5-24
平野 ディークニクト
俺達が、平野でせっせと設営を始めて数日。
森の切れ目から敵軍らしき一団が見え始めた。
「敵軍が接近! 距離100m以上あります!」
「森から出て射程圏内に入ったら知らせろ!」
俺が命令をするまでもなく、現場指揮官が矢継ぎ早に指示を出していく。
それを聞きながら、俺は敵の到着が予想よりも早いことに驚いた。
「キールとアーネットは、敵の足を止めきれなかったか……」
「けど、これだけ遅れたのなら大丈夫じゃないかしら?」
俺が地図を見ながら呟くと、対面に立っていたシャロが応えてくる。
確かに、十分遅滞戦闘はしてくれていた。
状況が変わったことを考えると、十分すぎるくらいだ。
「あとは、敵軍の状況次第か。事前の最後の報告では、流民軍が編成されたという話だったな」
「えぇ、そう聞いているわね。ただ、流民『軍』と言ってもそこまでの練度はないみたいね」
「まぁ、流石に流民だからな元々が」
むしろ、練度があったら怖い。
どんな流民があそこに流れ着いたんだと思ってしまうし、最悪外国の援助を疑わなければならない。
「流民はまぁ、使い捨てられるだろうから別として。問題はその後に控えている本軍だな」
俺はそう言って、地図に駒を配置し始めた。
敵の前衛に「る」と書いた駒を、後ろに「ほ」と書いた駒を置いてみた。
「敵の予想陣形ね」
「あぁ、敵は恐らく流民を前面に押し出して、こちらを消耗させるつもりだろう。その後に控えている本軍が止めを刺すと言った形だ」
「そうなると、如何にして流民を素早く無力化するかよね?」
「そうだな。流民さえどうにかできれば大丈夫だろうが、それができないと正直きつい」
一応、落とし穴を陣の前面に堀代わりに掘っているが、それも万を超す流民には恐らく効かないだろう。
俺とシャロがどうすべきか考えていると、一人の兵が慌てて走ってきた。
「軍議中失礼します! 火急の要件にてご容赦を!」
「構わない、何があった?」
平服している兵に俺が声をかけると、より一層大きな声を発した。
「はっ! 敵軍近くに潜んでおりましたキール様から伝令が来ました! ただ、息も絶え絶えで……」
「すぐさま向かおう! どこに居る!?」
「ではご案内いたします。こちらへ!」
そう言って兵に連れられて行くと、背中に数本の矢を受けた兵が荒い息をして座っていた。
「ご苦労だった。キールからは何と言われた?」
「ディー……クニクト……様、キール……様は、裏に……まわる……と」
「裏に回ると言ったのだな?」
俺が繰り返すと、兵は最後の力を振り絞り頷いてから、がっくりと力なく倒れた。
「なるほど、値千金の伝令感謝する。誰か、こいつの遺品を回収しておいてやれ。後名前をしっかりと調べて、家族にも手厚い保護を用意する様に」
俺がそう言うと、周りに居た数人の兵が遺品の回収と彼の埋葬の準備を始めた。
「キールもアーネットもここからが本番だぞ」
俺は、彼らの武運を祈るのだった。
大公軍 大公
総主教の勧めに従って、流民を前面に押し出して正解だった。
敵の別動隊と思しき軍が、再三に渡ってこちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。
敵は恐ろしく強い軍のようで、こちらの哨戒部隊が何百人と既に亡くなっている。
「敵の別動隊は、まだ捕まえられないのか!?」
「目下、哨戒部隊が必死の捜索をしておりまして……」
「いつになったら捕まえられる!?」
「それが、その、被害がなるべく出ない様に編成しましたので、哨戒部隊自体がそこまでの数を用意できませんで……」
「えぇい! じれったい! 本城の兵をこちらに回せ! どうせ敵は少数だ、城など落とせぬ!」
私がそう言うと、側近も血相を変えて思い直すように言ってきたが、関係ない。
「今、この時に奴らを捕えなければならんのだ! 多少の損害を恐れていてどうする!?」
「……、かしこまりました。では本城から数部隊、追加派遣できるように要請します」
「来るまでに時間がかかろうから、本隊から先に出して、追加は本隊に来るように通知しておけ!」
私がそう言うと、側近は重い足取りで出て行くのだった。
それから数日、哨戒部隊が増えたことで敵が身動きできなくなったのだろう。
一時期に比べて襲撃が劇的に減ったのだ。
「ほら見ろ! 哨戒部隊が増えれば敵は動けなくなっただろう! ここからだ! 奴らを捕えなければならない!」
「で、ですが、その為に本城の守りを疎かにするのは……」
「そうです、現在本城には約千~2千程度の兵しか居りません! これでは守りが……」
「馬鹿者! 相手が山猿でもない限りあの切り立った壁を登れるか!?」
「い、いえ。ですがエルフは急峻な土地に住んでおりますし、木の上で生活しているとも言われていますし……」
「うるさい! これ以上はこの件は議論せぬ! 今は目の前の敵を倒すだけだ!」
側近と私が言い合っていると、突然天幕に伝令が入ってきた。
「た、大変でございます! 敵の強襲部隊が、こちらに向かって突撃をしてきました! しかも先頭にはき、き、キール将軍の姿が!」
「キールだと!? 何故奴が別動隊などと言う端役の仕事をしておるのだ!」
「お、鬼のキール……」
「こ、ここは大公閣下、お逃げください! 流民の中に居れば多少なりとも安全です! 護衛を! すぐに護衛を!」
「何を言っている! 私は逃げんぞ! おい! こら! 放せ!」
私が暴れるのも無視して、護衛の兵たちは無理矢理本陣から退避させるのだった。
次回更新予定は12月16日です。
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