 気負いのない、いい状態だ。

 そんな状態の我らに、敵の第一陣が向かってきた。

 一太刀浴びせて、先頭を走っていた男を私が屠ると、兵たちも各々が手近に来た兵を屠り始める。


「さぁ! 鬼のキースの最後の一幕! 誰ぞ付き合うものは居らぬか!」


 私が、叫びながら敵を屠り続けていると、一人の浅黒い男が二カッと白い歯を見せながら近づいてきた。


「きさんが、ここの大将か? よか兵子じゃ! よか男じゃ! おいと戦え!」


 男はそう言うと、反りのある片刃の剣を振りかぶって突撃してきた。


「キェェェェェェェ!」


 それを、私は馬首を巡らして左側で受ける。

 ――ガキィン!

 激しい金属音が鳴り響き、受け止められたと思った。

 だが、予想に反して私の剣が砕けたのだ。


「な!? 剣が砕けた!?」

「ハハハハ! よか実力じゃ! じゃっどん、武器が悪かったな!」


 剣を砕いた男は、すぐさま私の懐に入ると無事だった左腕も斬り落として馬上から落とした。


「くっ……、この鬼のキースが敗れるとは……」

「ほぅ、きさんも鬼ち言わるっとな? 奇遇じゃなおいん兄弟にも居っ」

「上には上がいるか。お主の名は? せめてあの世に行く前に聞きたい」

「よか、おいの名は島津中務大輔家久。しっかり覚えてあん世に行け」

「ナカズカサ……」


 私がそう言うのと、同時に彼は私の首に斬りかかるのだった。


次回更新予定は5月6日です。


今後もご後援よろしくお願いいたします。

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