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大公領 大公
先発させた流民たちが敗走した、という情報はすぐさま我が軍に入ってきた。
それも、ご丁寧に流民にほとんど被害が出てない状態で、指揮官だけがやられていた。
「……流民がほとんど減っていない状況で、指揮を務めていた兵たちがやられたと?」
「指揮官もどうやら流民の証言から、一矢で頭を貫かれたようです。あと……恐らくなのですが、流民の情報から相手の指揮官は猛将キール将軍の可能性が」
私はその報告を聞いて、頭を抱えざるを得なかった。
寝物語に聞く様な活躍をした、キール将軍が相手に居るのだ。
とっくの昔に現役を引退していたので、出てくる事はないだろうと思っていたのだが。
「あと、周辺の村々を焼いていた部隊ですが、ここしばらく姿が見えなくなってしまいました。恐らくどこかに潜伏しながら奥へと移動しているか、引き返したものと思われます」
「……これ以上ないくらいの流民を流し込んでくれたからな。できれば引き上げてもらいたいものだ」
「そう、楽観視もできないかと……」
「わかっとるわ! それでも祈りたいというものだろう!」
私が報告に来た側近に対して声を荒げると、外から一人の男が入ってきた。
「大公殿、荒れておられますな」
俺がその声に振り向くと、総主教が取り巻きを連れずに近づいてきた。
この、権威が服を着て歩いている男にしては珍しい光景に少し呆気に取られていると、総主教はおもむろに地図を見ながら口を開いた。
「せっかく兵数差が開いたのです。これを活かしましょうぞ。昔かの英雄も言ったではありませぬか、圧倒的な兵数差をつけることこそが戦いの基本だと」
「その英雄を謀殺したのは、聖光教会の初代総主教だった気がしたが?」
「まぁ、その辺はかの英雄の人徳の無さ故でしょう」
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。
私は、それ以上の悪態を喉から出ない様に押し殺しながら総主教の考えを聞いた。
「そこまで言われるのです、総主教猊下は何かお考えがあってのことで?」
「考え、というほどでもありませぬ」
そう言って総主教は、地図を見ながら指で元第一王子領をなぞった。
「敵は、恐らくこの森を抜けた所に罠をはっているでしょうな」
「えぇ、それくらいは戦の素人である私でも予想しております」
「では、あえて罠にのっては如何ですかな?」
「は?」
ついにこの総主教は頭がおかしくなったのではないか、と私は一瞬本気で思いかけた。
いや、思ってしまった。
それが口をついて出てしまっていたが、総主教はあまり気にする様子もなく続きを話し始めた。
「まぁ疑問にも思うであろう。だが、事は簡単なのだ。こちらには数があるのだ」
そう言って総主教は、私の方を見てきた。
それも悪魔にでも魂を売ってきた様な禍々しい笑顔でだ。
その笑顔を見て、私は察した。
この男は、私に「流民を前面に押し出して勝て」と「大量の流民を殺してでも勝利を得ろ」と言っているのだと。
ただ、確かにこれは魅力的な作戦でもあるし、機会でもある。
何せ、『総主教が提案』してきたのだ。
そう、これは総主教が提案したから『仕方なく』私はするのだ。
「なるほど、そこまで『総主教猊下』がおっしゃるなら仕方ありませんな」
「そうでしょう。そうでしょう。流石は大公閣下。私の言を『お取りくださる』とは大変懐が深い方だ」
…………。
このタヌキ親父め、もしもの時は提案をしたが、採用したのは私と言い張る気だな。
念には念を込めておかねばな。
私は、そう考えるとすぐさま側近に目配せをして合図を送った。
そう、文章を偽造しろという合図を。
「では、側近殿。今回の件で書けましたら書類を私にもお見せくだされ」
ますます食えない。
こちらが偽造する可能性も考えて、あえて書類を確認すると言ってきたか。
「いえいえ、総主教猊下にそのようなお手数を取らせるわけには」
「なんのなんの、提案したのですからその『責任』を少しは取りませんとな」
それから数分ほど、私たちはどちらの責任にするかを迂遠な言い回しで押し付け合うのだった。
次回更新予定は12月12日です。
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